第55話 支援術士、関連付ける


「う……?」


 気が付くとそこは牢屋の中だったが、ロープで縛られてはおらず、傍らにあるテーブルには水とパンが置かれていた。


 一応この場合、《罪人》ではないもののそれに近い立場の《囚人》なわけで、その割りに妙に手厚いな。確か、以前に牢に入れられたときはロープで縛られたままだったと思うし、水すらもなかったはず。


「――おい、【なんでも屋】のグレイス、ここから出ろ!」

「あ……」


 強面の兵士がやってきたと思ったら、ここから出してくれるらしい。サプライズ続きだが、不安もある。


 俺の作戦が上手くいってるならこのまま自由の身になるだろうが、そうでない場合は処刑されることも充分に考えられるからだ。最後の晩餐的な意味も兼ねて食事を出しているともいえるし。


「とっとと歩け! ロープで縛られていないからといって逃げようなどとは考えんことだ!」

「あ、ああ……」


 噛み砕いたパンを水で胃の中に流し込んだあと、俺は兵士についていくことになった。一体どこへ行くつもりなのか知りたいが訊ねても無視されるし、困ったものだ。


「……」


 大丈夫だ、上手くいったはずだと前向きになろうと思っても、どうしても不安が頭をもたげてくる。具体的には断頭台だ。例の《罪人》を治療しようとした【回復職】の男も、最期はそこで命を散らしてしまったらしい。歴史は繰り返すというが、まさかな……。


「とっとと歩けと言ってるだろう!」

「……わ、わかっている……」


 そうは言うが、スピードアップの補助魔法を使ってるのに足が上手く前に進まない。兵士の向かう先は、まさにその断頭台のある王城前の広場の方向だったからだ。


 いっそ逃げ出そうか……? いや、俺は多分忠誠心を試されている。ロープで縛られていないのはそういうことだ。ここで逃げ出せば、俺の関係者全てが罪に問われる可能性だって出てくる。なので、もし処刑されるとしても逃げることだけはできない。


「……」


 ドクドクと心臓が高鳴る中、例の断頭台が見えてきた。


 フレット……俺はどうすればいい? その問いに答えたかのように、杖がじんわりと熱くなるのがわかる。挑戦するか逃げるか、どっちでも厳しいなら……そうだな、挑戦してみるか。


「――あ……」

「ん、どうした!?」

「あ、いえ……」


 兵士は普通に断頭台をスルーしていった。よかった、処刑されるわけじゃないんだな。今にも心臓が口から飛び出るかと思った……。


「さあ、中に入れ」

「こ、ここは……」


 小さな橋を渡り、門を抜けたかと思うと、俺は王城へと立ち入っていた。


 な、なんでこんなところに俺みたいな《庶民》なんかが入れるんだ。はっきり言って足を踏み入れただけで処刑されてもおかしくない場所だというのに……。


「――王様、例の者をお連れいたしました」

「うむ、ご苦労」

「……」


 気付けば俺は王様のいる玉座の前に立っていた。夢の中にいるのかと思って太腿を抓ってみたわけだが、普通に痛かった。


「こら、ひざまずかんか!」

「あっ……」


 兵士に怒られ、慌てて王様の前にひざまずく。


「しっ、失礼を……」

「構わん。グレイスとやら、こちらこそ無礼であった」

「……え?」


 わけがわからない。俺のやり方が上手くいけば、罪に問われない可能性は充分にあるとは思っていたが、まさか王様と謁見した上で謝罪までされるとは……。


「お前の【なんでも屋】の評判は余の耳にも入っておってな、いつかはこうして呼び出したいと思っていたが、周囲の目もあるから《庶民》を連れてくるわけにもいかず、中々その機会というものがなかった。それでも一度、ただの患者に変装して訪れたこともあるのだ」

「え、えええ……?」


 それは知らなかったし、あまりにも衝撃的だった。まさか俺が王様を密かに治療していたとは……。


「ホッホッホ。お主の回復術のおかげで、長年悩まされておった慢性の湿疹がすっかり治ったわい!」

「あ、あのおじ……し、失礼」

「よいよい。偉そうなだけで腕の悪い【回復職】と違い、グレイス、お前の腕は本物だ」

「そ、それはもったいなきお言葉……」

「そう畏まるな。それで今回、ちょうどよくグレイスが《罪人》に施された呪いの刻印を治療したとの報を受けてな。前回余の病気を治したことでチャラにした上で色々と話したいと思っておったのだ」

「は、はあ……」

「その前に、オーガにはどのような治療を施したのだ? 呪いの刻印を治すのは不可能と聞いただけに非常に興味がある」

「あ、それは、関連付けってやつで……」

「関連付け?」

「はい。呪いを消したわけじゃなくて、消えないのはわかってて、にだけ発動するように……」




 ◇◇◇




「お、おで、許さねえぇ……ブツブツ……」

「ル、ルードッ……その姿、やはりオーガの呪いは治ってなかったということじゃな! グレイスでも治せんかったというわけですじゃ! わっほい!」

「お、おいマニー、んなことで喜んでる場合かよ! こいつめっちゃ怒ってるっぽいぞ!?」


 抜刀した【勇者】ガゼルの言う通り、オーガに戻ったルードの怒りは尋常ではない様子で、街路樹をメキメキとへし折り、野次馬たちが逃げ出す有様だった。


「な、何をそんなに怒っておるのですじゃ、ルードよ!?」

「そ、そうだよ! ルード、俺たち仲間だろ!」

「だ、騙した。おでを……」

「「え?」」


 ぽかんとした様子で顔を見合わせるガゼルとマニー。


「グレイス、いいやつだった、のに……」

「な、何を言う! 騙したのはグレイスのほうですじゃ!」

「そ、そうだ! グレイスの野郎は実際に治せなかっただろ!」

「治せないのは、わかっていた。それでも治療しようとした……。いいやつ……。グレイスはいいやつ……!」


 涙ながらに折った樹を持ち上げるルード。


「「ちょっ――」」

「――う……?」


 その直後、オーガは目を剥いて倒れ、まもなく人間の姿に戻るのだった……。

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