第28話 支援術士、藁にすがる


 マントを着込み、白い仮面をつけた正体不明の人物が現れる。


 やはり、思った通り隙が見当たらない。テリーゼの屋敷で特訓をしたとはいえ、実戦となるとまた話は別だから緊張する。


「……」


 俺は亡き親友の残した杖を握りしめる。フレット、頼む、力を貸してくれ……って、あれ? やつは一定の距離まで近寄ってきたと思うと、立ち止まって周囲を見回し、仮面を脱いだ。


「「あっ……!」」


 見覚えのある顔だと思ったら、あの人だ。【闇騎士】の女性。


「ジレードか……」

「ジレードさんだ……」

「うむ、グレイスどの、アルシュ、驚かせてすまなかった。手首切断事件で疑われていると聞き、お二人の身を案じて駆けつけて参った次第。ゆっくり話している時間がないので、どうぞこちらへ」


 道理で、只者じゃない気配をこれでもかと発してたわけだ。変装するのは、俺たちが疑われてるとわかってるわけでしょうがないことだろう。俺はアルシュと安堵した顔を見合わせ、ジレードについていくことにした。


「――もうすぐ到着するので、ご安心を」

「あ、ああ」

「うん」


 しかしおかしいな。俺たちが進んでいるこの道は、テリーゼの屋敷とは反対方向だ。まさかな……。


「ジレード、こっちは屋敷の方向ではないんじゃ?」

「……屋敷の方向は、色々とまずいので隠れ家へ行こうかと」

「なるほど……」


 隠れ家、か。果たして本当だろうか? 濡れ衣を着せられ、最低階級の《罪人》になることだってある《庶民》を庇うことのリスクを考えると、《高級貴族》のテリーゼと《騎士》である彼女自身の立場を考えて裏切る可能性は充分にある。


 だが、俺としてはジレードを信じたかったし、都で頼れるのは最早彼女たち以外になかったので、藁にもすがる思いだった。一度都から離れるという手もあるが、それよりもここで一旦悪い噂が収まるのを待ち、それから密かに内部調査するほうが最もスピーディーで情報も入りやすく理想的だからだ。


「ジレード、ありがとう」


 それでも、《高級貴族》に付き従う彼女の立場上、裏切るのは仕方ないし恨んではいけない。むしろ感謝するべきだ。どうなるかは別として、俺は気持ちを込めてお礼を言った。


「えっ……あ、その、なんというか……嬉しいというかっ……」

「……」


 ジレードは普通に照れている様子だった。これは……安心していいんだろうか?


「私からもありがとう!」

「いえいえ。自分は恩人とその知人に対し、当然のことをしたまで」

「……」


 アルシュから感謝されると、ジレードの態度はさっきとはあからさまに違っていた。ちと複雑だが、これで本当の意味で安心したかもしれない……。


「――さ、到着したのでお二人とも中へ」

「「ええっ……」」


 俺とアルシュの素っ頓狂な声が被るのも仕方のない話で、そこは郊外にある囲いもない小さな墓地だった。隠れ家だっていうのに、こんな開けた墓場なのか……。


「よくいらっしゃいましたね、グレイスさん、それにアルシュ」

「「あ……」」


 墓地には車椅子に乗った少女、テリーゼの姿もあった。


「驚かれましたか? ここは、わたくしの隠れ家であり、お父様のお墓でもあるのです……」

「「ここが……」」


 意外だった。隠れ家という点についてもだが、《高級貴族》の墓にしては質素すぎるからだ。しかも郊外にあるなんて。


「きっと意外だと思われるでしょうけど、お父様はそういう方でした。かつては《庶民》だった立場から成り上がったので、亡くなったら《高級貴族》としてでなく《庶民》としてここに埋葬してほしいと頼まれたのです……」

「「なるほど……」」


《庶民》から《高級貴族》というのは、相当に成り上がらないと無理だろうから大変だっただろうけど、息苦しさみたいなものを内心では覚えてたのかもしれないな。


「――グ、グレイス、見て、あそこに兵士が……」

「あっ……」


 まずい。アルシュの指差す方向には、少数だったが確かに兵士の姿があった。


「「隠れないと――」」

「――大丈夫ですわ、グレイスさん、アルシュ、ここは絶対に見つかりませんから」

「大丈夫だ、お二人とも」

「「えっ……?」」


 いかにも自信ありげなテリーゼとジレードの様子に、俺はアルシュと驚いた顔を見合わせる。


「見ていてくださいまし。彼らはここをスルーするでしょう」

「うむ」

「「……」」


 まさにその通りだった。兵士たちは近付いてきたものの、まるでここが見えていないかのように素通りしていったのだ。


「ここはそもそも怪しまれるような場所ではない上、わたくしが結界を張っているので、バレる心配は一切ありません。姿が見えないどころか、音すら漏れていないと思いますわ……」

「なるほど。だから隠れ家でもあるってわけか。さすが【賢者】……」

「だね……」

「おほほ、そんなに褒めても、何も出ませんわよ……?」


 ここはテリーゼの屋敷に隣接する庭のように広くはないが、それでも誰にも見られない上、話も聞かれないなら安心だな。しばらくここを拠点として静かに活動させてもらうとするか。一連の騒動がある程度落ち着くまで、今できることを真剣にやるのみだ……。

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