第35話 狂気の手前

 バラバラになった、かつて彼女達だったものを掻き集める。


「大丈夫。ぼ、ぼくなら、うひ、ひひ、こ、こんなの……ハァハァ……オエッ!? ぜ、絶対に治せるから」


 だって僕は聖王国第三王子アロス•エイルデアなんだから。神の血を引く子孫なのだから。


「二人には隠してたけど、ぼ、僕は本当は強いんだよ。や、やろうとおもえば、何だってで、できるんだ。だから……ハァハァ……だからぁああああ」


 好きな女の子を守るくらい、簡単に出来ると思ってた。


「あっ!?」


 救い上げた、かつて幼馴染みだったモノの頭部いちぶ。そこからポロリと◼️が落っこちた。


 落ちた◼️が俺を見上げている。あんなにも美しく強い意志の輝きを秘めていた彼女の◼️が、血と苦痛で穢れて恨めしげに俺を見上げている。


「ひぃ!? あっ、あっ、うあぁあああああ!? 嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! こんなの! こんなの全部、全部ウソダァアアアアアア」


 地面を叩きたくて! 世界をぶち壊したくて! でも彼女達がいる世界だいちを壊すことができなくて、僕は歯が砕けるまでに強く強く己の無力を呪った。


「ハァハァ! ……る、ころじぃで……ハァハァ……やる」


 僕の……俺の大切な彼女達を殺した魔族を決して許さない。


(許さないならば、どうするんですか?)


 狂気が俺に話しかけてくる。いや、喋っているのは俺の中の……


(許さないならば、どうするんですか?)


 どうするかだって? そんなの決まっている。あの人間モドキ共を一匹残らず狩り尽くす。そして彼女達が受けた以上の苦痛を与えて、その悲鳴を魔王国中に響かせてやるんだ。


(そんな混沌ひどう、お優しい秩序ひとたちがきっと許してくれないですよ?)


 非道!? 何が非道だ! 非道なのは彼女達を殺したこの世界だろうが!


(それなら?)


 混沌きょうきが笑う。こちらにおいでと手招きしてくる。


 ……そうだ。そうだ! 魔族も人間もない。俺の邪魔をする者は全てーー


「「アロス(さん)?」」


 夜が朝によって掻き消えるように。その一言で嘘のように世界が変わった。


「…………ティナ? サーラ?」


 立っている。バラバラになったはずの二人が互いの体を支え合うように寄り添いながら、こちらをジッと見つめている。


「ハァハァ……え? ……ま、幻?」


 もしもこれが俺の狂気が作り出した妄想でしかないのならば、今この瞬間ときに両眼をくり抜いて、この奇跡しゅんかんを俺の世界のうりに閉じ込めてしまいたい。この光景をこの世界で見る最後としたい。


「ほ、ほんとに?」


 でも愚かな俺は彼女達にもう一度触れられる可能性を捨てられなくて、おぼつく足を動かして奇跡かのじょ達に近付くんだ。


 ティナが本当に生者ティナのように、呆れたような、心配してるような、そんな彼女らしい苦笑えみを浮かべた。


「いや、それこっちのセリフなんだけど。顔だけじゃなくて声も違うし、てかアンタ大丈夫?」

「どこか怪我とかしてませんか?」


 こちらに駆け寄る二人の歩みが遅い。よく見れば二人は小さくない傷を負っており、一歩進むごとに大地に紅い雫を残していた。


「ティナ! サーラ!」


 俺は仮面を放り捨てて、彼女達に駆け寄ると両腕で抱きしめる。


「イタタ!? ちょっ、き、きついんだけど?」

「ごめんなさい、アロスさん。心配おかけしました」


 俺の抱擁に対して照れ臭そうに身をよじるティナとそっと抱き返して来るサーラ。それぞれの反応を見せる二人の傷を、俺は力を使って瞬く間に治す。


「よ、良かった。二人とも、生きてて、本当に、本当に良かった」


 二人の傷を癒すその感覚が、二人が生者であると何よりも明確に教えてくれる。


 ようやく俺はこれが夢でも幻でもないことを理解した。


「ア、アロス? 色々言いたいことはあるでしょうけど、とりあえず皆を助けるのに手を貸してくれない?」


 そこで俺はまだ周囲に魔獣と生きている人達がいることを思い出した。


「……出ておいで光姫」


 現出させる最後の人造精霊。他の自立をコンセプトに作った二体とは違って、常に俺から力を吸い上げる燃費の悪い人造精霊モノではあるけれど、最も出力と応用力が高い精霊でもある。


 輝く六つの翼を持った、ちょっとルル姉さんに似ている容姿を持つ人造精霊かのじょは現出と同時に翼を広げーー分裂する。


 あっという間に十体以上に分かれた光姫達が魔獣の掃討を始め、同時に傷付いた人達を癒していく。


「す、すごいです。ここまでの機能を持った精霊、師匠でも持っているかどうか」


 光姫の性能に目を輝かせたサーラがもっと見たいとばかりに首を伸ばすが、俺はそんな彼女をティナ共々抱き締め続けた。


「GuAAAAA!!」

「げっ、あれは」

「おおっ。どっちが強いでしょうか?」

「言ってる場合か! ちょっとアロス? アレ、アレはヤバイから」


 腕の中の二人が何やら騒がしい。幼馴染み達の視線を追えば、何やら角の生えた鬼のような魔物が光姫の攻撃を退けていた。


 俺は二人に視線を戻した。


「……二人とも、二度と今回みたいなことはしないって約束して」

「へ? いや、そんな場合じゃないでしょ。ほら、ほら、なんかこっち来るわよ? ほら!」

「約束して」


 二人を抱きしめてる腕にちょっとだけ過剰な力を込める。


「ぐわわ!? いた、ちょっ? 分かった。する! 約束するから」

「サーラは?」

「私は痛いくらいが好みなので、もうちょっと強くても……」

「アンタは何言ってんのよ? って、来たぁあああ!? アロス、後ろ! 後ろ!!」

「GuAAAAA!!」

「少し黙っててくれないか?」


 光の柱が降り注いで鬼を拘束する。そのまま消滅させようと思ったんだけど。


(……何だ? 人の気配?)


 魔物の中に生者の気配を感じて、俺は咄嗟に鬼を消し飛ばすのを止めた。


 光の柱が去った後、そこには一人の男が倒れていた。


「この人って確か……」

「サラステアの護衛の人ね。って、今のどうやったの?」

「生きたまま魔物にされてたみたいだから、彼の中にある魔の力だけを浄化したんだ」

「嘘。そ、そんなことができるんですか?」

「出来るけど、これは俺の中の特別な力を使ってるからで、魔術じゃ難しいかもね」

「……聖王かみの力。じゃあアンタって本当に……きゃっ!? な、何?」


 地面が、いやダンジョンが震える。地下深くから飛び出してくる巨大な何かに。己を創りたもうた主の出陣に。


「……やっぱりこうなるか」


 以前倒したドラゴンなど比較にもならない力を持つ敵の到来に、俺は腕の中の幼馴染をもう一度だけギュッと抱きしめた。


「ぐぇっ!?」

「あんっ🖤」


 婚約者二人が異なる声を上げる中、そいつは俺がてんを砕いたように、天井を砕いて現れた。

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