第32話 焦燥感の果て

(人の気配)


 ダンジョンの地面を四つほど砕いた先で、闇の中に生者の気配を感じた。


(地下五階。二人がダンジョンに入った予想時間を考えてるとこの階にいても可笑しくないよね)


 無論危険を察知して、もっと上の階に逃げてる可能性もあるが、それならそれでルル姉さんが見つけてくれるだろうから構わなかった。


(とにかく無事でさえいてくれれば何でもいい)


「ティナ!? サーラ!? いるの? ティナ!? サーラ!?」


 二人の名を呼びながら走っていると、すぐに微かだった人の気配がハッキリとしたものへと変わった。


(やっぱり誰かいる。こっちか)


 俺は気配の方へとひた走った。


「ティナ!? サーラ!?」

「お、おい! 誰かいるのか? こっちだ! た、助けてくれ!!」

「馬鹿! 逃げろ! 奴らが来るぞ」


 通路の向こう、闇の中から数人の傭兵と思わしき集団が現れる。こちらに向かって走ってきながらも、助けを求める者と早く逃げろと叫ぶ人が混合するそのグループを、地上で見たのと同じ魔物が追いかけていた。


(またあの魔獣か。逃げている傭兵達は救助隊……だよね)


 このダンジョンに現在救助隊以外の人がいて、こうして俺と遭遇する確率は低いように思えた。傭兵の人達を追っている魔獣は地上と同じく群で行動しているもののその数は極端に少なく、『力』を使う必要はなさそうだ。


 俺は鞘から剣を抜き放った。


「よ、よせ! こいつらは並の魔物じゃなーー」

「シッ!!」


 一呼吸の内に遁走している集団を抜いてその背後の魔物達へと飛び込む。そしてーー


「ふっ! ハッ!!」


 振るった刃の煌めきを持って、全ての魔獣を葬り去った。


「…………へ? お、おい、あれ」

「た、倒した? い、今の一瞬で?」

「大丈夫ですか?」 


 剣を鞘に納めながら周囲を警戒するが、魔獣の影はなく、そして二人の姿もなかった。


「あ、ああ。助かった。アンタは?」

「お、おい。あの鎧の紋様。あれ、聖王国の王族のものじゃないか?」

「は? お前はいきなり何言ってるんだ?」 

「いや、マジだって。ほら、よく見てみろよ」


 傭兵達はリーダー格と思わしき二人を除いて、全員が地面にお尻をついて荒い呼吸を繰り返していたが、その会話を聞いて俺の鎧に注目が集まった。


「確かに似てるが……。聖王国の王族といえば神の血を引くという方々だぞ。こんな所にいるわけ……。いるわけ……」

「でもリーダー。あの紋様は……」

「「………」」


 鎧に注がれる視線に奇妙な熱が籠り、それと同時に沈黙が訪れた。


(そうだった。今の俺は正体を隠して……というか正体を明かしてるんだった)


 ティナとサーラがピンチの現状、いちいちそんなものを気にするつもりもないが、王族として会話をした方が話が早そうだ。


「失礼、少し聞きたいことがあるのだが」 

「あっ、えっと、な、なんでしょうか?」


 傭兵の返事は歯切れが悪く、俺への接し方を決めあぐねている様だった。


「今回の救助隊に我が国の者が関わっているはずだ。剣聖と術聖の弟子なのだが、心当たりはないか?」

「剣聖と術聖の……。ってか我が国ってことはアンタはやっぱり」

「あるのか? ないのか?」


 こうしている内にも二人に何かあるのかと想像するだけで、自然と声が荒くなってしまう。


「あ、あります。なぁ、おい?」

「あ、ああ。確かギルドと王国の腕利きで混成された先頭集団に入っていたはずだ。あの若さな上に自分達が討伐したら魔族の首を貰いたいとか言ってたからよく覚えている」


 真面目そうな傭兵ほうはともかくとして、ガラの悪そうな傭兵によく覚えられている幼馴染に少しばかりの頭痛を覚えた。


「……今どこにいるか分かるか?」

「い、いや地下八階の辺りで大量の魔物に襲われて分断されたんだ。それ以降は知らない……です」

「八階? 随分ベースが早いな」

「王国の騎士団がダンジョンの地図を持ってたからな。それでなくともこのダンジョン、大広間のような広い空間がやたらとある割にはトラップが極端に少ないんで、想像以上に早く進めたんだ。ま、まぁ地下にあんな大量の魔物がいたならそれも納得だったけどな」

「そんなにいたのか? 地上に出ようとしていた分はあらかた片付けたのだが」

「上のことは分かりませんが、とにかく凄い量でした。あ、あれはこのままいけば国が呑まれる。そ、そんなレベルです」


 今まで急死に一生を得た逃走の代償に強い熱を放っていた傭兵の体が、冷や水をぶっかけられたかのように青ざめ、カタカタと震えだした。それは王族オレに対しても敬語を使わない勝気な雰囲気の傭兵も同じで、俺は俺が倒した魔獣は全体の一割にも満たないごく少数だったのだと想定はんだんした。


(今彼等に脱出の気力を失われるのは不味いな)


 二人を追ってさらに下に潜る必要がある現状、とてもではないが彼らの面倒までは見きれない。何よりもーー


(いる。ここに奴が……。ダンジョンマスターが)


 地下から途方もない力を感じる。それはドラゴンのようにあからさまなものでは無いが、それ故に力量を悟らせない強かさがあった。そしてそれはただ強いだけの敵よりも余程厄介だった。


(向こうも俺に……気付いているよな)


 一応存在を隠す幾つかの術式は習得しているのだが、ティナやサーラのことが気になってそれを使うことをすっかりと忘れていた。


(……もっと急いだ方がいいな)


 ダンジョンマスターが俺に対抗するための行動を起こす前に。ただでさえ大きかった焦燥感がいや増した。


「俺は二人の救助とダンジョンマスターの討伐に向かう。貴方達は自力で地上に出られるな?」

「あ、ああ。だが一人で降りるなんて無茶だ! 一旦外に出て、軍隊を使ってこのダンジョンを潰すべきだ!」

「ダンジョンマスターの方はともかく、二人の救出に関してはそれでは遅すぎる」


 俺は再びダンジョンの床に穴を開ける。


「ア、アンタが本当に聖王国の王子なら、いくら剣聖と術聖の弟子だからって、たった二人のためにそんな危険を冒していいのか? 聖王は国を丸ごと結界で覆えるくらい凄いんだろ? な、ならアンタも同じことができるんじゃないのか?」


 ダンジョンの闇の中でも浮かび上がる濃い恐怖の感情いろ。それが傭兵の目にこびりついていた。


「生憎と修行中の身だ。父と同じことを期待されても困る」

「だったら余計にここでいらない危険を冒すべきじゃないだろ。今の人類の状況、アンタだって分かってるだろ?」

「うるさい! どんな理由があろうがここで危険を冒さないなんて俺にはあり得ないんだよ!!」


 自分でもビックリするくらい大きな声が出た。


(クソ。これ以上は無駄な問答だな)


 そう判断した俺は身を翻すと穴の中へとーー


「な、何故だ!? 二人はアンタにとって一体何なんだ!?」

「……幼なじみで、婚約者だ」


 そして再び闇の中へと飛び込む。


(待っててよ。ティナ、サーラ)


 力の温存も敵への警戒も全て放り捨てて、俺はもっと深く、もっと底へ。流行る気持ちに突き動かされるままに力を使って、幾つもの床を打ち砕いた。そうして辿り着いた先で俺はーー


 魔獣に群がられ、全身に牙を突き立てられた無残な姿を晒す幼馴染みを見つけた。


「ティナ! サーラ!? う、うそだぁああああ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る