第5話 聖号者
「ええっ!? 剣聖様に拳聖様、それに術聖様!? な、なんでこんなところに」
聖王国にて聖の字が与えられる称号を冠することが出来るのはそれぞれの道を極めた頂点のみ。聖号者。それは聖王国最強の個人にして俺の師匠でもある。
「…………貴方の護衛」
ボソリ、と剣聖様が呟く。銀眼銀髪の、ともすれば少女とも間違えられそうな小柄な女性だが、その完成された美貌を前に彼女を子ども扱いする者は滅多にいない。
俺は慌てて聖王国の歴史上、最速で剣聖へと上り詰めた天才へと頭を下げた。
「剣聖様、それに拳聖様に術聖様も、ありがとうございます」
「おいおいボウズ、別にお前が頭を下げる必要はないぞ。俺達は何もお前の護衛だけが目的で集まったわけじゃないからな」
刈り上げた赤髪に筋肉で盛り上がった長身。無精髭を撫でる仕草が妙に格好いい。
「拳聖様。他に何か使命を?」
「ん? そうだが……まぁ、それはコイツが説明するだろうよ」
「貴様はまたそうやって我に仕事を振る」
「術聖様」
黒いマントに身を包んだ拳聖様に劣らぬ長身の貴公子。
「今日は男性なのですね」
「ん? ああ、そうだった。この任務につくならこちらの方がいいかな?」
パチンと術聖様が指を鳴らせば、その長身がみるみる間に小さくなって、あっという間に美少女のものへと変わった。
「ふむ。剣聖と並ぶなら対比を考えて……こんな感じかな?」
術聖様の白い肌が褐色に変わる。
「どうだ? これで旅をする父と娘二人に見えるだろう」
「……随分似てない家族ですね」
(家族設定にするなら、何で肌の色を変えたんだろ?)
「まぁ、普段は潜伏するので偽造はオマケだ。我らの今回の目的は君達と同じだからな」
「俺達と? それって魔族の首ということですか?」
「二つ名付きの、いや、出来れば魔将を削りたいところだね。知っての通り、先日金王国が落ちた。我々の国は聖王様のおかげでこんな時代においても驚くほど平和を保てているが、これ以上人間の力が弱まり魔族が力をもてばそれも分からなくなる。だからこの機会に敵の戦力を削ることにしたんだよ」
「この機会って……俺達の旅のことですか?」
「武者修行の二人を全面に出す。つまりは囮」
剣聖様の言葉に首をかしげる。
「武者修行?」
「なんだ、聞いてないのかね? ティナと私の不祥の弟子は武者修行という名目で国を出るのだよ」
「前から一度出てみたいって言ってた。だからこの機会を利用することにしたんだと思う。……困った弟子」
剣聖様の無表情が微妙に変わる。そう、ティナは剣聖様の、そしてサーラは術聖様の弟子。どちらも将来の剣聖候補、術聖候補として、聖王国の中ではそこそこの有名人だ。
「まぁ、そういうわけだ。生憎と俺達はいつもボウズの側にいる訳じゃないが、事前に護衛部隊に声をかければ三日、いや二日以内には駆けつけられるようにしておく」
「二日……ですか」
緊急の場合だとちょっと遅い。
(いや、この三人が護衛なんて凄いことなんだし、そこは俺が上手くやれば良いだけの話だよね、うん)
「安心して。基本的には私達の誰か一人は近くにいる予定」
「あ、ありがとうございます」
師匠達のご厚意に俺はもう一度深く頭を下げる。そして顔を上げた時にはーー
「あ、あれ? ……いない。あっ、姉さん達まで。おーい皆?」
「何アンタ、まさか迷子になってたの?」
「うわぁっ!? ティ、ティナ? ど、どうしてここに?」
昔から一緒にいたせいかティナとサーラの気配は近くにいても違和感を感じず、どうにも気付きにくい。
「どうしても何もないわよ。トイレに行ったアンタが中々帰ってこないから迎えにきたんじゃない」
「あっ、そ、そうなんだ。ちなみに何か見た?」
「心配しなくてもアンタのトイレなんて覗いてないわよ。ほら、こっち。サーラの所に戻るわよ」
ティナに腕を掴まれ、そのままキャンプの場所まで移動する。
「あっ。良かった。すぐ見つかったんですね」
「眼と鼻の先にいたわよ。こいつ、とんだ方向音痴だわ。今度から山とかで一人にしない方がいいわね」
「あら、アロスさんにそんな弱点が」
「い、いやいや。違うんだよサーラ。誤解なんだ」
「何が誤解よ。皆どこぉ~、って泣きそうだったじゃない」
「まぁ可愛い。私も見たかったです」
「いや、あれはちがくて……あれ? もう缶詰開けちゃうの?」
集めた巻き木の回りにリュックの一番下で眠っていたはずの缶詰が並べられていた。
「ふん。誤魔化したわね」
「いや違うからね? そうじゃなくて保存の利くものを早々に消費するのはもったいなくない? ほら、俺達って冒険初心者だし」
何せこの旅にはこれと行った目的地がない上にこの中の誰も他国に行ったことがないのだ。非常食は非常時の為に取っておくべきだろう。
「そんなこと言ってももうすぐ日が暮れるし。地形のよく分からない場所で今から狩りをするのは賢いとは言えないわよ」
「そうですね。幸い少なくないお金を私達はもっていますので、缶詰くらい町にでも出ればすぐに補充できるかと」
「いや、でもトイレの時にちょっと大きめのイノイノを見たよ。あれを燻製にでもすれば三人で分けてもこの山を越えるまでのいい食料になると思うんだけど」
「ハッ、これだから素人は」
分かってないわね、とティナが肩をすくめる。
「いい? アンタは私達と違ってろくに野外訓練を受けてないから狩りの大変さを知らないのよ。動物って見つけるだけで結構大変だからね。ううん。見つけた後も、案外あいつら上手く逃げるから。五メートルくらいまで近づけたら私なら絶対に逃がさない自信があるけど、その五メートルに近づくのがメッチャ大変だから」
「そうですね。その点魔術ならもう少し上手く動物の発見や捕獲が可能ですが、その分疲労も大きいですから」
「分かった? 狩りってのは簡単じゃないのよ」
「ああ、そういこと? それなら……」
俺はナイフを取り出すとそれを思いっきりぶん投げた。ナイフはくるくるとブーメランのように弧を描きながら木の向こう側へと消えていった。
「うん。完璧」
「どこがよ?」
ガツン!
「痛い? な、なにすんのさ?」
「アンタこそ何してくれちゃってんのよ! そりゃアンタに上げたものだからあのナイフをどう使おうがアンタの自由だけど、意味もなく放り捨てるとかなくない?」
「意味ならあるから。あれでイノイノを捕まえたんだよ」
「はぁ!? そんな離れ業、よほど地理に精通した熟練の狩人か、もしくはうちの師匠クラスじゃなきゃ無理だから。寝言は寝てから言ってよね」
「寝てるのはむしろティナの頭の方だからね。あれで間違いなくイノイノを狩れたから」
「ふーん。じゃあ賭けをしましょうか。あのナイフが当たってるか外れてるか、勝者は敗者にどんなことでも一つだけ言うことを聞かせられる。どう?」
「ど、どんなことでも?」
先程アリアさんにされた互いの体液が混ざり合う卑猥な感触が蘇ってくる。
(ティナの唇ってよく見ると凄い綺麗だな)
「何よ?」
「え? う、ううん。い、いいよ。受けてたつ」
「狡いです。お二人だけでそんな賭け。私も混ぜてください」
「「サーラは火を起こしてて」」
「そんな~」
そうして俺とティナはしょんぼりと肩を落とすサーラを残してナイフの飛んで行った方へと移動する。
「まったく相変わらずアンタって変なところで強情よね。そんなに素人扱いされたことが悔しかったわけ?」
「別にそんなんじゃないけど、この先何があるか分からないんだから節約はした方がいいでしょ」
姉さん達がついてきている以上余程のことでも起きない限りまず大丈夫だろうけど、せっかくの冒険なんだ。姉さん達には頼らずに三人で苦難を乗り越えたかった。
「はいはい。立派な心掛けね。それよりも、ふふ。どんな命令にしようかな」
「そんなこと言って、もうすぐあんな条件出したこと後悔するからね」
「はん。言ってなさいよ。あんな適当に放ったナイフが万が一にも……」
二人で木々の間をすり抜けるように歩いていくと少しだけ開けた場所に出た。大きな岩の近くに一頭のイノイノが倒れていて、その眉間にはナイフが刺さっている。
「万が一にも、なんだって?」
「う、うそぉおおおおっ!?」
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