第3話 出発

「はぁ、気が重い。どんな顔して会えばいいんだ」


 姉さんから婚約の話を聞いた明くる日。いつもの訓練所でティナとサーラを待つ俺の胃はズキズキと痛んだ。


「二人もそうだけど、姉さんもだなんて……。今まで家族当然に暮らしてきた人と突然そんな関係になれるわけ……なれるわけ…………いやいや。ないから、あり得ないから」


 そりゃ確かに強くて綺麗なルル姉さんにはよくドキッとさせられるけど、それでも姉さんと男女の仲になりたいだなんて考えたことはなかった。


「はぁ、ほんとどうしよう」

「何ショボくれてんのよ?」 

「うわっ!? え? あっ、ティナ。遅かった……ね?」

「何よその顔は」

「いや、ティナこそなんなの? その荷物。サーラまで」

「おはよございますアロスさん」 

「おはようサーラ。…………それで、その荷物は?」


 ティナとサーラは大きなリュックを背負っており、その服装もいつもとは違ってティナは胸当てや手甲を装備して、サーラはサーラで魔術師としてのロープを纏っていた。


「それがですね、アロスさん。実はアロスさんに一つご報告があります」

「……どうぞ」


(俺の婚約者にはなりたくないとか、そんな感じかな?)


「あまりにもビッグなお知らせなのでビックリしないでくださいね?」

「そのビッグな言い回し、今流行ってるの? だとしたらビックリ何だけど」

「実は……」

「あ、スルーなんだ」

「私達婚約したんです」

「うん。………………うん?」

「アンタが驚くのも無理ないわよ。私も昨日聞かされた時は冗談かと思ったし」

「ええ。はしたなくも大声を上げてしまいました」

「ティナも? 実は私も」

「でもあれは仕方なくない? 普通驚くでしょ」

「「確かに」」


 うんうんと頷き合う俺達三人。そこで二人がピタリと動きを止めるとーー


「「ん? 何でアロス(さん)が?」」


 と聞いてきた。


「え? あ、俺もちょっと昨日姉さんに無茶振りされて、それで……ハハ」

「ルルさんに……。アンタも存外大変よね」

「そ、それ程でも。そんなことよりも相手は誰……とか聞いてもいいかな?」

「気になりますか?」


 ズイッと身を乗り出してくるサーラ。


(あれ? やっぱり俺が婚約者だって知らない?)


「うん。教えてほしい」

「妬けちゃいますか?」

「焼け? え? 魔術の話?」

「字が違います」

「ん? ああ、妬けるね。そうだね。二人は大事な幼馴染だから妬けちゃうかもね」


 言ってて、二人が他の男と親しくしているところを想像する。二人の幸せを心から願ってはいるけれど、ひょっとすると面白くない光景かもしれない。


(あれかな。いつも仲の良い友達が別の友達と仲良くしているところを見せられる感じ?)


 俺の返答がお気に召したのか、サーラのみならずティナまでもがやけに嬉しそうな笑みを浮かべた。


「そうですか、嫉妬のあまり呪術に目覚めてしまいそうですか」

「いや、そこまでは言ってないよ?」

「ふ、ふーん。大事な、ね。大事な。……うふ、うふふ」

「……何か今日の二人ちょっとおかしくない?」


 いきなり婚約させられて驚く気持ちはよく分かるけど、それを抜きにしても変な感じだ。


「そ、そんなことないわよ。ってか、そんなことどうでもいいでしょ。とにかく聞いて驚きなさい。私達の婚約者はね、なんと聖王国第三王子よ」

「へ、へ~……ビックリ」

「えっ!? 何かリアクション薄くない?」


 そりゃ、当人ですから。


「い、いやでも王子は第二までしかいらっしゃらないよね? 第三王子というのは何かの間違いなんじゃ」

「それが私達も昨日初めて知ったのですが、聖王家の血を守るため、第三王子は王家から離れた場所でひっそりと生活しているらしいのです」


(そんな離れてもないけどね。しょっちょう皆に会ってるし)


「って、その情報を俺に喋って大丈夫なの? 極秘なんじゃ」

「よくないです。ですので決して口外しないでくださいね」

「信じてるわよアロス」

「りょ、了解。あっ、でも今の話とその荷物に何の関係が?」

「「冒険よ(です)」」


 二人の声が綺麗にハモる。


「え? 何で?」

「「だから冒険よ(です)」」

「いやいや。何て? じゃなくて、何で? 何でそこで冒険なの?」

「そんなの決まってるでしょ。大きな手柄を立てて私達には子供を生ませるよりももっと有用な使い道があるって聖王妃様に示すためよ」

「な、なるほど」


 確かに大きな手柄(二つ名付きの魔族を倒すなど)を上げれば通るかどうかはさておき、母さんの決定にもやんわりと異を唱えることはできるだろう。少なくともただ嫌と言うよりはよほど現実的だ。


(でもそれってつまるところ……)


「あの、二人はそんなに嫌なのかな? 王子の子供を生むことが」


 だとしたら俺はどうしたら良いのだろうか?


「そりゃ、悩んだわよ。私だって聖王国の人間だもの。王子のお相手に選ばれたのが身に余る光栄だって分かってるつもり。……アロスには悪いけどさ」

「はい。私も父上から話を聞いた時は心が揺れました。アロスさんには本当に申し訳ありませんが」

「え? 何故そこで俺に謝罪」


 二人はジッと俺を見つめると、揃ってため息を吐いた。


「とにかく、一晩考えた結果、確率が最も高いというだけであって、何も王子の子供を産めるのは私達だけに限った話じゃないのよね。なら、私達にしか出来ないことをしたいじゃない?」

「はい。それに王子も私達にあまり関心がないご様子ですし」

「そうなの? ……え? なんでそう思ったの?」


(関心がないどころか、むしろ昨日からずっと二人のことばっかり考えてるんですけど)


 勿論それは幼馴染みの二人といきなり婚約者になったことで驚いてのことだけど、それでも関心がないということだけは絶対にない。


「だって王子ってば、婚約者になった私達に会いに来るどころか名前を教えることもしないのよ?」

「それは……昨日の今日の話だからじゃない? ほら、王子も驚いてるんだよ」

「ですが名前まで教えない意味が分かりません。お父様に訪ねてみたのですが、顔合わせも何もかも王子の一存で決まるそうです。つまり王子は意図して私達に情報を隠しています。これは私達に興味がないという王子なりの意思表示でしょう」

「多分だけどさ、王子にも好きな相手がいるんじゃない?」

「だとしたらこの対応にも納得です」

「いやそれは~……どうかな?」


(多分、幼馴染みである俺の口から直接真実を言えるように皆が気を回してくれただけだと思うんだけど……どうしよう?)


 普通に考えればここで真実を言うべきなのだろう。だがーー


「それじゃあ二人は第三王子に会えたら文句の一つでも言っちゃう?」

「はぁ? アンタそれでも聖王国の人間? そんなこと言えるわけないでしょうが! 相手は第三王子、聖王様の血を引くお方よ。今ここにきて、い、嫌らしいことを要求されても逆らうなんて出来ないわよ。……アロスには悪いけどさ」

「私達聖王国の人間には神にも等しいお方ですからね。ティナの言う通りもしもここで王子が現れ、体を要求してくれば純潔を守ることはできないでしょう。……アロスさんには申し訳ありませんが」

「いや、その場合謝罪するのはそんなこと命令する王子の方だと思うけど……。まぁ二人の言いたいことは分かったよ。でも何でさっきから俺に謝罪するわけ?」

「「それはいいのよ(です)」」

「そ、そうですか」


(怖いので深く突っ込まないようにしよう。……でもこんな二人でもやっぱり王子には逆らえないのか)


 聖王の血はこの国で絶対的な権威を誇る。俺が第三王子であることを明かせば今までのような付き合いは難しくなるだろう。


(それは……ちょっと嫌だな)


 幼馴染みであり親友でもある二人との関係が変わってしまうのは出来れば避けたかった。


「そんなわけだから今すぐ冒険に出掛けるわよ」

「まるで夜逃げみたいだね……って、あれ? ひょっとして俺も行く流れなの?」

「そんなの当然でしょ」

「いや、当然じゃないと思うんだけど」

「いえ、当然です」

「サーラまで、な、なんでそう思うわけ?」

「なんでって言われても、その、私達幼馴染みで親友じゃん?」

「そうだね」


(親友、あのティナの口から親友)


 なんだか胸がジーンとした。


「え? 何で涙? と、とにかく、親友が困ってるんだからガタガタ言ってないで手伝いなさいよ」

「分かったよ親友! それじゃあちょっと行って旅の準備をしてくるね」


 なんか俺の立場だと色々不味い気もするけど親友の頼みなら仕方ないよね。親友の頼みなら。


「それなら心配いりません。アロスさんの装備なら私達が揃えておきました。これを使ってください」


 サーラからティナ達と同じくパンパンに膨らんだ大きなリュックを渡される。


「サーラ、ティナ、わざわざ俺のために」


 武器とか道具とかお金とか、絶対自分で揃えた方が高い水準のものを用意できるけど、それでも嬉しかった。


(これが、青春)


 生まれた時からずっと本当の身分と力を隠し続ける俺がこんな気持ちになれるのも二人のお陰だ。


「ほら、行くわよ馬鹿アロス。言っとくけど旅の途中もバシバシ鍛えるからね」

「アロスさん、私が知る魔術の知識を全部教えます。一緒に強くなりましょうね」

「アハハ! もう二人とも親友だからってそんなに引っ張らないでよ。親友だからってさ。……あっ? 待って、待って! 姉さんに一言伝えなきゃ」

「大丈夫よ」

「ええ。ちゃんと私達が手紙を置いてきましたから」

「そっか。それじゃあ……いいよね」


 そうして俺は婚約者となった親友で幼馴染みの二人と冒険に出たのだった。

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