図書館前で
「佐藤!」
俺は慌てて教室を飛び出して、階段に向かった。まるで迷路のような廊下が、行く手を阻む。急いで駆け付けてやらねばならないと焦っているのに、迷路が方向感覚を狂わせてしまう。階段があると思って廊下を曲がると、行き止まりだったりトイレだったり、完全に迷子になってしまっていた。
漸く外に飛び出した時には、佐藤の妹は抱きかかえられて、あの場所で意識を失っていた。
「佐藤?」
抱きかかえている人物を確認して、俺は愕然とした。キッと鋭い視線で俺を睨む瞳が、無言で叱責している。さらさらの長い髪を震わせて、姉の佐藤が佐藤の妹を抱き締めていたのだった。
「中岡真白がやったんだ」
それは俺の直感だった。あの煙のようなものは真白の霊体だったと感じ取っていた。
「藍が襲われるのが見えてた。分かっていたのに――きっと嫌なことが起こるって分かっていたのに」
佐藤の無言の叱責は、俺にではなく自身へ向けられたものだと感じた時、俺は愕然とした。佐藤のせいではない。俺が記憶について尻込みをしてしまった為ではないか。俺が恐れずに真白に向き合っていれば、佐藤の妹は襲われなかったかもしれない。
「翠姉ぇ」
何かあったの? そんな具合に佐藤の妹は目を覚ました。ほんの僅かな間だか、気を失っていたことが分らなかった様子だった。
「藍。大丈夫なの? 体はなんともない?」
「体って? あぁ、そうか」
言いながら、佐藤の妹は絵筆を握っている手をぷるぷると振った。
「大丈夫みたい」
俺たちと、その周りで好奇心の目で見守っている通行人らに囲まれて、佐藤の妹は立ち上がった。まるで産まれたての小鹿のように膝を震わせながら佐藤に掴まっている。
「ハルカ。アンタはもう行って。もう大丈夫だから」
これのどこが大丈夫なんだ。姉妹揃って青い顔をしている。それなのに、俺に行ってくれとはどういうことだと思った。
「でも――」
「いいから。大袈裟にしたくないから」
佐藤は周囲の目を気にしているのか。それは俺が勝手に思ったことだった。佐藤がこの時にどんな気持ちでいたのか、俺は想像さえしなかった。まさか俺の為だとは思わなかった。真白を知っている俺だから、次に襲われるかもしれない。佐藤にそんな心配をされているのに、少しも分からない情けない俺だった。
介抱の協力を断られてしまった俺は、ふて腐れて肩を落として一人で帰るしかない。そちらがそんなつもりなら、勝手にしろって言う気持ちだったんだ。
「じゃあ、お大事に」
でも、俺は周囲の奴らにも聞こえるように声を張り上げて言った。せめてこの観客ごと立ち去らせてやりたいと思ったからだ。
ところが、このお大事にという言葉が、俺の心に突き刺さってしまった。グループの誰かに言われたこの言葉。お大事に。のけ者にするという宣言だったからだ。
「ハルカ。真白に気を付けて」
佐藤が言った。俺を心配そうに見つめる瞳があった。
それで分かった。俺は馬鹿だった。勝手に思い込んで、勝手にふて腐れて。佐藤の本心に気が付かないなんて、なんて馬鹿なんだ。自分が嫌になる。妹をかばいながらも、こんなにも心配されて、こんなにも情けない俺を心配して、佐藤は見つめてくれていた。
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