ディアン・チルドレン
情熱大楽
ディアン・チルドレン
《1999年7の月、空よりくるだろう、恐怖の大王が、
アンゴルモアの大王を蘇らせる、前後に火星が幸福に統治する》
かの有名な、ノストラダムスの大予言である。
結局1999年は無事に終わり、表向きには大予言は外れた。
しかし、事実は違う。
これから話す物語は、恐怖の大王との戦いに青春を懸けた、学生達の物語。
※
「お前、魔法レベル2の単位、落としそうなんだって?」
廊下でうれしそうに聞いてきたのは、悪友の山田だった。
オレは山田の顔をのぞきこむように答えてやる。
「バカ、お前は魔法レベル2を選択してないからそんな事言えるんだよ。直径30センチ以上の炎の玉を15秒以内に作って、おまけにターゲットにぶつけなきゃならないんだぜ? できるか山田君よぉ?」
少し考える山田。そして勢いよく喋りだす。
「できないね! けど俺は剣に生きる男だから、関係ないもんねぇ~」
ワハハ、と豪快に笑う山田。コイツはこういう奴だ。勢いだけで何でも解決する、バカみたいな奴。だが、この学校においてこいつは一種のエリートだった。
クラスで一番剣の成績が良い生徒には、学校指定剣以外の帯剣許可がおりる。
山田が腰に下げている剣は、柄が龍の頭の形で、アクセサリーがジャラジャラついている、あきらかに学校が指定しそうにない剣。つまり山田は、クラスで一番剣の成績が良いのだ
バカでも強ければ、この学校ではスターになれる。それがここ、『ディアン・キングダム』の最大の魅力だ。
『ディアン・キングダム』って言うのは、簡単に言えば『恐怖の大王と戦う戦士を育成する』学校。核以外で恐怖の大王と、その部下達に決定打を与られる唯一の方法、『魔法』を教える、世間的には非公式の学校だ。
オレ『金田 健』は、そのディアン・キングダムの『魔法レベル2』を選択している生徒。それで、さっきの山田は剣レベル2を選択している生徒。剣も魔法もレべル1は必修なんだけど、そこから先は選択になる。3年後に来る恐怖の大王達との戦いに備えて、俺たちは日夜修行に励んでいた。
※
「次、金田!」
「はいっ!」
とうとうテストの日がやってきた。授業もレベル2になると、個人個人の力量差が出始めるから、テストでふるいにかけ、できる奴とできない奴に分けていくのだ。
この辺はそこらの普通の学校と変わらない、できない奴にはきついシステムだ。ただ、結果を出せば、魔法レベル3のクラスへの編入も見えてくる。
「分かってるな、15秒以内に直径30センチ以上の火の玉を作って、あの的に直撃させるんだぞ。火の玉の大きさが30センチに達していなかった場合、的を外した場合、15秒以内に終了しなかった場合、全てが不合格だからな」
「はいっ!」
「よし、それでは試験開始!」
山田に借りた腕時計をストップウォッチモードにして、スタートさせる。
1、2、3とデジタルの数字が進んでいく。
「ふぅ……」
まずは集中だ! 落ち着け、できるハズだ。目を閉じて、頭の中を完全にからっぽにして。まずは、オレの手をイメージ、イメージ、イメージ。
次にその手から炎が渦巻いて生まれるイメージ。イメージ、イメージ、イメージ。
じょじょに手が熱くなってきた……。いい調子だ、練習でもこんなにスムーズにいった事は無かった。まだだ、まだ炎はそんなに大きくなっていない。もう少し大きくだ、時間ギリギリまで
大きくしてやる。左目だけを開き、チラッと腕時計を見る。
5、と表示されている。5? 5秒しか経っていない?
時計の数字は5から動かない。完全に時計は止まっていた。
「ウソだろ!?」
叫んだ瞬間、炎は分散してしまった。どうみても一○センチも無いが、もうヤケクソで的に向かって投げる。
「クッソォ!」
炎は的に直撃、一瞬燃え上がり、消えた。こうしてオレの、魔法レベル三適性試験は、最悪な結末を迎えた。
「何やってんだぁっ、金田ぁ!」
落ち込もうとした矢先、教官の怒号が飛んできた。
「あのままいけば、炎の大きさは十分30センチ越えてたし、的にも直撃した。時計を見た時は、まだ10秒しか経ってなかったのに、何故投げなかったんだ! しかも集中力切らしやがって!」
「腕時計が止まってたんです」と言おうか、とも思ったが、
「バカヤロー、戦場で腕時計が止まっていました、とでも言うつもりか!」
とか言われて、悪い見本にされそうなのでやめた……つもりだったが、
「今日落ちたのお前が始めてだぞ」と言われて反射的に
「腕時計が止まってしまったせいです!」と叫んでしまった。
「バカヤロー! 戦場で――」
予想通りの返事が返ってきた。
※
「ああ、クソォォッ!」
枕を何度ベッドに叩きつけても、怒りは収まらなかった。
オレの作った炎の大きさは、試験挑戦者中、一番だったらしい。今のオレ達の段階で、15秒以内にあれ程大きな炎が作れる奴は、そういないそうだ。
やっぱりな、それだけの手応えはあった。絶好調だった。あの時計さえ故障しなければ……。
いや、山田は時計を貸してくれただけで、アイツのせいじゃない。けど、頭で分かっていても、気持ちが収まらなかった。
「おい、金田ぁ。いるかぁ?」
能天気な声が聞こえる。山田の声だ。
「金田ぁ、いないのかぁ?」
「いるよ。鍵開いてるから入ってこいよ」
気持ちの整理がついてないのに、何故か応えてしまった。
「おじゃましまっす」
ドアを開け、山田が入ってくる。手からビニール袋を下げていた。中身は缶ビールらしきもの。オレが試験に落ちたのを聞いて、慰めにでもきたのか?
「お前、試験落ちたんだってな。気にすんなよ、炎の大きさだけならお前のが一番だったらしいぜ」
山田は、ガサガサとビニール袋から缶ビールを取り出した。取り出した缶ビールを、オレの目の高さまで持ってくる。
「ハイッ、これ俺のオゴリな。飲んで、騒いで、試験に落ちた事なんてパァッと忘れちまおうぜ。イエ~イ!」
オレは、我慢できなかった。
「誰のせいで試験落ちたと思ってるんだ……」
ボソッとつぶやいてしまった。山田は少し笑いを潜め、
「どういう意味?」
と返してきた。
オレはこの言葉を待っていたのかも知れない。この言葉を聞く為に、気持ちが整理できてないまま、山田を部屋に入れたのかも知れない。
「お前に借りた腕時計が止まったんだよっ! しかも試験中に! 試験中に止まったらどうなる? パニックになるだろ? 集中どころじゃないだろ? 魔法は集中力が命なんだよ! そりゃ試験にも落ちるよ! 誰かさんのせいで最悪だ!」
自分の言葉に酔って、おもいっきりまくし立ててしまった。山田はカンパイの為にオレの目の高さに持ってきていた手を、ダランッと下げ、ピクリとも動かない。1分、3分、5分、気まずすぎる沈黙が流れ続ける。
少しいいすぎた、とオレが思い始めた頃、山田がビールを床に置いた。
「マジで悪かった……。マジで、ゴメン」
そうボソッと言い残すと、山田は静かに部屋を出て行った。
※
俺たちの授業スケジュールはこうなっている。
1時間目・選択(魔法or剣) 9時30分~10時30分
2時間目・選択(魔法or剣) 10時40分~11時40分
昼休み
3時間目・選択(魔法or剣) 13時~14時
4時間目・選択(魔法or剣) 14時10分~15時10分
5時間目・基礎体力向上 15時20分~16時20分
6時間目・戦術基礎 16時30分~17時30分
ホームルーム 17時40分~17時50分
フリートレーニング 17時50分~
絶対就寝時間 24時
この通り、授業が終わった後に10分間の休みがあるのだが、いつもなら、オレは山田と話す。
誰の魔法が凄かったとか、誰が先生に怒られたとか、他愛も無い話ばかりだったが、この10分休みのお喋りが結構楽しかった。
一番盛り上がったのは、オレ達2人で考えた『魔法剣』の話題だ。オレの魔法を山田の剣に宿し、叩き斬る。これで恐怖の大王もイチコロだ、なんてよく言っていた。
あの日から1週間、オレと山田は一言も喋らなかった。山田のせいで試験に落ちたなんてオレはもう思っていなかった。山田は時計を貸しただけで、試験中に壊れようが山田は100%悪くない、そんな事はもうとっくに分かっている。しかし、謝るキッカケが見つからないまま、一週間が経ってしまった。
そしてとうとう、ディアン·キングダム始まって以来、最悪の惨事が起こってしまう。
※
オレはその日、フリートレーニングの時間だったので、ひたすら魔法をスムーズに出す訓練に励んでいた。オレの場合、魔法の威力は十分だが、その魔法を発動させるまでの時間にムラがあり、そこが課題だった。
「ハァッ!」
手をイメージし、さらにその手から炎が巻き起こるイメージ。そして現実のオレの手に炎が巻き起こる。今やオレは、この一連の動作を三秒足らずでできるようになっていた。もちろん炎の大きさも、30センチは軽く越えている。
試験に落ちてからの1週間、オレは今までにない程訓練を積んだ。授業に前以上に必死になり、授業終了後のフリートレーニングの時間は、全て魔法をスムーズに出す訓練に当てた。
その結果、ここまで成長できた。次の試験は、間違いなく合格できるハズだ。
誰もいない魔法鍛錬場の床に、寝転がる。鍛錬場の床には魔方陣が描かれており、この上にいると魔力は回復する。モチロン寝転がる必要は無いが。訓練で疲れきっていたオレは、いつのまにか眠ってしまっていた。
ガッシャーン、と遠くでガラスが割れるような音が聞こえた。ひどく眠かったオレは、気にせずもう一度眠ろうとした。
しかし、続いて「キャーッ」という声が聞こえてきので、さすがに目が覚めた。あきらかに悲鳴だった。
鍛錬場を出ると、学校中から悲鳴や怒号が聞こえてきた。明らかに普通の状況じゃない。
とりあえず教室に向かったオレは、教室前の廊下の、その光景を見て絶句した。
3メートルはあろうかという、犬のような怪物が、転がっている生徒の肉を食いあさっているのだ。不気味な怪物だった。
毛はフサフサなのだが、目や口が体中いたるところに存在し、足も無数に生えている。その怪物は、オレを発見したようだ。猛スピードで突進してくる。
「まずは手をイメージ……」
意外と冷静に、いつも通り手をイメージする。どんどん怪物の姿が大きく目に映ってくる。
ガガッ、ガガッ、という怪物の蹴り脚の音が大きくなっていく!
オレは逃げ出したい、という思いを、必死にこらえた。とうとうオレの前まで来た怪物は、その足を大きく振りかぶった!
「ギャアアウッ!」
爪がオレの顔に届くか否か、ギリギリのトコロで炎は出た。顔面が炎に包まれ、のたうち回る怪物。
「ハアッ、ハ、ハハァッ、ハッ」
緊張のあまり、呼吸がうまくできない。あと一秒炎を出すのが遅れていたら、オレは死んでいた。
死?
「ウワァアアッ」
その後オレは、気が狂ったように怪物に魔法攻撃を加えた。やがて燃えつき、灰になる怪物。そういえばコイツの事は授業で習った事がある。確か『ライカ』とかいう名前で、恐怖の大王の部下の中でも、最もポピュラーな奴だ。
ふと、20メートルぐらい先の、廊下の突き当たりに目をやる。ライカが2、3匹いるようだった。何も考えず、ただボーッとそいつらを見ていたが、その集団の中で戦っている人間がいる事に気づき、オレは戦操を覚える。
「……山田ぁ」
ライカの爪をかいくぐっては斬り、かいくぐっては斬り、の繰り返し。やがて1匹のライカが倒れる。戦っているのは山田だった。鳥肌が立った。
助けようと近づいていくと、山田の周りに5、6匹のライカの死体が転がっている事に気づく。卒業生がようやく一人で倒せるかどうか、というライカをこうも簡単に倒す山田。剣が魔力を帯びているから理論的には倒せるのだが、それをあっさりやってのけるとは、やっぱりアイツは天才だ。心底そう思った。しかし、その天才の体力は限界にきていた。
バキッ、と鈍い音が響く。山田の顔に、ライカの爪が直撃した。動きが止まった山田に二匹のライカが集中攻撃を浴びせる。
「テメエらぁっ!」
無我夢中でオレは突っ込んでいた。走りながら炎を生み出し、投げつける。かなり高度な技だが、この極限状態の中でオレは、格段にレベルアップしていた。
「ギャウッ!」
一匹が炎に包まれる。一発当てただけでライカは瞬時に灰になった。しかし、この急激なレベルアップに、体はついてきていなかった。
「あ?」
不自然に膝から崩れ落ちる。体中が激しく痙攣している事に、初めて気がついた。
残った一匹のライカは、オレが突然崩れ落ちた事を一瞬不審に思ったようだが、絶好のチャンスだという事に気づいたらしい。ゆっくり、ゆっくり、オレに近づいてくる。
終わりか、と思った瞬間、予想外の光景が目の前に広がった。ドッ! という鈍い音がしたかと思うと、ライカの眉間に槍が刺さっていたのだ。ライカはひとしきり震え終わると、そのまま地面に倒れこみ、動かなくなった。
「大丈夫か、金田」
槍を投げたのは、試験の時にさんざんオレを怒鳴ってくれた教官だった。いろいろ聞きたい事はあったが、山田の容態の方が心配だった。
「山田っ!」
仰向けになって倒れている山田にオレは駆け寄った。近くで見ると、体中が爪痕だらけだった。
「おい、山田、起きろよ、おいっ」
全く反応が無い。脳裏に最悪のシーンを想像する。
「おきろよコラッ、山田ぁぁっ!」
必死に揺するが、手や首に全く力が入っておらず、ガクンガクンと不自然に動くだけ。脳裏にふと、山田がオレを慰めようと部屋を訪れたシーンがよみがえる。
【ハイッ、これオレのオゴリな。飲んで、騒いで、試験に落ちた事なんてパァッと忘れちまおうぜ。イエ~イ!1
自然と涙があふれてくる。
「ウウゥ……」
声にならない声でオレは泣いた。何故オレは早く仲直りしなかったんだろう? こんな事になるって分かっていれば、もっと喋りたい事が山程あった! もっと喋るハズだった!
結局オレがアイツに言った最後の言葉は、「誰かさんのせいで最悪だ!」になってしまった。
※
翌日、ディアン·キングダムでは葬儀が行われた。全校生徒120人中、31人が死んだという。山田もその1人だ。昨日のライカ共は、恐怖の大王からの宣戦布告、そういう事らしい。ただオレが不満なのは、教官の対応があまりに稚拙だった事。何故生徒がいる可能性が高い教室付近への対応を、最後に回したのか。オレには理解できなかった。
山田にはもう別れを告げた。多分一生後悔するだろうが、今は後悔してる場合じゃない。
恐怖の大王は、ディアン·キングダムの存在を知った。自分が地球にたどり着く前に、部下を先に送り込んで減ぼすつもりらしい。だから、もっともっと急激な成長が要求されるのだ。オレは今回の活躍を認められ、魔法レベル3のクラスへの編入が認められた。
1999年、7の月まであと41ヶ月。後何回襲撃されるのか分からないが、絶対その度に生き延びて、最後は恐怖の大王をぶっ飛ばしてやる。
その後、お前に謝れなかった事をゆっくり後悔するから、それまで待っててくれよな、山田。
END
ディアン・チルドレン 情熱大楽 @kakukakukakukaku
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