ディアン・チルドレン

情熱大楽

ディアン・チルドレン


《1999年7の月、空よりくるだろう、恐怖の大王が、

 アンゴルモアの大王を蘇らせる、前後に火星が幸福に統治する》


 かの有名な、ノストラダムスの大予言である。

 結局1999年は無事に終わり、表向きには大予言は外れた。

 しかし、事実は違う。

 これから話す物語は、恐怖の大王との戦いに青春を懸けた、学生達の物語。



「お前、魔法レベル2の単位、落としそうなんだって?」


 廊下でうれしそうに聞いてきたのは、悪友の山田だった。


 オレは山田の顔をのぞきこむように答えてやる。


「バカ、お前は魔法レベル2を選択してないからそんな事言えるんだよ。直径30センチ以上の炎の玉を15秒以内に作って、おまけにターゲットにぶつけなきゃならないんだぜ? できるか山田君よぉ?」


 少し考える山田。そして勢いよく喋りだす。


「できないね! けど俺は剣に生きる男だから、関係ないもんねぇ~」


 ワハハ、と豪快に笑う山田。コイツはこういう奴だ。勢いだけで何でも解決する、バカみたいな奴。だが、この学校においてこいつは一種のエリートだった。

 

 クラスで一番剣の成績が良い生徒には、学校指定剣以外の帯剣許可がおりる。

 

 山田が腰に下げている剣は、柄が龍の頭の形で、アクセサリーがジャラジャラついている、あきらかに学校が指定しそうにない剣。つまり山田は、クラスで一番剣の成績が良いのだ

 

 バカでも強ければ、この学校ではスターになれる。それがここ、『ディアン・キングダム』の最大の魅力だ。


 『ディアン・キングダム』って言うのは、簡単に言えば『恐怖の大王と戦う戦士を育成する』学校。核以外で恐怖の大王と、その部下達に決定打を与られる唯一の方法、『魔法』を教える、世間的には非公式の学校だ。


 オレ『金田  健』は、そのディアン・キングダムの『魔法レベル2』を選択している生徒。それで、さっきの山田は剣レベル2を選択している生徒。剣も魔法もレべル1は必修なんだけど、そこから先は選択になる。3年後に来る恐怖の大王達との戦いに備えて、俺たちは日夜修行に励んでいた。



「次、金田!」


「はいっ!」


 とうとうテストの日がやってきた。授業もレベル2になると、個人個人の力量差が出始めるから、テストでふるいにかけ、できる奴とできない奴に分けていくのだ。

 この辺はそこらの普通の学校と変わらない、できない奴にはきついシステムだ。ただ、結果を出せば、魔法レベル3のクラスへの編入も見えてくる。


「分かってるな、15秒以内に直径30センチ以上の火の玉を作って、あの的に直撃させるんだぞ。火の玉の大きさが30センチに達していなかった場合、的を外した場合、15秒以内に終了しなかった場合、全てが不合格だからな」


「はいっ!」


「よし、それでは試験開始!」


 山田に借りた腕時計をストップウォッチモードにして、スタートさせる。


 1、2、3とデジタルの数字が進んでいく。


「ふぅ……」


 まずは集中だ! 落ち着け、できるハズだ。目を閉じて、頭の中を完全にからっぽにして。まずは、オレの手をイメージ、イメージ、イメージ。


 次にその手から炎が渦巻いて生まれるイメージ。イメージ、イメージ、イメージ。


 じょじょに手が熱くなってきた……。いい調子だ、練習でもこんなにスムーズにいった事は無かった。まだだ、まだ炎はそんなに大きくなっていない。もう少し大きくだ、時間ギリギリまで

 

 大きくしてやる。左目だけを開き、チラッと腕時計を見る。

 

 5、と表示されている。5?  5秒しか経っていない?

 

 時計の数字は5から動かない。完全に時計は止まっていた。


「ウソだろ!?」


 叫んだ瞬間、炎は分散してしまった。どうみても一○センチも無いが、もうヤケクソで的に向かって投げる。


「クッソォ!」


 炎は的に直撃、一瞬燃え上がり、消えた。こうしてオレの、魔法レベル三適性試験は、最悪な結末を迎えた。



「何やってんだぁっ、金田ぁ!」


 落ち込もうとした矢先、教官の怒号が飛んできた。


「あのままいけば、炎の大きさは十分30センチ越えてたし、的にも直撃した。時計を見た時は、まだ10秒しか経ってなかったのに、何故投げなかったんだ!  しかも集中力切らしやがって!」


「腕時計が止まってたんです」と言おうか、とも思ったが、


「バカヤロー、戦場で腕時計が止まっていました、とでも言うつもりか!」


 とか言われて、悪い見本にされそうなのでやめた……つもりだったが、


「今日落ちたのお前が始めてだぞ」と言われて反射的に


「腕時計が止まってしまったせいです!」と叫んでしまった。


「バカヤロー!  戦場で――」


 予想通りの返事が返ってきた。



「ああ、クソォォッ!」

 

 枕を何度ベッドに叩きつけても、怒りは収まらなかった。

 

 オレの作った炎の大きさは、試験挑戦者中、一番だったらしい。今のオレ達の段階で、15秒以内にあれ程大きな炎が作れる奴は、そういないそうだ。


 やっぱりな、それだけの手応えはあった。絶好調だった。あの時計さえ故障しなければ……。

 

 いや、山田は時計を貸してくれただけで、アイツのせいじゃない。けど、頭で分かっていても、気持ちが収まらなかった。


「おい、金田ぁ。いるかぁ?」


 能天気な声が聞こえる。山田の声だ。


「金田ぁ、いないのかぁ?」


「いるよ。鍵開いてるから入ってこいよ」

 

 気持ちの整理がついてないのに、何故か応えてしまった。


「おじゃましまっす」


 ドアを開け、山田が入ってくる。手からビニール袋を下げていた。中身は缶ビールらしきもの。オレが試験に落ちたのを聞いて、慰めにでもきたのか?


「お前、試験落ちたんだってな。気にすんなよ、炎の大きさだけならお前のが一番だったらしいぜ」


 山田は、ガサガサとビニール袋から缶ビールを取り出した。取り出した缶ビールを、オレの目の高さまで持ってくる。


「ハイッ、これ俺のオゴリな。飲んで、騒いで、試験に落ちた事なんてパァッと忘れちまおうぜ。イエ~イ!」


 オレは、我慢できなかった。


「誰のせいで試験落ちたと思ってるんだ……」


 ボソッとつぶやいてしまった。山田は少し笑いを潜め、


「どういう意味?」


 と返してきた。


 オレはこの言葉を待っていたのかも知れない。この言葉を聞く為に、気持ちが整理できてないまま、山田を部屋に入れたのかも知れない。


「お前に借りた腕時計が止まったんだよっ! しかも試験中に! 試験中に止まったらどうなる? パニックになるだろ? 集中どころじゃないだろ? 魔法は集中力が命なんだよ! そりゃ試験にも落ちるよ! 誰かさんのせいで最悪だ!」


 自分の言葉に酔って、おもいっきりまくし立ててしまった。山田はカンパイの為にオレの目の高さに持ってきていた手を、ダランッと下げ、ピクリとも動かない。1分、3分、5分、気まずすぎる沈黙が流れ続ける。


 少しいいすぎた、とオレが思い始めた頃、山田がビールを床に置いた。


「マジで悪かった……。マジで、ゴメン」


そうボソッと言い残すと、山田は静かに部屋を出て行った。



 俺たちの授業スケジュールはこうなっている。


 1時間目・選択(魔法or剣) 9時30分~10時30分

 2時間目・選択(魔法or剣) 10時40分~11時40分

 昼休み

 3時間目・選択(魔法or剣) 13時~14時

 4時間目・選択(魔法or剣) 14時10分~15時10分

 5時間目・基礎体力向上  15時20分~16時20分

 6時間目・戦術基礎    16時30分~17時30分

ホームルーム      17時40分~17時50分

フリートレーニング   17時50分~

  絶対就寝時間      24時

 


 この通り、授業が終わった後に10分間の休みがあるのだが、いつもなら、オレは山田と話す。

 

 誰の魔法が凄かったとか、誰が先生に怒られたとか、他愛も無い話ばかりだったが、この10分休みのお喋りが結構楽しかった。


 一番盛り上がったのは、オレ達2人で考えた『魔法剣』の話題だ。オレの魔法を山田の剣に宿し、叩き斬る。これで恐怖の大王もイチコロだ、なんてよく言っていた。


 あの日から1週間、オレと山田は一言も喋らなかった。山田のせいで試験に落ちたなんてオレはもう思っていなかった。山田は時計を貸しただけで、試験中に壊れようが山田は100%悪くない、そんな事はもうとっくに分かっている。しかし、謝るキッカケが見つからないまま、一週間が経ってしまった。


 そしてとうとう、ディアン·キングダム始まって以来、最悪の惨事が起こってしまう。



 オレはその日、フリートレーニングの時間だったので、ひたすら魔法をスムーズに出す訓練に励んでいた。オレの場合、魔法の威力は十分だが、その魔法を発動させるまでの時間にムラがあり、そこが課題だった。


「ハァッ!」


 手をイメージし、さらにその手から炎が巻き起こるイメージ。そして現実のオレの手に炎が巻き起こる。今やオレは、この一連の動作を三秒足らずでできるようになっていた。もちろん炎の大きさも、30センチは軽く越えている。


試験に落ちてからの1週間、オレは今までにない程訓練を積んだ。授業に前以上に必死になり、授業終了後のフリートレーニングの時間は、全て魔法をスムーズに出す訓練に当てた。


その結果、ここまで成長できた。次の試験は、間違いなく合格できるハズだ。


 誰もいない魔法鍛錬場の床に、寝転がる。鍛錬場の床には魔方陣が描かれており、この上にいると魔力は回復する。モチロン寝転がる必要は無いが。訓練で疲れきっていたオレは、いつのまにか眠ってしまっていた。


 ガッシャーン、と遠くでガラスが割れるような音が聞こえた。ひどく眠かったオレは、気にせずもう一度眠ろうとした。


しかし、続いて「キャーッ」という声が聞こえてきので、さすがに目が覚めた。あきらかに悲鳴だった。


 鍛錬場を出ると、学校中から悲鳴や怒号が聞こえてきた。明らかに普通の状況じゃない。

 

とりあえず教室に向かったオレは、教室前の廊下の、その光景を見て絶句した。


 3メートルはあろうかという、犬のような怪物が、転がっている生徒の肉を食いあさっているのだ。不気味な怪物だった。

毛はフサフサなのだが、目や口が体中いたるところに存在し、足も無数に生えている。その怪物は、オレを発見したようだ。猛スピードで突進してくる。


「まずは手をイメージ……」


 意外と冷静に、いつも通り手をイメージする。どんどん怪物の姿が大きく目に映ってくる。


 ガガッ、ガガッ、という怪物の蹴り脚の音が大きくなっていく!


オレは逃げ出したい、という思いを、必死にこらえた。とうとうオレの前まで来た怪物は、その足を大きく振りかぶった!


「ギャアアウッ!」


 爪がオレの顔に届くか否か、ギリギリのトコロで炎は出た。顔面が炎に包まれ、のたうち回る怪物。


「ハアッ、ハ、ハハァッ、ハッ」


 緊張のあまり、呼吸がうまくできない。あと一秒炎を出すのが遅れていたら、オレは死んでいた。


 死?


「ウワァアアッ」


 その後オレは、気が狂ったように怪物に魔法攻撃を加えた。やがて燃えつき、灰になる怪物。そういえばコイツの事は授業で習った事がある。確か『ライカ』とかいう名前で、恐怖の大王の部下の中でも、最もポピュラーな奴だ。


 ふと、20メートルぐらい先の、廊下の突き当たりに目をやる。ライカが2、3匹いるようだった。何も考えず、ただボーッとそいつらを見ていたが、その集団の中で戦っている人間がいる事に気づき、オレは戦操を覚える。


「……山田ぁ」


 ライカの爪をかいくぐっては斬り、かいくぐっては斬り、の繰り返し。やがて1匹のライカが倒れる。戦っているのは山田だった。鳥肌が立った。


 助けようと近づいていくと、山田の周りに5、6匹のライカの死体が転がっている事に気づく。卒業生がようやく一人で倒せるかどうか、というライカをこうも簡単に倒す山田。剣が魔力を帯びているから理論的には倒せるのだが、それをあっさりやってのけるとは、やっぱりアイツは天才だ。心底そう思った。しかし、その天才の体力は限界にきていた。


 バキッ、と鈍い音が響く。山田の顔に、ライカの爪が直撃した。動きが止まった山田に二匹のライカが集中攻撃を浴びせる。


「テメエらぁっ!」


 無我夢中でオレは突っ込んでいた。走りながら炎を生み出し、投げつける。かなり高度な技だが、この極限状態の中でオレは、格段にレベルアップしていた。


「ギャウッ!」


 一匹が炎に包まれる。一発当てただけでライカは瞬時に灰になった。しかし、この急激なレベルアップに、体はついてきていなかった。


「あ?」


 不自然に膝から崩れ落ちる。体中が激しく痙攣している事に、初めて気がついた。


残った一匹のライカは、オレが突然崩れ落ちた事を一瞬不審に思ったようだが、絶好のチャンスだという事に気づいたらしい。ゆっくり、ゆっくり、オレに近づいてくる。


終わりか、と思った瞬間、予想外の光景が目の前に広がった。ドッ! という鈍い音がしたかと思うと、ライカの眉間に槍が刺さっていたのだ。ライカはひとしきり震え終わると、そのまま地面に倒れこみ、動かなくなった。


「大丈夫か、金田」


 槍を投げたのは、試験の時にさんざんオレを怒鳴ってくれた教官だった。いろいろ聞きたい事はあったが、山田の容態の方が心配だった。


「山田っ!」


 仰向けになって倒れている山田にオレは駆け寄った。近くで見ると、体中が爪痕だらけだった。


「おい、山田、起きろよ、おいっ」


全く反応が無い。脳裏に最悪のシーンを想像する。


「おきろよコラッ、山田ぁぁっ!」


 必死に揺するが、手や首に全く力が入っておらず、ガクンガクンと不自然に動くだけ。脳裏にふと、山田がオレを慰めようと部屋を訪れたシーンがよみがえる。


【ハイッ、これオレのオゴリな。飲んで、騒いで、試験に落ちた事なんてパァッと忘れちまおうぜ。イエ~イ!1


 自然と涙があふれてくる。


「ウウゥ……」


 声にならない声でオレは泣いた。何故オレは早く仲直りしなかったんだろう? こんな事になるって分かっていれば、もっと喋りたい事が山程あった!  もっと喋るハズだった!


 結局オレがアイツに言った最後の言葉は、「誰かさんのせいで最悪だ!」になってしまった。



 翌日、ディアン·キングダムでは葬儀が行われた。全校生徒120人中、31人が死んだという。山田もその1人だ。昨日のライカ共は、恐怖の大王からの宣戦布告、そういう事らしい。ただオレが不満なのは、教官の対応があまりに稚拙だった事。何故生徒がいる可能性が高い教室付近への対応を、最後に回したのか。オレには理解できなかった。

 

 山田にはもう別れを告げた。多分一生後悔するだろうが、今は後悔してる場合じゃない。


 恐怖の大王は、ディアン·キングダムの存在を知った。自分が地球にたどり着く前に、部下を先に送り込んで減ぼすつもりらしい。だから、もっともっと急激な成長が要求されるのだ。オレは今回の活躍を認められ、魔法レベル3のクラスへの編入が認められた。


 1999年、7の月まであと41ヶ月。後何回襲撃されるのか分からないが、絶対その度に生き延びて、最後は恐怖の大王をぶっ飛ばしてやる。

 その後、お前に謝れなかった事をゆっくり後悔するから、それまで待っててくれよな、山田。










END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ディアン・チルドレン 情熱大楽 @kakukakukakukaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ