第十三章 自分勝手
「あっ…ゔゔぁぁっ…」
重ぉっ…
「キタキツ…キタキツネ…っ!」
とっさにキタキツネの腕を掴んだが、既に下半身は宙ぶらりんになっている。
ブーツの摩擦はあるものの、雪が無情にも足を滑らせようとする。
「…え?…カンタ?」
キタキツネが涙を流しながらこちらを見つめている。
いつ落ちてもおかしくない。
「キタ…崖…捕まえ…掴まって…!」
キタキツネと俺の腕が千切れてしまいそうなくらいに引っ張り上げる。
アドレナリンが止まらない。
「…なんで来たの?やめてよカンタ、もう休んでいいんだよ?このまま落としてよ…」
「う…るせ…さっさと…掴まれ…って!」
握力に限界が迫ってきている。
「ボクはもういいよ!キタキツネは皆にはもういらないよ!お願いだから落として…」
ズサっと右足が滑り、後ろを向いて頑張って踏ん張る。
しかしそのせいで腕に上手く力が入らない。
キタキツネの方をもう一度見る。
涙が止めどなく溢れている。
冗談じゃない、フレンズとてこの高さから落ちたら間違いなく死んでしまう。
「俺…は…俺はもうキタキツネを死なせてるんだ…だから…」
だから…
「このままじゃカンタも落ちちゃうよ!離して!ボクが生きている意味なんて無いんだから!」
あぁ、なんでこうなったんだろうな。
キタキツネ、俺がもっとちゃんとしてれば…
お前を死なせることなんて無かったのにな。
カンタ
カンタ
湯の華が詰まってるんだ
一緒に取りに行こう?
そして帰ったらゲームしてさ
ボクにホットケーキを焼いてよ
カンタ
カンタ
ボクのために…
「はっ…!ぐぁっ!ゔっぁ…ぁ…」
腕が終わってゆく。
それでもいい。
今しかない。
「生きてる意味が…無いなんて…悲しい事言うなよ…だったら!…俺の為に生きてくれ!」
キタキツネがハッとカンタの方を向く。
更にボロボロと涙が溢れる。
「俺の為に生きてくれ!『キタキツネ』!!」
ガッチリと茶色の手袋が岩肌を掴む。
あと一息。
足腰に全身の力を集めて、文字通り全力で引っ張り上げる。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ズルズルとキタキツネを引き揚げ、その反動でバッタリと後ろへと倒れた。
右腕の感覚がない。
この寒い雪の中で大汗をかいて、腕を折って、それでもひとりの少女を救った。そう思いたい。
彼女は泣いていた。
俺の足に抱きつきながら。
捲れ上がったブレザーとシャツから、掴まれてくっきりと痕が残った白い腕が見えている。
俺はゆっくりと起き上がり、キタキツネの方に向き直る。
「…大丈夫か?」
彼女はズビズビと鼻水をすすり、頷く。
「ボグは…ズズッ…ゔっ…ぎだぎっ…うっうっ…」
彼女の頬を左手でさすり、優しく寄せる。
鼻水を垂らして、顔をぐしゃぐしゃにして泣いてしまって…
「ボグはキタキっ…キタ…ツネが…ぎらいだよ…」
ヒクヒクとしゃくり上げながら彼女が声を振り絞る。
「…分かってるよ。キタキツネはだいぶ前に逝ってしまった」
「ボグは…ボクもぎらいで…ううっ…ゔ」
俺は彼女の肩を強く掴んだ。
「だからって簡単に…死ぬなよな…それこそ…俺…耐えられないよ…」
どうしてだろう。
慰めようと話しかけているはずなのに、何故かこちらまで泣けてしまう。
キタキツネの頭を撫でて落ち着かせようとする。
「ボ、ボク…おお思い出したの…キタキツネの記憶を…それで…知っちゃったから…でも…ボク…ボクはキタキツネじゃなくて…」
額を合わせる。
「それでいいよ。それでいいよ。キミはキミでいいんだよ。だから…」
だから…
「俺の家族になってほしい…俺が人でいれるのも、あわよくば飼育員でいられるのも、キミに支えていて欲しいんだ」
彼女がハッとしたような顔をする。
次の瞬間、顔を赤らめた。
アレ?俺なんか変なこと言ったっけ…
俺の家族に…
「ぁぁぁぁああああ違うよ???違うからね??ごめんごめんまじでそう言う意味じゃなくて何というかずっとこれからもみんなと繋がっていたいっていいますか何というか…」
彼女にバカ笑われた。
いいさ、これで。
雪が降ってきた。
しばらくこの寒さの中で、二人で震えていたい。
今日もキタキツネは死んだ。
明日へと歩き出さなきゃいけない。
ドアの弁償もしなくちゃいけない。
夜遅いけど、明日も仕事に行かなくちゃいけない。
というか、この腕を見てもらう為に病院に行かなきゃいけない。
でも…
まだこの時間を掴んだまま離したくない。
知ったフリをしていたい。
アナタが人の形に生まれた理由を、知ったフリを。
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