第十章 ギンギツネ



「あ、あのね、カンタ…」


「ん?何?」


「実はね…」


キタキツネはカンタに打ち明け始めた。

昨日、カンタに言ったような事をギンギツネにも言ったこと。

それで酷く責めてしまった事。


「ボク…なんでだろう、そんなつもりなんて無かったのに…ついガッとなっちゃって…」


「それでゲーム台が壊れてたのか…まぁいいや、それよりギンギツネが心配だな」


「うん、探して謝りたいんだ…」


廊下に出て、ギンギツネの名前を叫んでみる。

何も返答はない。まぁそりゃそうか、ギンギツネに完全に嫌われてるし。


ギンギツネの部屋を当たってみる。


「ギンギツネー?入るぞ…」


そっとフスマを開けてみるが誰もいない。

付けっぱなしのテレビも、途中で口にするのを止めたお茶もそのまま。


「外出中か…?」


「あら?カンタさん?」


振り返ってみると、そこには顔見知りの従業員の方がいた。


「なんだぁカンタさんかぁ、私ビックリしましたよ、ギンギツネさんは外出中なので、誰か泥棒が入ったのかと思っちゃって」


心外だなぁ。


「外出中?どこに行ったか分かりますか?」


「さぁ…朝早くからどこかに出て行っちゃいましたけど…何も言わずに。しばらく戻られてませんね、何かあったんですかね…」


「そうですか…」


「変ですよねぇ…もしかして、お湯の出が悪くなったから湯の花をとりに行ったんでしょうか…」


湯の花…


「分かりました、ありがとうございます」


「いえいえー、ゆっくりしていってくださいよ」


そこにいるような気がしてきた。




斜面が少し緩やかになってきた所にそれはある。

サンドスター火山の地熱を利用した発電機、そして給湯システム。

この温泉に美肌効果、リウマチなど病気への効果、科学的根拠はないがサンドスターによる寿命の伸びまで様々な恩恵をもたらしている。


「やっぱりここにいた…」


俺一人で下ってきた所だった。

新しくなった給湯器の前で、ギンギツネが体育座りをしている。


「さ、帰ろう?キタキツネが呼んでるんだ」


ギンギツネは依然として、真っ直ぐ上を見つめながら動かない。無視をしている。


「…なぁ、無視してくれて構わないんだけどさぁ、キタキツネが謝りたいって言ってるんだ、何があったかしらないけど」


「じゃあ首突っ込まないでよ」


ツーンとはねっかえかれた。

だが返してもらえたという事はまだ望みがある。


「ここにいてもつまんないだろ、ホラ、風邪引くから立てよ」


肩を叩くが、ギンギツネは動こうとしない。


「私、雪崩が起きるの待ってるの」


「はあ?」


ギンギツネは淡々と続ける。


「あの時、私が行って死ねばよかったのに」


「何言ってんだよ!ホラ、帰ろう?」


グッと腕を引っ張るが、さすがにアニマルガールの力でびくともしない。


「んっ!ふぐぐぐぐぐぐぐんぬぬぬぬ…!!」


無理だ。

というかこれまで一度もアニマルガールに腕相撲で勝った事も無かった。


ボケーっとまだ斜面を眺めてる。

これはあれだ。

同情する作戦で行こう。


俺はドッカリとギンギツネの横に座った。


「冷たっ!よくこんな所にスカートで座れたな…」


またもや無視。


「…なぁ、こんな事しててもどうにもならないんじゃないか?」


「ウザいわ、消えて」


ギンギツネか嫌悪感を露わにする。

耳が垂れる。


「…俺さ、一度死のうとしたんだ」


無反応のように見えたが、ギンギツネの耳が再び張った。


「でも止められて、考えたんだ。キタキツネは死んだから戻らない、ってどうやって自分に言い聞かせるかって」


俺も一緒にその時を待っている。


「でも結局無理でさ、これからもずーっと引きずってくんだよ、俺が生きてく限り、キタキツネが目の前で俺のせいで死んだ悲しみとか」


「…何が言いたいのよ」


「…ギンギツネ、死ぬなんて事簡単に言うなよ。ギンギツネがここで本当に死ぬって言うんだったら俺もここで死ぬのを待つよ。だってこれ以上はもう」


その後の言葉は出てこなかった。

心のずーっと奥の方にその言葉がある気がした。

その言葉は、取り出すにはあまりに脆くて弱々しい気がした。


「お前が死んでも悲しみにしかならないんだよ。俺らの知ってるキタキツネはもういないんだよ。だからもう帰ろう?引きずって帰ればいいよ、悲しみも辛さも怖さも」


「…キタキツネは…いないのよね…」


「そうだよ。だからこそギンギツネ、お前があの子を育てなきゃいけないんだよ…いや、お前じゃなきゃあの子を幸せにできないだろ?」


ギンギツネは深くため息をついて、顔を埋めた後、小さな声で言った。


「…ドアの弁償…してもらうから…」


ギンギツネはスックと立ち上がり、温泉の方へとかけていった。

雪に水滴が落ちて、溶けた水玉の模様がポツポツとついていった。


俺は施設の前にまだ体育座りをしたままで、雪崩が来るのを待っていた。

いや、迎えにいきたいくらいだった。

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