第八章 ボクはキタキツネ
「食った食ったー…」
「アカギツネ…人前であんまりそんな言葉使っちゃダメよ」
遊園地内のレストランはやはり高い。
四人で六千円…しかも全額おごりとは…
おそらく今月はジュースとおやつ抜きだろう。
既に日が暮れてしまっていて、最後のパレードも見終わったので、ホテルに戻る観光客の波に揉まれる。
ウェーブが過ぎ去ると、モノレールの振動が残るホームにポツンと俺たちが取り残された。
向こうにはスマホを弄る客やベタベタしている化粧ベットリのカップルしかいない。
「また来ようね」
キタキツネが、モノレールの線路を見ながら言う。
誰といってそれに応えることも無かったが、きっとみんな同じことを考えていたんじゃないだろうか、いやそうであって欲しいと思った。
反対側のレーンに、職員宿舎へ向かう本が来る。
「あ、俺これで帰るね。三人で大丈夫だろう?」
「ええ、大丈夫ですよ!」
「カンタ、また行こうね」
「…うん」
扉が開き、ノンステップの車内へと入る。
キタキツネがアカギツネと手を振っていたので振り返した。
ギンギツネはこちらを黙って見つめたまま、ホームに突っ立っていた。
やがてゆったりとモノレールは動き出し、丸い窓から小さくなったキツネたちがフェードアウトしていった。
深い夜だった。
みんな寝て、雪も寝て、静かだった。
ボクは目が覚めて、しかも目がキンキンに冴えてしまったので仕方なく布団を抜ける。
よくみると、ギンギツネも布団から抜け出しているようだった。
アカギツネを一人だけ残しておくのは何か気遅れがしたが、それでも布団でただゴロッと横になるよりかは良いように思った。
部屋を出た廊下の窓からは、月明かりが反射して恐ろしいまでに映えている雪が白い。
下の階に降りてみる。若干の磁場を感じた。
ホールの端にある、まだ立ち入ったことのない廊下がピコピコと音を鳴らしながらカラフルに光っている。
興味が暗闇の怖さに勝り、そっと覗いてみる。
「…ギンギツネ?」
「きゃっ!…キタキツネじゃない…起きちゃった?」
ギンギツネは光る台の前に腰掛けて、何をするでもなく佇んでいた。
「何…これ?」
「あっ、あああ何でもないのよ」
ギンギツネはそう言ってコンセントからプラグを引き抜こうとしたのでやめさせた。
「暗くなるから、このままでいいよ」
点滅する台はいかにも陽気な音を立てながら、中でおじさんとマッチョを戦わせていた。
「不思議だね…何か懐かしいや」
ギンギツネはどう反応するでもなく、「そうね」と答える。
聞きたい気持ちを抑えられない。
今じゃないとダメだなって直感で思う。
「…ねぇギンギツネ?」
「ん?」
「ギンギツネは優しいね」
「…そうかしら」
ギンギツネの耳が垂れる。
自分を見るとき伏し目がちになるいつものギンギツネ。
「それは…ボクがキタキツネだからなの?」
ハッとギンギツネが目を向ける。
「…なんで…そんな事を言うの?」
信じられないという風にギンギツネがこちらをみている。
焦点は合っていない。
「ごめん…ボクが言いたいのは…あああ…言葉が出てこないんだけど…」
耳が熱くなる。
聞くのは怖い。
知らないのは怖い。
「ボクが…前のキタキツネとおんなじ姿だから…こんなに優しくしてくれるの?って」
「…あの男に何か吹き込まれたのね…そんなことあるわけないに決まってるじゃない」
「…違うよ…ボクは知ってるよ…だから本当のことを知りたいだけなんだよ」
ギンギツネが胸の辺りを抑えている。
ネクタイがキュッと歪む。
「私は…私は…前のキタキツネも…今のアナタも好きなのよ…わかるでしょう?」
何故か意地悪な言葉が胸の中に溢れる。
鼓動が跳ね上がる。
「本当に?」
キタキツネは光るゲーム台のディスプレイを撫でる。
手袋を外した冷たい指にホコリがつく。
「みんなが好きなのはキタキツネでしょ?」
パクパクとギンギツネが口を動かすが声は出ない。
「ボクね…カンタにも同じこと言ったの…カンタとギンギツネの関係ってなんなの?」
「…赤の他人よ…」
「うそ」
ギュッと手を握る。
みんな本当のことを言ってくれない。
みんな嘘ついてる。
みんなみんなみんなみんなみんな嘘つき。
キタキツネの目がギラっと脅すように光る。
「わ…私…」
「答えてよ…本当のこと言ってよ!!」
バンとディスプレイを叩く。
液晶が割れて火花が散り、陽気な音楽は止む。
ギンギツネが震えているのがわかる。
「カンタと…私は…一緒に家族だった…キタキツネ…前のキタキツネともね…?」
部屋が暗い。
「…キタキツネって…何」
「え?」
「キタキツネって何?ボクとキタキツネは別だよ…ボクはキタキツネじゃない」
ギンギツネに詰め寄る。
「ボクは…ボクは…キタキツネなんかじゃない」
パチンと火花がまた散った。
ギンギツネが酷く怯えているのが夜目でわかる。
あれ?
なんでそんなにこっちみて怖がるの?
あぁ…
ボクの顔が怖いからだ…
キタキツネは静かに廊下を戻っていく。
ギンギツネは壊れた台の上に蹲り、すすり泣きを始めた。
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