第七章 観覧車
「何であんたがまたここに居るのよ!!」
「ボクが呼んだの」
「お、お邪魔してます」
ギンギツネが目を尖らせて言う。
アカギツネがキタキツネにホットケーキの生地をかき混ぜさせている最中だった。
「お邪魔どころじゃないわ、邪魔よ邪魔!…あぁ…だから合わせたくなかったのに…」
ギンギツネが頭を抱える。
「まぁ、いいじゃないですか、キタキツネさんに友達ができてる訳ですし」
ムスッとした表情で俺の向かい側にギンギツネが座る。
恐ろしや。
「カンタ、もういい?」
「うーん、もうちょっとかなぁ」
「えぇー?もう腕つかれたよぉ…」
生地は十分にかき混ぜなければ空気が入らず、ふっくらしたホットケーキには仕上がらない。
「私が代わるわ」
ギンギツネがボウルを受け取ると、キタキツネとは段違いの慣れた手つきでかき混ぜ始め、あっという間にダマを無くした。
半分叩きつけるように俺の手の上にボウルを置く。
「痛っ!」
「あら、ごめんなさい」
コイツ…
ホットプレートは十二分に熱されている。
生地をオタマでとって、ゆっくりと上から垂らす。
「うわぁ…!すごい!」
広がったパステルベージュの生地に気泡が出来ていく。
「キタキツネ、火傷するからあんまり近づいちゃダメよ」
キタキツネは興味深そうに固まりゆくホットケーキを見つめていた。
「カンタさん、ブルーベリー・ジャムはありますよね?」
「もちろん、皆んなが好きなヤツを…」
袋の中には前のキタキツネが好きだったメープルシロップも入っていた。
香ばしい匂いが微かに漂ってくる。
「キタキツネ、ちょっと退いてて…よっ!」
フライ返しでスルッとホットケーキを裏返す。
キタキツネから感嘆の声が漏れる。
焼かれた面は程よいキツネ色になっている。
裏は少し焼くだけでいい。
箸を真ん中に刺して、生焼けでないことを確認した後に皿に乗せる。
「はい、お待たせ!何をかける?」
「ボクこれにする。いい匂い」
キタキツネはメープルシロップの瓶を開けようとしている。
第二波の生地がプレートに落とされる。
まだ湯気が上がるキタキツネのホットケーキにフォークが切り込んだ——
「いただきまーす」
ぎこちなくフォークを握って口に運ぶ。
何故かビックリした。
とても懐かしい味がする。
何百回と食べてきたかのように。
訳わかんない涙が出てくる。
「ちょっとキタキツネ?!大丈夫?!」
「ん…だいじょうぶ…ンッ…」
「ホラ、カンタがこんなモノ食べさせるから!」
ブンブンと首を横に振る。
「…おいしい…すごくおいしい。何でだろう…何かすごく変な気分なんだ…でも嫌じゃない」
カンタが心配そうにこちらを見ている。
更にホットケーキを切り分けて食べる。
これならいくらでも食べられる。
口いっぱいに頬張る度に何故か涙が出てくる。
止まらない。
キタキツネは涙を流しながら微笑んで見せた。
「今日はありがとうございます、ワザワザこっちまで重いプレートも運んでもらって…」
「いやいや、大丈夫だよ」
「ねぇカンタ、明日も空いてる?」
「うーんここ1週間は休みだけど」
ギンギツネは皿を洗いながら、後ろ背に会話を聞いていた。
「もっとしっかり生きとけば良かった…」
ギンギツネがボソリと語ちた言葉は水道の水にかき消されていった。
それから2週間くらいだろうか、俺が温泉にホットプレートと生地を担いで往復させられたのは。
今のキタキツネとはすっかり仲良くなった。
ホットケーキを焼くと泣いて喜んでくれる?のだが、依然としてギンギツネとはとてつもなく気まずい雰囲気だった。
それをキタキツネが察してしまった。
「ねぇ、今度四人でゆうえんちって所に行ってみたいな」
しまった。
よりによってマセガキアカギツネもいるタイミングだったので、「あらいいわねー!」は完全に不可避であった。
で、今こうして正に遊園地に連れてこられている訳である。
「カンタ、あれ何?」
「あー…わたあめだね、砂糖の塊だよ」
「…ほしい」
俺はわたあめアンチだ。
小さい頃アレにいくら毟り取られたことか。
しかしキタキツネが言うのならば仕方がない、渋々と高いわたあめを買う。
売り子は綺麗にオレンジ色のわたあめに二本のツノをつけてくれた。
「キタキツネちゃんを作ったよ!」
「ありがとうお姉さん!」
キタキツネがキタキツネの右耳を食べ始めた。
「ねぇカンタ、ギンギツネとアカギツネは?」
「あぁ、2人ともまだジェットコースターの酔いが抜けてないみたいだね…」
アカギツネとギンギツネが向かいのテラスのテーブルに突っ伏したまま、力なく手を振った。
「どこか行きたい所はある?」
「うーん…アレは?」
キタキツネが指差したのはリア充共が二人きりになりラブラブする事を目的に作られた非リア殺しの地獄車(観覧車)
「次のゴンドラにお乗り下さい…」
ゆっくりと降りてきたゴンドラから手を繋いだカップルがイチャイチャしながら出てきた。
対してコッチは目の下にクマをつけた飼育員とわたあめに夢中なフレンズときた。
てかおまいらカップルでジャパリパークに何しにきてんだよしばきたお見苦しい所をお見せしました。
キタキツネがゴンドラに飛び乗り、それに自分も続く。
ゆっくりと地上から浮いていく。
「キタキツネもこういうマッタリしたアトラクションが好きなんだね」
「うーん…好きってわけじゃないんだけどね…」
「?」
キタキツネがわたあめの顔の部分を一気に口に入れて飲み込んだ。
「…あのね…教えて欲しいの、前のキタキツネのことなんだけど」
脳裏に蘇る。
笑顔、笑顔、笑顔、消えゆく手袋。
「そ…それは別に知らなくてもいいよ…」
「よくないよ!…ボク聞いたよ…カンタって前のキタキツネのしいくいんだったんでしょ?」
「ど、どこでそれを…」
「…アカギツネから聞いたよ…」
観覧車が回りの建物の高さを大きく越して、十時の位置に来る。
キタキツネは次の言葉を選んでいるようだった。
質問を選んでいたのかもしれない。
「…何で…みんなボクに優しくしてくれるのか少しずつ分かってきた気がする…」
キタキツネが下を向く。
「違う!それは違うよ!そんなんじゃない!」
「ウソつかないでよ…すぐ分かるんだから」
俺は少し前に言った。『…俺が一度奪った彼女の未来を俺が取り返してやらなきゃいけないんだ…』と。
あぁ、図星かもしれない。
「ねぇ、教えて…?」
キタキツネが悲しそうな目でこちらを見る。
ゴンドラは気づけば頂上を過ぎ、もうすぐ半分の高さだった。
「みんなが好きなのはボクなの…?それともキタキツネなの…?」
俺は一言も何も言えなかった。
そのままゴンドラは乗り場へと戻った。
キタキツネと向き合ったまま、俺は目を逸らせない。
「お客さん…そろそろ降りないと二週目に…あぁあ…」
再びゴンドラが浮上を始めた。
「俺は…俺には分からない…」
「みんなが好きなのはキタキツネなんだね?」
「違う!そうじゃないんだ…」
「ならボクは誰?ボクは違うよ、ボクはキタキツネなんかじゃないもん!」
キタキツネが目から滴を垂らした。
それを見て俺の目からも涙が出てしまう。
俺はただ首を横に振った。
ゴンドラが頂上へと上がる。
「…ごめんね…変な話を始めちゃって…」
俺は涙を見せないように拭いてキタキツネに向き直る。
キタキツネは俺の赤くなった目を見て、外の景色へと目を逸らす。
夕日が沈み始めており、拭われていない水滴がキタキツネの頬でオレンジに光る。
「見て…カンタ、きれい…」
キタキツネに促されるままに外を見る。
海が夕日を反射して、波の一つ一つが感情を激しく踊りで表す。
ゴンドラは下がり始める。
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