大盾使いの少女はケルベロスに圧勝する

  突然現れたケルベロスに、会場内は大パニックになる。観客の何人かが逃げようと我先に動き始める。そんな場の混乱を収める為、審判を務めている王太子アルフレッドが声をあげる。


『皆!落ち着いてくれ!このコロシアムには観客席に被害が出ないように最高級の結界の魔道具が使用されている!』


コロシアムでの戦いは激闘が多く、中には観客席にまで飛び火する技などもある為、コロシアムでは、観客席を守る為の結界の魔道具の設置が義務付けされている。元々スタンピード対策で作られた結界の魔道具なので、Sランク指定の魔物の攻撃も、ある程度なら防げるとされてる。まぁ、実際のところは、Sランク指定の魔物による攻撃を受けてないので分からないのだが……

だが、王太子アルフレッドの言葉で、その事実を思い出し安心した観客達が自分の席に座る。観客達が落ち着いたのを確認した王太子アルフレッドが、ガブリィを睨むように見る。


『ガブリィ。君は「テイマー」ではないと聞いているが、この魔物は一体どういう事か?』


「ご安心ください。王太子殿下。確かに俺は「テイマー」ではありませんが、こいつをコントロールする術を持っていますので」


ガブリィはニヤリと笑ってそう言った。普段のガブリィなら王太子であるアルフレッドにこんな風に喋れないのだが、ケルベロスを従えているという自信が、彼の傲慢な心を大きくさせていた。



「チッ!あのバカ……闇ギルドと取り引きしやがったな……!」


観客席にいたマウローが舌打ち混じりにそう言ったのを聞き、嫌々ながらも同じSランクという事で隣の席に座っていたシャーリィーが驚愕の表情を浮かべる。


「闇ギルドって!?あの闇ギルドかい!?闇ギルドなんて随分と昔に壊滅しただろう……」


闇ギルドとは、五大英雄の冒険者が魔王を撃退する前に、世界で暗躍していたその名の通り闇の裏ギルドである。


  ギルドディアを中心に、北・東・南・西の方角にそれぞれギルドディアと並ぶ大国が存在していた。

ギルドディアの北、極寒の帝国ブリュンヒルデ帝国

ギルドディアの東、独自の文化を持つ東方国

ギルドディアの南、常夏の王国サジタリア王国

ギルドディアの西、女神アルテミスが降臨されたといわれ、アルテミス教の総本山である西方アルテミス教王国


  その昔、西方アルテミス教王国以外の4国は常に争いが絶えず、その4国間で戦争が勃発していた。そして、その4国の戦争を陰で煽っていたのが闇ギルドである。

  闇ギルドは、4国に自分達が開発した強力な武器を融通し、戦争を激化させる事で自分達の利益を上げ、彼らは実質裏でこの世界を支配していた。

  しかし、彼らの思惑はそう長くは続かなかった。突如、魔王という存在が魔族と魔物達を率いて、人間達の世界を支配しようとやって来たのである。それを見事に阻止したのが5人の若き冒険者の五大英雄である。

  五大英雄の活躍は、魔王を討伐したというだけでなく、人が手を取り合っていく大切さを教えてくれた。これにより、西方アルテミス教王国が中心となり、五ヶ国間による五大和平条約が締結された。以来、闇ギルドも自然消滅したと言われている。



「だが、闇ギルドは消滅しちゃいなかった。なかなか尻尾を掴ませないが、闇ギルドが非合法な武器を販売したり、あのバカのような奴や貴族に魔物を売ったりしてやがるらしい」


マウローは忌々しそうに舌打ちしながらそう言った。実は、マウローはギルドディア国王から密命で独自に密かに暗躍しているとされる闇ギルドの調査を依頼されていたのである。それを知っているシャーリィーの別隣の席に座るエルーシャは困った表情を浮かべる。


「やれやれ……ガブリィ君はそうとは知らずに闇ギルドから魔物を買ってしまった訳だ……魔物を購入するのを禁ずる法律がないから、罪に問えないのが痛いところだねぇ〜」


魔物に関しては、法律で色々定めるのが難しいところがある。魔物と言っても千差万別で、人間達と共存して暮らす魔物もいるぐらいだ。魔物を厳しく取り締まる法律が出来たら、その魔物達すら排除しなくてはいけないのでそこが厳しいところだ。それになにより、冒険者で「テイマー」の職が大盾使いよりも不遇に扱われてしまう可能性も高い。


「けど……どうだろうねぇ〜……あのバカがケルベロスをコントロール出来るとは思えないし……厄介な事が起きそうだよ……」


シャーリィーの溜息混じりの言葉に、マウローもエルーシャもそんな予感がして溜息をついた。



  そんな事を予想されてるとは知らず、ガブリィは右腕を上げてケルベロスに命令を出す。


「さぁ!ケルベロス!ティファをやっつけちまえ!!」


  しかし、そのケルベロスはガブリィの命令を無視。ケルベロスが目につけたのは…………王太子アルフレッドだった。


「ちょっ!?おい!?待て!?ケルベロス!?そっちじゃない!?ケルベロス!?あっちだ!?」


ケルベロスが王太子を狙っていると分かり、ガブリィは焦って指示をするも、全く言う事を聞かず、ケルベロスは完全に狙いを王太子アルフレッドに絞っていた。

  ケルベロスは「地獄の番犬」と呼ばれるだけあって、どの魂を喰らえば人を恐怖と絶望に堕とせるか分かっていた。本当は観客席にいる多くの魂を喰らいたいところであるが、狼らしくその嗅覚で面倒な結界があるのは分かっていたので、まずは王太子アルフレッドを喰らい、人々を恐怖と絶望に陥れようと、ケルベロスは王太子アルフレッドに牙を向けた。


「ッ!?『挑発』!!」


王太子アルフレッドが狙われていると分かったティファは、すぐに『挑発』のスキルを発動。ケルベロスは王太子アルフレッドから、ティファへと牙を向ける対象を変える。そして、ケルベロスの3つの頭はティファに同時に噛みつく。ティファは『挑発』を使わねばという頭でいっぱいで、大盾で防御する行動に移せず、そのままケルベロスの牙を受けてしまう。


「ティファ!!?」


観客席のリッカが悲痛な叫び声があがる。誰もが、ティファがケルベロスにやられてしまったとそう思った。が、


『キャァンッ!?キャァンッ!?キャァンッ!?』


ケルベロスはティファから口を離し、犬のような悲鳴を上げている。会場全体がその異様な光景にポカンとしている。だが、それ以上に驚くのは、ケルベロスに防御も間に合わず噛みつかれたティファが、ポカンとした表情で立っているのだ。しかも、全くの無傷である。

  そんなティファとケルベロスの様子に観客席がザワつく。が、ふと1人の冒険者がケルベロスの口を見てある事に気づく。


「なぁ、あのケルベロス……牙が欠けてないか?」


「はぁ?マジか!?…………マジだよ……」


その冒険者の言葉で、隣の冒険者が双眼鏡で確認したら、本当にその冒険者の言う通り、ケルベロスの三頭の牙はどれも欠けていた。それが観客全体に伝わったのか、視力が高い冒険者以外の観客は、皆双眼鏡を見てケルベロスの牙を確認する。そして、本当にケルベロスの牙が欠けている事に観客達が先程よりもザワつき始める。


「なぁ……もしかしなくてもこれって……」


「恐らく間違いない。ケルベロスの牙はティファちゃんの防御力の高さに、牙を通せなかったどころか、その防御が高く固いせいで牙が折れたんだ……」


「ケルベロスの牙ってアンデット系の魔物すら地獄の苦痛を味あわせる事から、「地獄の番犬」って呼ばれてるのに、その牙を折る程の防御力って……ティファちゃんの防御力どんだけだ……」


観客席にいるティファの防御力をよく知る冒険者は、ティファの防御力を初めて目の当たりにして若干引いていた。ティファの防御力を噂でしか知らない平民や貴族達は、ティファの防御力の高さを目の当たりにしてポカンと口を開けて固まっている。


  が、ケルベロスもこのまま黙ってるはずがなく、自慢の牙がダメならばと、ティファに向かって突進して吹っ飛ばそうとする。が、ティファもしばしポカンとしたが、すぐに気を引き締めて、冷静に大盾を構えてケルベロスの突進を受け止め


「『プロリフレ』!!」


ティファが唯一安全に使えるスキル『プロリフレ』を発動。ケルベロスの攻撃力の値と、ティファの∞×64倍の防御力数値の差分の反射攻撃の波動がケルベロスを包む。


  そして、その波動が消えた後、ケルベロスがいた場所にはケルベロスの魔石と謎の首輪が転がっていた。

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