誕生パーティーの始まり



ビビビビと高い音を出して、難しい関数のグラフが画面から見切れる。

SSと書かれた単位が、=if(countif(A:A,"∞")>0,"∞",MAX(A:A))

と意味のわからない数式を出す。


「やはり文字通り、次元が違いますな」 


「へぇ…俺の作ったソフトでも計算しきれないような力かよ…たまげたぜ」


小太りがくんさきいかを齧りながら言う。


「猪俣拓海ねぇ…」




「ぶぇっくし!」


バスの中で特大のくしゃみをかます。

誰かに噂でもされたのだろうか。


というか今ものすごく真剣に悩んでいた。

どこかいい場所は無いものか、できれば二人っきりでデートっぽくならない場所がいい←チキン


水族館…ダメ、公園…子供っぽすぎ?、ライブ…張本人じゃないか、温泉…それは絶対にヤバい。

などなど頭の中で浮かんでは消えていく候補地を選んでいるうちにバスは無情にも水辺に停まった。


「ん?もしかして遅刻したパターン?!」


水辺の停留所からライブ会場に向かって物凄い列が出来ており、沢山の人が集まっている。

葡萄色のリストバンドやタオルを見ればわかる。


信者だ…


『フルルLOVE!』『フルル命』『HURURU』とプリントされたタオルを全員肩にかけている。

完全に忘れていた。

僕が遊びに連れてこうとしてる相手は国民的…世界的アイドルだった。


「時間は…まだだよな…てかライブは二時間後からのスタートじゃなかったのか?」

↑狂信者の底力をまだ知らない男


これはワンチャンどころか高い確率でライブ前に会えなくなりそうなので、ステージ裏の楽屋までひた走る。

雪山エリアしか回らないものだと思っていたので、バッグの中に無理やり押し込めたジャンパーがめちゃめちゃ重い。


少し高いプレハブのような建物の軋む床を走る。

向こうのドアに『フルル』の文字がやっとみえてくる。


「間に合ったか?!」


コンコンコンとノックをする。

返答がない。


「フルルちゃーん?もう出ちゃったかな…」


立ち去ろうとしたその時、勢いよくドアノブが回り、気づいた時には4センチ前にドアがある。

フレンズとは二度とドア越しで立たないようにしよう。


「おはようタクミ〜、寝っ転がってまだ眠いの?」


「へんへんおきてまふ」


フレンズは皆ものすごい力持ちだ…

鼻血出てなくて良かった。


イテテテと額と鼻を撫でながら立ち上がる。

楽屋の中には沢山の花が置いてあって、知っている芸能人や歌手からもサインが送られていてギョッとする。


「えへへ…どうかな…?」


テーマカラーのフリルがついたドレス。

使い捨てで安っぽいはずのスパンコールが、彼女の他愛の無い笑顔と、大袈裟な仕草で星のように煌めいている。


「…かわいい」


「あれ?セクハラかなぁ〜?」


「ちちち違いますごめんなさい!」


ふと心の声が漏れてしまった。

にやにやと冗談めかした口調でフルルちゃんが言い、僕の反応を見てクスクスと笑う。

子供のようなあどけなさが抜けない目元からは20代の雰囲気など微塵も感じられない。

姿や性格、等身大の彼女が変わらずにそこにいた。


「ライブまで時間あるから、中入ってよ〜」




「いい感じだな!」


コッソリと廊下の端っこでPPPの四人が二人のことを見ていた。


「運命的な出会いをした年下の男の子と恋に落ちる…ぁぁあああ♡!!エモすぎませんかぁ!」


頬に手を当てて締まりのない顔でジェンツーペンギンのフレンズが悶絶する。

舌がハートになってるぞ大丈夫か。


「しーっ!静かに!バレたらどうする気よ!」


「そう言うプリンセスこそ声が大きいぞ、なぁ皆、邪魔しないであげたほうがいいんじゃないか?」


「いーえ私は断固として反対です」


プリンセスを諫めていたコウテイの後ろからマーゲイが碇ナントカみたいな感じでメガネを光らせて言う。


「マ、マーゲイ!いつからそこに?」


ゴホンとマーゲイは咳払いをして言う。


「良いですか?相手は去年一ヶ月間会ってただけの男ですよ?もしかしたらフルルさんの純粋な所に漬け込んで何かする気かもしれませんよ!」


「えー、考えすぎだろ、タクミはいい奴だぜ?」


「イワビーさんだって数回しか会ったことが無いじゃないですか…」


スチャっとスタイリッシュに眼鏡を外す。


「私はあの男の悪事を見抜いてフルルさんへの悪影響を断固激烈ハイパースーパーギガ強力阻止します」


そう言いながらも鼻から忠誠心を垂れ流すマーゲイを見て、『危ないのはお前だろ』と意識を通わせる四人であった。

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