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「それではラストの曲です!『純情フリッパー』」


ロイヤルペンギンが笑顔でマイクを掲げ、観客の熱狂はピークに達している。

PPPのみんなは汗だくで疲れているようなのに、輝きが体から溢れている。


フルルちゃんがスティックを器用に回してスタートのカウントを刻む。

ベース、エレキ、キーボードの手が回り出す。


そこには、オペラ歌手のようなとてつもない技量があるわけでもない。

でも、ひたすらに感情をぶつけるような、不器用な歌は何よりも心を打つ。

もう今は聞き慣れた彼女の歌声が優しく耳に入ってくる。

そこには気持ちを伝えようとする彼女の精一杯の頑張りと、楽しさだけがある。

手拍子は一層勢いを増していく。



「またお越しください!ありがとうございました!ありがとうございました!」


沢山のスタッフが挨拶しながらステージ、客席に入ってくる。


「ホラ、研修生、掃除だ掃除」


「アッハイ!えっとどこ…」


箒やらバケツやらを無愛想に押し付けられ、清掃員が少ない左側の客席へと移動する。

うぇ…汚い…飲み物が溢れてたり…

なんだこれタオル?ここまで黄ばむ物なのか…?



捨てられたガムやら鼻紙やらが詰め込まれたゴミ袋を抱えてゴミ捨て場へ。

これ僕の仕事じゃないような気がするんですけどもね。


「これでよし…と。あとはフルルちゃんの楽屋へ行って帰ればいいか」


マコさんもカズキもどっかに行ってしまった。

眠いな…と目を擦りながら遠くを見やる。


「あ、フルルちゃん…フルルちゃーん!」


彼女を見つけて僕が手を振ると彼女も笑顔で振り返す。


そこからちょっと、詳しいことは思い出せない。















僕は燃える火だった。

火になってゆらりゆらりと体を動かしていた。

聞こえる。

沢山の…声が…


「聞いて!今日ペパプのライブにさぁ「あそこ見に行った?おもしろいからはゃ「今日のお客さん変なやつでさー」


「タクミ?タクミ!?大丈夫?ねぇタクミ!」


トンネルのずっと奥から響いて来るようにくぐもった声。

聞き覚えがないでもない…




「返事してよぉ…タクミ…」


あぁそうだった。フルルちゃんの声だ。

うん?なんで僕寝っ転がってるんだ?

頬に草と土の匂いが付いているのを感じる。

そっと目を開けると、涙をいっぱいに浮かべたフルルちゃんがそこにいた。


「タクミ!よかった…起きた…」


フルルちゃんの頬に涙が伝う。

僕は驚いた。


「フル…っちゃんどうした?!泣いてる…」


バフっとフルルちゃんが飛び込んでくる。


「ぅん…」


アイドル衣装からまだ着替えていない。

スパンコールなのか涙なのか、ポロポロと落ちる。


「タクミ君、大丈夫?」


見上げるとそこにはマコさんと一樹もいた。

一樹は青ざめていて冷や汗をかいている。


「何があったんですか?僕…気絶してたのかな…」


マコさんが一樹と目を見合わせてから、困惑したような表情で言う。


「タクミ君にサンドスターがぶつかったんだけど…何も感じない…?」


「別に…僕は痛くも痒くもないんですけど…」


まてよ…サンドスターにぶつかったって事は…


バッと僕は自分の股間に手を伸ばす。

あるぅぅぅぅよかったぁぁぁぁぁぁぁぁ…


「足が痛いの?大丈夫?」


「いやぁ大丈夫ですよ大丈夫…」


僕は大丈夫なんだけど…


背中に回った手に力が入っている。

なんで、そんなに君が泣くのさ?

僕なんかの為に…抱きついて…


ズズズーっとフルルちゃんが僕の作業着で鼻をかむ。

なんだよその為に抱きついてただけか。

いや別に何の期待があったわけでもないけど。


「タクミ…マジで痛いとことか無いのか?無理すんなって…」


「大丈夫だよ、ありがとう」


フルルちゃんが僕の上から降りて、一樹が手を差し伸べたのでそれに捕まって立つ。


「病院は?」


「大丈夫ですよ、本当に問題ないですから」




部屋に戻ってから胸ポケットの中のスザク羽が少し熱いことに気づいた。

というかポケットの布に少し穴が空いている。


僕、あの時フレンズになってたら今頃どんな事になってたんだろう…

きっと実験とか観察とか云々で帰れなくなってたかもな。

何はともあれ良かった。

うん、まだムスコもあるし。


バチン「うわぁ!」


ビックリした。

いきなり羽から火花が飛び散ったからだ。

プリントとか燃えそうなものをすぐにどかす。

パチパチと線香花火のようになっている。


「カズキーっ!カズキ!」


「入ってまーす」


「トイレかよ!ちょっとやばいって!」


「どうした!?ついに女体化したか?!」


「死んどけ」


羽が光を放つ。

まさか爆発とかしないよな…

アフロヘアになる勇気は僕にはないぞ…


「…クミ…丈…な…」


「へ?」


「…ミ…しん…よ…いかな…で」


羽から声が聞こえたが、それは直ぐに消えてしまった。

あと一樹はトイレから出てきたすれ違いざまに腹パンの刑に処した。

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