そして君と魂をわかつ

もちお

第1話 未知なる出会い

 俺は風呂場の扉の前で、一つ大きく深呼吸をする。

 今から風呂に入る。そう、間違いなく入る……でも、もしかしたらすでに、『アイツ』が現れているかもしれない。

 

 え? 幽霊が出るのかって?

 

 バカ言うなよ、それだったらそっちのほうが百歩譲ってまだマシだ。


 じゃあ妖怪でも出るのかって? 


 なんだよその昨今のあやかしブームに乗った言い方。そんなん出ねーよ。妖怪はうちのばーちゃんだよ。

 じゃあ何が出るのかって聞かれれば、それはもう妖怪よりもタチが悪くて幽霊よりも恐ろしいもの、としか言いようがない。ちなみに奴は食欲も旺盛で、好きな食べ物はイチゴの乗ったパンケーキらしい。

 俺は扉の取手を握っている右手にぐっと力を込めると、敵地に一人乗り込む勇敢な兵士さながら、腰にタオルを巻きつけたまま勢いよく扉を開いた。そして、ゆげ立ちのぼる狭い空間に一歩足を踏み入れた、その瞬間――


『こーの……スケベ男ッ!!』


 まるで百獣の王でさえも驚くような咆哮ほうこうが突然頭の中に響き渡り、「す、すいませんッ!」と俺は一瞬にして踵を返す。そして風呂場を出ると、もののけか、はたまた怨霊でも封印するかのごとく急いで扉を閉めた。……やっぱり、今日もアイツの方が早かったようだ。

「クソっ」と舌打ち混じりに声を漏らすも、そんな悪態ついた態度とは裏腹に動揺する心を落ち着かせようと、俺はまたも大きく深呼吸をする。

 大丈夫だ……この中にさえ入らなければ、奴が俺の視界に現れることはない。スケベのレッテルを貼られることはない。なぜならアイツは……


『鏡』の向こうからは出てこれないのだからーー

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