光跡

呼続こよみ

プロローグ——星々のヴェネツィア——

 学校の授業がようやく終わった。人と人が直に顔を合わせ、交流し学びを得ることは、この時代だからこそ大事だという。

 中の上、若しくは上の下にランクされる名門お嬢さま校に通う西崎郁にしざきかおるは、全校の終礼を終え、クラス担任と最後の授業の担当教諭と補助教員の挨拶を終えると、学校を飛び出した。隠しておいたキッカー(自転車様の乗り物。超電導パネルの地面とマイスナー効果を利用して浮遊、前進キックする)を取り出して前進キックした……ところで声をかけられた。


 「かおる!」

 おっと。ブレーキを掛けて反転した。

 「なによ。」

 振り返ると、相手は高島たかしま野乃子ののこ、クラスメイトだ。「のののん」と呼ばれている。

 「今日忙しいんだけど。”舟”が来るの」

 「あっ!前言ってたお舟ね!?」

 「そ。で、なぁに?」

 「うーん……急いでいるならいいや!明日もよろしく!ごきげんよう!アミーゴ!」

 「ご・き・げ・ん・よう!」

 いつでもご機嫌な彼女に背を向けて、今度こそキッカーで滑り出した。


 かおるの家は、旧市街にある。地球の周回軌道上に最も早くできた街のひとつだ。


 人類が地球周回軌道に進出し、数世代を重ねた。手を伸ばしてようやく届くようになった「宇宙」——地球周回軌道で、当初は専ら《もっぱら》基礎研究や技術開発が行われた。やがて工業目的で宇宙開発が行われるようになると、「宇宙」に長期間滞在する人が増え、様々な産業が盛んになり、街ができた。そうして産まれたのが旧市街だ。このころには惑星探査や観光という新しい「宇宙」に手が届こうとしていて、その拠点にもなっていった。


 こうして出来た、「宇宙」という大海との渚にある旧市街を、いつしか、人々は水の都ヴェネツィアに擬え《なぞらえ》て、「宇宙のヴェネツィア」「星々のヴェネツィア」(Venice of Stars)と呼ぶようになっていった。


 人類の双腕が小惑星帯を、ガス惑星やその衛星を捉え、その先を窺う現在、旧市街にはかつてとは異なる時間が流れている——

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