ステータス異常:<女体化>

エノコモモ

第1話


ステータス異常:<毒><流血><骨折><麻痺>


「いってえ~~!」


ずらりと並んだ状態異常を前に、俺は今倒したばかりの化蜘蛛の横に座り込む。もう一歩も動けない。


「ただの人間の癖に無茶するからですよ」


ダンジョン内には、平然とした声が響く。満身創痍の俺に容赦ない一言を浴びせながら、目の前の男は杖から光を発する。


ステータス異常:<毒><流血>…


柔らかな光に当てられて、俺の状態異常がだんだんと減って行く。


「ただの人間だから無茶するんだろ…」


目の前の長い耳を見ながら、俺は恨みがましくそう言う。すらっと高い背にこんな薄暗いダンジョン内でも煌めく金糸。こいつは所謂エルフ。ちょっと特別な種族の奴からしたら、この苦労は分からないんだろう。


俺の種族は人間である。変わったことと言えば、自分と他人のステータスが文字となって見えるぐらいだ。地味な能力だがそれなりに重宝する。この業界はいつだって死と隣り合わせ。自分が呪いの装備を着けていることを知らずに、いつの間にか不死者アンデッドになっていたなんて話も聞く。


「苦労しただけあって、今日は収穫多かったな!蜘蛛の巣窟ってけっこうレアなアイテム多いし」


上機嫌で戦利品を持ち、ダンジョンから脱出する。また続きから戻れるよう、転移魔方陣の準備もばっちりだ。完全攻略まであと少し。


「あ!」


けれそれより何よりも重要なことに、広場の時計を見て気が付いた。


「俺もう行かなきゃ!今日は女の子達と約束があって…」


本日は飲み会が予定されている。男女比3対3。お互い初対面同士。れっきとした合コンである。慌てて相棒を振り返る。


「トビアス、悪いけどこれ、一度家に持って帰ってくれないか?換金は明日俺がするから」


ダンジョンの近くにも換金所はあるのだが、街の換金屋の方が正確だし高く買い取ってくれる。だが今は時間がない。そちらに寄っていれば、遅刻してしまう。けれどトビアスと言えば、常にある眉間の皺を更に深まらせて、こちらを見た。


「そんなの遅れて行けばいいでしょう」

「馬鹿!今日の飲み会で、俺の運命の人が現れるかもしれないだろ!」


今日出会った女の子と結婚する可能性だってゼロじゃない。遅れて行って、万が一の可能性を逃したらどうする。しかし俺の熱意とは裏腹に、トビアスは冷たく言い放った。


「いまだにそんなこと言ってるんですか。結婚なんて馬鹿の所業ですよ」


そう言って、わざとらしくため息を吐く。


「特定の1人との付き合いなど人生を縛られるだけ。何が良いのか分かりませんね」

「へっ。お前には一生分かんねぇよ」


ぴしゃりと放って後にする。相方に片付けを押し付けて、俺はまだ見ぬ出会いに期待で胸を膨らませて向かった。






「合コンなんてクソ食らえぇえ」


そしてそれから数時間後。ステータス異常の欄に<泥酔>と<千鳥足>を載せながら、俺は夜の街を歩いていた。


「俺の人生、絶対ステータス異常が掛かってる…!」


泉堂せんどう伊誓いちか。現代日本に暮らすごく普通の学生だった人生が一転、2回目の異世界転移したのがほんの2年前。


頼るところも身寄りもない中、冒険者として生計を立て、真面目に努力してきた。その理由はダンジョンをクリアしたいからでも魔王を倒すでもない。結婚である。


「良いだろ別に異世界行って結婚を目的にしたって…」


だがしかしどうして、異世界での婚活は困難を極めた。他に選択肢も無かったので戦士を選んでしまったが、こっちの世界でモテるのはもっとスマートで汗臭くない職業だった。いくら出会いの場を設けようが、俺は結婚どころか一向に彼女ができる気配もない。


俺のステータス異常には<童顔><モテない><低身長>がくっ付いているに違いない。


「うぅ…つらい…」


俺の人生を懸けた合コンは、今日も今日とて大玉砕に終わってしまった。


「まさかあんなにふわふわがモテるだなんて…男側に獣人が居る飲み会には二度と行かない…」


文句を垂れ流しながら石畳の上をふらふらと歩く。そんな俺の視線の先。ふとおしゃれな店の前に、見知った人影を見た。


「あ。トビアス…」


声を掛けようとして止まる。彼の隣で、彼の腕に手をかけて身を寄せている女性がいる。


トビアスの職業は魔術師。まさにスマートで汗臭くない職業で、本人がべらぼうに美形な上に希少な種族だ。家柄もなにやら立派。そんなこんなで女性に困らないあいつは、いつだってとんでもない美人を連れている。しかも毎回巨乳だった。


『結婚なんて馬鹿の所業ですよ』


トビアスの台詞が過る。合コンに惨敗した俺の心を占めたのは、嫉妬であった。


「死ぬほどムカつく…!」


なぜこんなに結婚したい俺には彼女のひとりもできなくて、あいつにはぽんぽんできるのか。どうせあの美人とも、責任取る気はないんだろう。一夜限りの関係か、それに近いものに違いないのだ。


その事実に辿り着いた瞬間、俺の中で何かが切れた。


「じゃ、邪魔してやる…!」


トビアスは件の彼女を連れて、どうせやらしいことをしに家に帰る。その際にぐでんぐでんに泥酔した成人男性が居れば気持ちも萎えるだろう。


更に裕福な奴の家は街から近い一等地。やたらに良い借家にひとりで住んでいる。合コンに惨敗したこの酔っぱらいが、行かない理由など無かった。


「鍵開けスキル磨いといて良かった~」


普通に考えれば犯罪なのだが、この時の俺は完全に酔っていた。トビアスの自宅に勝手に入り、うろうろと家捜しする。


「この家にはビールもねえのか!」


ふたりが帰ってくるまで暇なので、追加の酒を呷りたく俺は引き出しと言う引き出しを開けまくる。けれど洒落た奴の部屋からは、シャンパンやワインのボトルやらしか出てこない。


「こんなお上品な酒で酔えるかよぉ!」


大声で勝手な不満を口にする俺の目に、部屋の隅の荷物が飛び込んできた。今日の戦利品。トビアスに持ち帰ってくれと頼んだ物。そう言えばと思い出して、俺はその中を漁る。


「あった~!」


鞄のいちばん奥に目的のものはあった。最後に倒した蜘蛛の宝箱に、お酒らしき瓶があったのだ。年季の入ってそうなラベルには、変わった文字が並んでおり、何が書いてあるのか分からない。


けれど朦朧とした頭はそんな細かいこと気にしない。開けづらい栓を何とか開け、ぐびぐびと飲む。ちょっと苦いがじゅうぶん美味しい。飲みきったところで、俺は言った。


「…ねむい」


酔っぱらいは自由だ。眠気でぼんやり霞む視界に映ったのは、寝室への扉だった。そこを開ければ、中央にまるで宿屋のごとくきっちり整えられたベッド。


「んー…」


ふとんの中に潜り込む。絹か何かの生地は、つるつるで気持ちが良い。シーツに顔を埋めて思った。


「くせぇ」


くせぇ。香水の匂いが染み付いている。けれど俺は完全に泥酔していた。たとえそれが香水くさいベッドだろうが床だろうが地面だろうが、酔っぱらいには関係ない。


「ん…」


空の瓶が手から落ちる。絨毯に敷かれた床を、ごろんと転がっていった。






「ちょっと!他に女がいるなんて聞いてないわよ!」


翌日、俺は怒声と朝日に起こされた。


「うん…?」


金切り声は二日酔いに響く。頭を抑えベッドの上に起き上がると、廊下の向こうでふたりの人物がわちゃわちゃ騒いでいるところだった。


「馬鹿にしないでちょうだい!」

「だから、一体何の話を…」


怒っているのは、昨日のトビアスの連れていた巨乳の彼女だろうと察する。続けて、お姉さんがそのまま怒って玄関から出て行く音がした。その意味は分からなかったが、眠気の中俺はほくそ笑む。ははは。ざまーみろ。


「……?」


そして部屋の主であるトビアスと言えば、首を捻りながら寝室へと顔を出した。


「彼女は一体、何の話を…っ!?」


俺を見てぎょっと目を見開く。


「何です貴女…!?いえ、そもそもどこから…」


珍しく軽い混乱に陥るトビアスを眠たい目で見ながら、俺は一言口を開く。


「…おしっこ」

「……」


いつものやりとりなのに、彼は変な顔をしている。それでも尿意には勝てない。二日酔いのせいか重たい体を引きずり、俺は浴室へ向かった。


「ヒギャー!!」


そしてそれから数秒後、俺は絶叫を上げてリビングに舞い戻った。トビアスがその青い目を見開いてこちらを見る。


「おっ、俺の、」


そんな彼の胸ぐらを掴み、俺は必死の形相で口を開く。


「俺のちんこ!どこやった!?」

「はっ、はぁ!?知りませんよ!」


トビアスは動揺しながらもそう返してくる。けれど混乱なら俺の方がしている。つい先ほど目の当たりにしたとんでもない事実を、俺は半泣きで訴える。


「しっ知らない筈がねーだろ!昨日まで付いてたのに朝起きたら、なっ、無いって!」


そう。無かったのだ。いつもの通り取り出そうとしても一向に出てこない。見たら、無かった。いやなにを言っているのかわからないかもしれないけど、文字通り、無かったのだ。


けれど次の瞬間トビアスから飛び出した一言は、どんな予想とも違った。


「そもそも貴女、誰なんですか!」

「は…?」


想定外の返事に、固まる。誰って俺だ。イチカ。お前の相棒。頑張って鍛えたちょっとした胸筋が自慢の、


「えっ…なにこれ…」


硬い胸筋があるはずの場所を触って、俺は青くなる。手の中には、ふにゃふにゃと柔らかい感触。


「へ…?」


俺が全てを理解するよりも、トビアスがある事実に気が付く方が早かった。


「まさか貴女、イチカですか…?」


何を今更、なんて笑う余裕は無かった。この違和感に奴の一言。俺の中でひとつの可能性が芽生える。大慌てで壁に掛かった姿見の前に立つ。


「っ…!?」


そして息を呑む。俺はとんでもないものを見てしまったのだ。純日本人らしい黒髪と黒目はそのままだった。面影もある。けれどさらりと揺れる髪は長く、瞳は丸く大きい。小さな背に柔らかな曲線を描く体。あと何より頭の上。規則正しく並ぶ文字。


ステータス異常:<女体化>


「俺、女の子になってる…!」


絶望的な事実を表す言葉は、なんだかやたらに大きく響いた。

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