平民勇者と英雄王

二見

第1話 二人の出会い

 ここは貿易都市リングルート。

 この街では、日々多くの国々と貿易を営んでいた。

 特に交流が盛んなのが、隣の西方大陸に位置するシルフ王国だ。

 シルフ王国には船で一週間もあれば辿り着くので、別大陸でありながらも昔から盛んに貿易が行われていた。

 ちなみにリングルートは東方大陸という大陸の国である商業共和国にある街の一つで、東方大陸の端に位置している。


「よし、そろそろだな」


 この少年の名前はリクト。

 リングルートに住む15歳の少年だ。

 彼は元々山奥の村に住んでいたのだが、数年前に起きた戦争で治安が乱れ、住んでいた村が賊に襲われ、壊滅してしまった。

 その際に村に住んでいた大半の人々も犠牲となった。当然彼の両親も例外ではない。

 リクトは生き残ったわずかな村人と共に山を下り、住む場所を求めてこのリングルートに辿り着いたのだ。

 そして住処と仕事先を見つけ、毎日懸命に生きている。


「ミソラ、仕事行ってくるから、留守番しっかりな」

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」


 彼女はリクトの妹ミソラ。リクトと共にこの街へやってきた少女だ。

 歳はリクトの3つ下で、現在12歳だ。

 リクトは本日も仕事のために朝早くから出かけることになっていた。

 彼の仕事は肉体労働が多い。まだ年若いリクトでは、受けられる仕事があまりないため、このようなほかの人がやりたがらない仕事ばかりになってくる。

 本日は船着き場にある資材を運ぶ仕事がメインだ。重量は相当なものだが、手慣れたリクトは軽々と資材を運んでいく。


「何年もやっているから、大人顔負けの筋肉がついちまったな」


 リクトは自分の腕を軽くたたきながら言った。

 実際、リクトは力だけなら成人男性にも劣らない。年に合わない屈強な腕を持っていた。仕事をしているうちに体力もついていき、今では人一倍働くようになった。働けば働くほど、それに対する給料も増えていく。自分やミソラが生きていくためにも、リクトは働かなければならなかった。


「これは……あっちだな」


 資材を一つ持ち上げ、指定の場所まで持っていこうとするリクト。

 その時、不意に前から来た人間とぶつかってしまった。


「あっ、すみません」


 資材が死角になっており、接近する人に気づくことができなかったのだ。

 ぶつかったのは旅人らしき男性で、フードを被っており素顔はよく見えないが、薄っすらと見えた顔立ちからしてリクトと同い年くらいだろうか。


「い、いえ……」

「……あんた、酷くやつれてるじゃないか」


 ちらりと見えた表情からは、まるで生気を感じなかった。

 何日も満足な食事を取っていなかったようにも見える。


「大丈夫か? 今すぐ医者に行ったほうが……」

「申し訳ない、私たちは急いでいる身なのでこれで失礼する」


 すぐそばにいたもう一人の男性が、話を遮ってそそくさと立ち去った。


「あっ、おい待てって!」


 立ち去ろうとする男の手を掴む。


「何か事情があるのかもしれないけどさ、そっちの人は今にも倒れそうじゃないか。休ませた方がいいと思うぞ」

「そうはいかない。私たちは先を急ぐ身なのでな。早くこの街からでなければ……」

「……もしかして、誰かに追われているのか」


 リクトがそう呟くと、二人はビクッと身を震わせた。


「わかった。なら俺の家に来ないか? すぐ出ていくにしても、少しは休憩した方がいい。今日は休んで、明日出発すればいいだろう」

「いや、しかし」

「いいからいいから」


 有無を言わさず、リクトは二人を自宅へと招いた。

 自宅に着くと、ミソラが驚いたような表情を浮かべて出迎えた。


「あれ、お兄ちゃん仕事はどうしたの?」

「これから行くよ。それよりこの二人を見ておいてくれないか」


 リクトはミソラに事情を説明した。


「そっか。わかったよ、私がこの人たちを見ておくから、お仕事頑張ってね!」

「ああ、じゃあまた」


 そう言ってリクトは再び仕事場に向かった。


 仕事が終わり、家に帰るとミソラが出迎えてきた。


「おかえり」

「ただいま。あの二人はどうなった?」

「今はぐっすり眠ってるよ。服もボロボロだし、ご飯もがっつくように食べてたし、相当疲れているみたい」

「そっか。やっぱり何かの事情があるんだろうな……」


 食事をしながら、ポツリと呟く。


「さて、俺も一休みさせてもらおうかな……」


 そうリクトが言った瞬間、寝室から物音が聞こえた。


「お、タイミングよく目覚めたかな?」


 リクトは寝室のドアを開けた。


「起きてるか?」


 リクトが尋ねると、寝込んでいた少年が応答した。


「あ、ああ。君はここの家主かい?」


 少年は辺りを見回している。


「ああ。俺はリクト。で、こっちがミソラ。俺の妹だ」

「そうか。僕の名はラグナ。……ラグナ・イザードと申します」


 ラグナという少年は礼儀正しい挨拶をする。


「名字があるってことは、もしかして貴族なのか?」

「……まあね」


 ラグナの風貌をよく見ると、確かにどこか気品を感じさせる。


「すごいな。俺、貴族を初めて見たよ」

「……そうなんだ。よろしくね、リクト、ミソラ」


 そう言ってラグナは手を差し出した。


「よろしく。ところでラグナ……いや、ラグナ殿、って呼んだ方がいいのか……ですか」

「そんな堅苦しくしなくてもいいよ。僕と君は年も近いだろうし」

「そっか。あまり敬語に慣れていなくてな。じゃあこれで」

「うん。そっちの方が気楽だな」


 ラグナの紳士な対応に、リクトは若干驚いていた。

 リクトが持つ貴族のイメージは、傲慢で平民のことなど路傍の石としか思っていないのだろう、というものだった。


「それでラグナ。どうして君たちはそんなに疲れ切っていたんだ? 一体何があった」

「……それは」


 ラグナの口が閉ざされる。あまり話したくない内容なのだろうか。


「まあ、無理に話してくれなくてもいいよ。疲れが取れるまではこの家でゆっくりしていってくれ」

「すまない。迷惑ではないだろうか」

「全然。俺ん家に人がくるなんてめったにないから、ゆっくりくつろいでくれ。ところで、腹は空いていないか? さっきがっついて食べてたみたいだけど、まだ足りなかったりとか」

「いや、大丈夫。おかげで満腹だ」


 ラグナはにこやかに答えた。


「ところで、両親はいないのかい?」

「ああ。5年前の東西戦争に駆り出されて、そのまま……な」

「……!」


 リクトがそう言った瞬間、ラグナは黙り込んでしまった。

 東西戦争とは、西方大陸の大国であるオラシオン帝国と、東方大陸の大国であるヴィクリード帝国が起こした戦争のことである。

 大国同士の戦争ということもあって、多大な犠牲を払ったことで世界中を激震させた。

 数年に渡る戦争で両国とも疲弊し、このままでは勝利したとしても甚大な被害が出るのは避けられないだろうという判断で、表面上の和解を行い、戦争は終結した。

 その戦争から5年経過したものの、まだ完全に収まったとは言えない現状だ。


「……あ、ごめん」

「気を遣わなくていいよ。それより、そっちの人はまだ起きないか?」

「ああ」

「その人は酷い重傷だ。なあ、ラグナとその人の関係性はどうなっているんだ?」

「……それについては、彼が起きてから話そうと思う」


 ラグナは神妙な面持ちで答えた。


「なら、しばらく安静にしててくれ。まだラグナも怪我や疲れが残っているんだし、あまり無理はしないでな」

「ありがとう。少し横になるよ」


 そういってラグナは横になった。

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