第211話 絶望の一撃

 ベヒーモスの力がさらに一段強くなる。

 それを何よりも肌で感じたリリアは、背筋がゾクゾクとする感覚に襲われていた。

 勝てない。敵わない。死力を尽くしてもベヒーモスには届かないと。

 リリアの本能が逃げろと訴えかける。しかし、だからこそ感じている部分もあった。

 

(逃げ出したくなるほどのこの恐怖。命を失うかもしれないというこの状況のその先に、私はあらたな可能性を見つけれるかもしれない)


 成長への可能性。それがリリアをベヒーモスへの挑戦を止めない理由。限界の先でしか人は成長することはできないとリリアは考えていたのだ。


(『姉界』……もう一人の『私』が見せてくれた私の可能性。まだ私はその領域にまでたどり着いていない)


 手が届きそうで届かないもどかしさ。成長するためには、今一度己の殻を破るためには、発破となるものが必要だとリリアは感じていた。

 そんな時に目の前に現れたベヒーモス。己よりもはるかに強大な存在。成長のきっかけとできるかもしれない存在が現れたことにリリアは歓喜していた。


「そう。まだもっと強くなってくれるのね、あなたは」

「お、おいリリア……っ!?」


 ベヒーモスの様子を見てさすがに危険だと感じたリントは、リリアの方を見て一瞬身を竦ませた。

 そこにいたのは、もう一匹の獣だった。

 

「行くわよ」

「待て! ちっ、あぁくそ!」


 もはやリントの言葉など耳にも届いていないのか、獰猛な笑みを浮かべてベヒーモスへと駆けていく。


「何考えてんだあいつは!」


 力を増したベヒーモスに対して、何の対策もせずに突っ込むなど特攻にもならない自爆行為だ。


「なに焦ってんだあいつは」


 執拗なまでの成長、強さへの渇望。

 それがリリアを無謀とも言える行為へ導いていた。勇気と蛮勇をはき違えた行為にしかリントには見えなかった。


「今のベヒーモスに無策で突っ込むな馬鹿!」


 ベヒーモスはさっきまでとは違ってその全身に炎と雷を纏っている。

 

「さっきまでかけてたデバフを全部解除されちまってるし……あぁもう、仕方ねぇなぁ!」


 ベヒーモスの攻撃は苛烈さを増している。威力、範囲ともにさっきまでとは比べ物にならない。

 リリアにも防御系の魔法をかけているリントだったが、リント程度の魔法では一撃持つかどうかというレベルだ。


「あいつ、わかってんのかよ」


 器用にと言うべきか、リリアはベヒーモスの攻撃を全て紙一重で躱し続けていた。

 しかし、避けるので手一杯で反撃に転じることはできていない。それどころか、止まることなき激しい連撃で足場がどんどん悪くなり、動きが制限され始めている。

 このままでは遠からぬうちにベヒーモスの攻撃が避け切れなくなることはわかりきっていた。

 だが、それよりも早く痺れを切らしたのはベヒーモスだった。攻撃が当たらないことに業を煮やしたベヒーモスは、その口を大きく開く。


「っ!」

「おいおいまさか!」


 リリアとリントの背筋に悪寒が走る。

 急速にベヒーモスの口に魔力が集中していく。それは魔獣特有の、ブレスを吐く直前の行動だ。だが、ベヒーモスはそのブレスに込められる魔力の量が半端じゃなかった。

 リントの持つ魔力を全て死ぬ気にかき集めてもまだ足りない。そんなレベルの魔力がたった一発の魔力に込められようとしていた。

 消し炭なんてものじゃない。塵すら残るかどうかも怪しいだろう。

 ベヒーモスの直下にいるリリアはもはや避けることも間に合わない。リントが全力の防御魔法を発動しようとするが、それよりもベヒーモスのブレスの方が速い。

 そもそも、リントの防御魔法の発動が間に合っていたとしても焼け石に水。ないよりはマシという程度のものなのだが。

 そして——。


「ガァアアアアアアアッッ!!」


 雷と炎が混合したブレスがリリアの頭上が降り注ぎ、リリアのことを呑み込んだ。

 

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