第183話 二人の契約

「はぁ~、美味しかった」


 食事を終えて店を出たリリアは、ぐーっと背伸びをしながら満足気な笑みを浮かべる。

 そのさいにリリアの豊満な胸が強調されて、隣にいたリントは慌てて目を逸らす。


「どうしたの?」

「なんでもねぇよ。それよりお前、ホントによく食うな。ご飯お替りまでしてたし」

「だって美味しかったもの。それにいっぱい動いた後だからお腹空いてたし。あなたの方は全然食べてなかったわね。お腹空いてなかったの?」

「いやお腹は空いてたんだけどな。何回も言ってるけど、あの光景みた後じゃ食欲は失せるって話だ。まぁ確かに美味かったけどな」


 肉料理がメインの店ではあったのだが、リントの食べた魚料理も想像以上に美味しかった。おかげで食欲のなかったリントも全て食べきることができたのだ。


「確かにリントの食べてた魚料理も美味しそうだったわね。今度はそっちも食べてみようかしら」

「あぁ、おススメだぞ。普通に美味かったからな。俺も今度は肉料理食べてみたいし」

「ならまた一緒に来ましょうか。私は冒険者だし、あなたの予定に合わせてあげるわよ」

「へ?」

「なによ。ぽかんとした顔して」

「いや、だってお前は弟を誘って来るって言うかと思ってたから」

「もちろんハル君も誘うわよ。でもだからってあなたも一緒じゃダメな理由にはならないでしょう?」

「いやまぁ、そりゃそうなんだけどよ」

「リントの妹さんも一緒にどうかしら?」

「確かにあいつは肉結構好きだけど……まぁそうだな。また聞いてみるよ」

「ついでに一つ相談があるんだけど」

「な、なんだよ」


 ニッコリと綺麗な笑みを浮かべるリリアに、リントは嫌な予感を覚えながら内容を聞く。


「今日の依頼を受けて思ったのよ。私一人の力ではできることに限度があるって」


「まぁそりゃそうだろうな。で、それが?」

「本当ならギルドで仲間を募るべきなのかもしれないけど、それはちょっと個人的には避けたいのよ」


 仲間を作るということはそれだけリリアの秘密がバレるリスクも上がるということだ。

 これから冒険者としてのランクを上げていくうえで、『姉力』を使わなければいけない場面が必ずやってくるとリリアは踏んでいる。

 その時に信頼に足るだけの仲間ができているかどうか。その点についてリリアは懐疑的だった。


(自分で言うことじゃないけど、私は他人をあまり信用しないタイプだし。事情を知ってるタマナさんはまた話が別だけど)


 リリアの友人の少なさは、ハルトにべったりくっついていたからということの他に、他人を深く信用しないその性格に由来していた。

 狭く深い付き合いで良いと思っているリリアはこれまでそのことを不便に思ったことはなかったのだが、冒険者としてやっていくとなるとそうはいかない。

 他者との助け合い。そして信頼。そういったものを築けなければ生きていくのは難しい。

 しかし『姉力』についてバレるリスクと冒険者として生きていくために仲間を作るということ。その二つを秤にかけた時、リリアは『姉力』についてバレる方が面倒なことになると判断した。

 だからこそ、冒険者としての付き合いはできるだけ最小限に抑えようと思っているのだ。


「でも冒険者としてやっていくためにも仲間は欲しい。できれば私のことを知っていて、それでいて面倒なことにならない相手。でもそんなのなかなかいないじゃない」

「まぁそうだろうな。そんな都合の良い相手なんてそう見つかるもんじゃない。まして命を預け合うってなったらなおさら」

「ところがどっこい。そんな都合の良い相手が見つかったわけです」

「へぇ、どこに」

「ここに」


 そう言ってリリアはリントのことを指さす。

 その指さきから逃れようとスススッと体を動かすリントだが、リリアの指はそれを追いかける。


「……俺かよ! いやまぁ、薄々予想はしてたけど!」

「そう。私の事情をある程度知ってて、シスコンだから面倒なことになる心配もない。こんな使い勝手の良い人そう見つかるものじゃないわ。実力もあるし」

「使い勝手ってなぁ、俺は道具かよ」

「人は皆社会の歯車っていう道具になって生きていくのよ」

「やめろ。まだ十七歳の俺にそんな現実押し付けるな」


 リリアにとってリントは非常に都合の良い相手だった。

 『姉力』のことこそ伝えていないものの、リリアが地救からの転生者であることは知っている。普通なら気を使って言えないようなことも、不思議とリント相手には言えてしまうのだ。

 そういう点でもリントはリリアにとって得難い存在だった。


「十七歳なんてもう成人じゃない。この世界では、って話だけど。それでどうかしら。毎回とは言わないから」

「あのなぁ、俺にも普通に仕事があるんだが」

「でもその仕事、毎日じゃないんでしょう?」

「なんで知ってんだよ」

「今日他の先生の人が言ってたわよ」

「あのお喋り先生共め……まぁ確かに臨時講師でしかないから毎日仕事があるわけじゃないし、他の人よりも仕事終わるの早いけど」


 リントの立場は言ってしまえばアルバイトに近い。責任はそれなりにあるが、そこまで大きな仕事を任せられることもない立場だ。


「じゃあいいじゃない。手伝ってくれても。報酬はちゃんと山分けにするわよ」

「そういう問題じゃ……」

「ついでにあなたの手伝いもしてあげるわよ。気が向けば」

「俺の手伝いか……まぁ確かに手伝って欲しいことはいくつか……うーん……」

「私はあなたの手伝いをする。あなたは私の手伝いをする。これでどうかしら?」

「……わかった! 乗ってやるよ、その提案」

「ふふっ、契約成立ね」


 こうして、リリアとリントは協力関係を結ぶことになったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る