第179話 調査員の報告書
「…………」
リリアから依頼完了の報告を受けたレフィールは、あまりにも早い依頼の完了に唖然としていた。
リリアが受けていた依頼は三つ。
『薬草採取』。
『オークの討伐』。
そして『ゴブリンの巣の殲滅』。
このうちの二つ。『薬草採取』と『オークの討伐』の依頼はリリアの実力から考えて、簡単にクリアできることはレフィールにもわかっていた。しかし後の一つ。『ゴブリンの巣の殲滅』だけはできないと思っていたのだ。
ゴブリンの巣の殲滅はパーティを組んで挑むもの。最低でも四人以上のパーティを組まなければ達成できないものだったから。
断っておくが、別にレフィールはリリアのことをどうにかしてやろうと思って無茶な依頼をリリアに出したわけではない。
ただリリアに知って欲しかったのだ。冒険者というものがどういったものであるのかを。いかに自分の力が強かったとしても、一人の力には限度があるということを。
下調べをすることやパーティを組むことの重要性。それを知ってもらうためにまずは一つの壁を用意しようとしたのが『ゴブリンの巣の殲滅』だったのだ。
ここでつまずき、問題点を洗い出し改めて挑み直す。そうすることでリリアが冒険者として成長できるとレフィールは考えたのだ。
レフィールの目からみて、リリアは一人で動くタイプだと見えた。そしてそれは事実でもある。
しかしそれでは冒険者としていつか取返しのつかないことになってしまうのだ。
大きな力を持ちながら、それを過信して終わっていった冒険者をレフィールは数多く見ている。リリアにそんな風になって欲しくなかったのだ。
想定外のことがあったとするならば、リリアが見つけたゴブリンの巣がギルドが依頼として出した巣とは別の巣であったということだ。
リリアに向けて出した依頼では、ゴブリンは二十から三十程度しか住んでいないはずの巣だった。それでも新米冒険者からすれば驚異的なのだが。
しかし、リリアが見つけたのはその十倍の巣。難易度にしてB級からA級相当の代物だった。
「まさかとは思いましたけど……」
ぺらりと現地調査に向かった調査員の報告書に目を通す。
そしてリリアの言葉が真実であったことが証明されてしまった。
ギルドの派遣した調査員が目にしたのは、300を超えるゴブリンの骸。その中には上位種の存在もいくつか確認された。
そして調査員は全員が口を揃えてこう言ったのだ。
『あれは人の所業じゃない』と。
無残に押しつぶされたゴブリンの死体。それは魔物の死体など見慣れている調査員の目からしても吐き気を催すものだった。
そこに生命に対する慈悲など無い。全てに平等に死を与える。
一体どんな技を使えばこんなことができるのか。調査員達には皆目見当もつかなかった。
ましてや事前に聞いていた情報ではリリアの職業は《村人》だというのだから。
「職業を偽っている可能性……は、ありませんね。彼女の職業カードは見ましたから」
職業カードは神殿が発行する唯一無二のもの。そこに虚偽などあり得ないとレフィールは思っていた。
「だとすると、彼女と一緒にいた男性? あの人がやったのでしょうか。その方がまだ可能性がありますが」
リリアと一緒にいた男性とはリントのことだ。
レフィールが聞いた話では、ゴブリンの巣を見つけ、その規模を調べることだけ手伝ってもらったとのことだった。
しかし報告書を見た今ではそれも怪しんでいる。
「あるいは……私がそんなことができるはずがないと思いたいだけなのかもしれませんね」
「どうかした?」
「あ、ギルドマスター。いえ、大したことではないんですが……」
「どう見たってそんな顔じゃないけどねぇ。彼女……リリア・オーネスのことかな?」
「っ! どうしてわかったんですか」
「顔を見ればね。それで、彼女がどうかしたの?」
「実は……」
自分でどう判断するべきか迷っていたレフィールは、報告書の件をドラインに相談する。
「んー、なるほどねぇ。300のゴブリンを一人で殲滅。中には上位種もいたと。確かに彼女の職業のことを考えたらにわかには信じがたいけど……」
「やっぱりそうですよね」
「いや、でも信じていいんじゃないかな?」
「え?」
「実際の真偽がどうであれ、事実としてゴブリンの巣は殲滅されている。つまり、依頼は達成されたわけだ。まぁ君が想定していた巣とは別の巣だったみたいだけど、どの巣の殲滅かは規定していないわけだし。なら達成したと判断するべきだろう」
「で、ですが……」
「もし今回の一件が事実彼女の力であったなら、それは冒険者ギルドにとって非常に大きなものだ。そしてもし彼女が情報を偽っていたのだとしたら、その偽りはいつまでも貫き通せるものじゃない。冒険者はそんなに甘いものじゃない。嘘ならいつかボロが出る」
「だから今回は受け入れろと」
「そういうことだね。どんなに受け入れがたいことでも真実の場合はあるし。その逆もある。今回は彼女の言い分を信じよう。そして願おうじゃないか」
「願う……ですか?」
「あぁ。彼女が、まさしく本物であることを……ね」
ドラインはそう言ってクスクスと笑うと、その場を去って行った。
「本物……」
そう。世の中には存在するのだ。
『職業』という概念を超えた、埒外の力を持つ者が。
例えるならば、《勇者》に選ばれたエクレアのように。
エクレアは《勇者》になったから強くなったのではない。《勇者》となる前からすでに最強だったのだ。
リリアがそんなエクレアと同等の存在かもしれないと、ドラインは暗に語っていたのだ。
「オーネスさんが? ……まさかね」
自身のうちにわいたあり得ない妄想を振り払い、レフィールは依頼完了の手続きを再開するのだった。
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