第146話 リオンとロウ
「もっと上げていくぞおらぁ!」
「くぅ」
『主様、押し負けてはダメなのじゃ。ここで流れを持っていかれたら負けてしまうぞ!』
リオンが巧みに炎を操ることでハルトへの攻撃を防ぐ。リオンがいなければすでにハルトは何度も殺されていただろう。
ハルトはガドを隙を探そうとするが、ガドはその粗野な言動とは異なり動きにはまるで無駄がなかった。ハルトの炎も全て紙一重で避け続けられている。
ハルトが炎を維持していられる時間を考えても、このままではジリ貧なのは明白だった。どこかでリスクを冒してでもハルトは攻めなければいけなかったのだ。
(でもそのタイミングが間違ってたら、流れは一気に向こうのモノになる。そうなったらもうボクに逆転のチャンスはない。タイミングは絶対に間違えられない)
しかし間違えられないという思いと、炎を維持していられる時間の制限がハルトに焦りを生んでしまう。
「目に見えて焦ってやがるなぁ。炎を制限時間か? それとも他の理由か? なんだか知らねぇが、動きが雑になってやがんぞおらぁ!」
「ぐはっ!」
『主様!』
ガドの拳がハルトの腹を強く打ち据える。意識が持っていかれそうになるほどの衝撃の中、ハルトは必死で意識を繋ぎ止めた。
「おら止まってんじゃねぇぞ!」
明確な隙を晒したハルトのことをガドはいたぶるように攻撃する。右頬を殴る。左頬を殴る。足、腕、腹とわざと致命的なダメージを避けて攻撃し続けているのだ。
(こいつ、主様のことを!)
その気になれば一気に勝負を終わらせることもできるというのに、ガドはあえてそうしていないのだ。そのことがリオンのことをさらに苛立たせる。しかしこの場でリオンが飛び出したとしてもできることなど何もない。せいぜい一瞬盾になることができるくらいだ。
(妾にもっと力があれば、失っている力さえ取り戻せればこんな小僧など一瞬で塵にできるというのに)
しかし、持っていない力を望んだところで現状が解決するわけではない。ハルトはガドの攻撃に耐えることに必死で、現状を打開する策を考えることはできそうにない。
(このまま負けるなど認めてたまるか! 主様の剣として、しもべとして! 主様を守るのが妾の使命なのじゃ!)
しかし、必死に頭を張り巡らせても現状を打開する策など全く浮かんでこない。そうしている間にもハルトの体はどんどん傷ついていく。
(何か、何か手を——)
リオンの焦燥がピークに達しようとしたその時だった。
『仕方ないなぁ』
突如として【カサルティリオ】の支配権をリオンは奪われた。誰がそんなことをしたかなど考えるまでもない。今【カサルティリオ】の中で自由に動けるのはリオンともう一人だけなのだから。
(ロウ?! 貴様何を)
『リオンじゃどうしようもないなら、私が主様のことを助けてあげる。それだけだよ——主様。返事をしなくてもいいから、聞こえてたら私の合図に合わせて『憤怒の竜剣』を解除して』
ロウはジッと黙ったままガドの攻撃を見つめ続ける。
『……今だよ、主様!』
その声に合わせてハルトは『憤怒の竜剣』を解除した。そしてロウはその直後、解除させるのとほぼ同じタイミングで自身の力を発動した。
『行くよ主様——『怠惰なる不死鳥』!』
剣身を包んでいた炎が消え去り、ハルトの体を炎が包み込む。そして、その背に生えたのは炎の翼。
『ちょっと乱暴にいくよ主様!』
「うわっ!」
ロウはその翼を動かして無理やりハルトとガドの距離を引き離した。
攻撃から逃れられたガドは舌打ちして苛立たし気にハルトのことを睨みつける。
「おいおい、せっかく楽しくなってきた所だったのによぉ。逃げてんじゃねぇぞ」
『いやだねバーカ。死んじゃえ』
「ちょ、ちょっとロウ。なに言ってるのさ」
『何って、言いたいことだよ~。主様を傷つけられて私だって怒ってるんだから。傷は治ったでしょ』
「あ、うん。確かに治ってる」
ガドにつけられたハルトの傷は『怠惰なる不死鳥』の効果で完全に治癒している。
『死からの再生じゃないだけマシだけど、それなりに魔力は消耗してるからね。で、こっからどうするかって話なんだけど……』
「うん」
『私は何も考えてないよ』
「だよね。だと思った」
『とりあえず、回復力にものを言わせて勝負してみる?』
『バカ者! そんな作戦があるか!』
『あ、リオン。別に作戦じゃないよ。ただ思ったことを言っただけ。ごちゃごちゃ考えるのは面倒だし。正面突破でいいじゃない』
『それができれば苦労せんわ! 主様、この馬鹿のことは気にするな。妾がちゃんと作戦を——』
「ううん、そんな余裕はなさそうかも」
『っ!』
ハルトの視線の先、そこにいるガドが額に青筋を浮かべてハルトのことを睨んでいた。
「さっきからごちゃごちゃと。《勇者》がどんなもんかと思って期待してみりゃこの程度……せっかく楽しめると思ったのによぉ。強くねぇなら強くねぇ、俺のサンドバックとして楽しませろや」
『主様をサンドバックじゃと? ふざけたことをぬかすな。そんなこと許さんぞ』
「てめぇの許しなんざいらねぇんだよ!! もういい。一思いに殺してやるよ」
ガドの右腕の炎が激しく燃え上がる。
ハルトは剣を構えるが、ガドから放たれる圧倒的な威圧に呑み込まれてしまっていた。
『主様っ!』
『後ろ!』
「っ!」
リオンとロウの言葉に弾かれるように後ろを向くハルト。そこにはガドがいた。ガドは目にも止まらぬ速さでハルトの後ろに回り込んだのだ。
(さっきまでの速さでも本気じゃなかったのか!)
ガドに殴り飛ばされたハルトは地面に叩きつけられる。
そして、とっさに起き上がったハルトが目にしたのは眼前に迫るガドの拳だった。
(死——)
その瞬間、ハルトが感じたのは濃厚な死の気配だった。
「死ねや」
「——っ!」
もはや防御すら間に合わない。ハルトが死を覚悟したその瞬間だった。
「誰の弟に……手を出してるのかしら」
ハルトの前に立つ一人の人物。その人を見たハルトは驚きに目を見開く。
「ね……姉さん!」
「待たせたわねハル君。もう……大丈夫だから」
ハルトの目の前に立っていたのは、怒りにその肩を震わせるリリアだった。
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