第127話 目覚め

 大きな爆発がリリアの体を呑み込む。【姉障壁】を砕かれてしまったリリアに防ぐ術は無かった。


「——っ!?」


 爆炎がリリアの体を焼く。爆風で吹き飛ばされ地面に叩きつけられたリリアは肺の中意識を無理やり押し出される。


「がはっ!」


 体中に痛みが走り、意識が遠のく。体を動かそうにも予想をはるかに超えるダメージに体を起こすことすらできない。


(とっさに『姉力』で防御したけど……そんなんじゃ全然防げてない。骨……折れてるっぽいなぁこれ。っぅ……あぁもう、ここまで差を見せつけられるなんて)


 リリアは体の痛み以上に、屈辱に苛まれていた。ミレイジュに見せつけられた力の差。『姉力』の練度の違い。それは全て、リリアがミレイジュよりも劣っていることの証左に他ならない。

 そして完膚なきまでに打ちのめされた今、リリアに打てる術は何も残っていなかった。


「く……そ……」


 それでも無理やり体を動かそうとするリリア。だが、リリアの体はまるで言うことを聞かない。リリアの意思とは裏腹に、体はリリアに限界を訴えていた。


「私は……まだ……」


 視界の先にいるミレイジュのことを睨みつけるリリア。しかし、できたのはそこまでだった。リリアの意識はそのまま闇へと落ちて行くのだった。





□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 ずっと落ちていく感覚の中にリリアは居た。しかしそれは昇っていく感覚にも似ている。


「あれ、私……」


 ふとリリアが目を覚ます。すると不思議なことに降下は止まった。

 そして周囲を見渡し、リリアはそこがどこか見覚えのある場所であるということに気が付いた。以前にも来たことがある場所だと


「ここって、もしかして」

『そう。その通り』

「ひゃんっ!」


 ふぅっと耳元に息を吹きかけられてリリアは飛び上がってしまった。気配を全く感じなかった。反射的に振り返ってみれば、そこに居たのはリリアの想像していた通り、もう一人の『リリア』だった。

 その燃え盛るような赤眼が楽し気に細められる。クスクスと笑う『リリア』に、リリアは抗議の視線を向ける。


「やっぱりあなただった」

『えぇその通り。だってここには私と宗司しかいないもの』

「あれ。そういえばオレ……っていうか『宗司』は?」

『今日はいないよ。私だけ』

「そんなことあるんだ……」

『そんなことあるんだ……じゃないから。わかってるの?』


 楽し気だった『リリア』は一転、眦を釣り上げて怒ったようにリリアのことを睨む。


「わかってるのって……何が?」

『……はぁ、その様子じゃホントにわかってないんだ。前に言ったこと覚えてる?』

「……前?」


 キョトンとした表情のリリアに『リリア』は呆れ顔だ。


『言ったよね。あんまり無茶はしないでって。その体も無敵じゃないって』

「あ、そういえば……」

『そういえばって……もう、もうっ!! いい? あなたが死んじゃったら私も『宗司』も死ぬことになっちゃうんだからね。そこんとこちゃんと理解して』

「わ、わかってるけど」

『全っっ然わかってない! 今回もめちゃくちゃ無茶してるよね。私あなたの中にいるんだからね。何してるかなんて全部筒抜けなんだから!』

「ご、ごめんなさい……」


 自分で自分に怒られるという奇妙な感覚。リリアは言い返すこともできず謝ってしまった。


「な、なんか前よりも話すようになってる?」

『え、あぁ。まぁ……ね。私のことはいいの。それよりわかってる? 今がどういう状況か』

「どういう状況って。ミレイジュと戦って、それで……それで私は……」

『そう。負けた。完膚なきまでに。そりゃもう言い訳のしようがないくらいに』

「っ! まだ負けてない!」

『ううん。負けたよ。あなたの頼みの【弟想姉念】を使っても、彼女を超えることはできなかった。他に打つ手はあった?』

「それは……ないけど……」

『ならそこで終わり。これから彼女が意識を失っている私に止めを差して、私達は終わる』

「っ……」

『……悔しい?』

「……悔しい」

『それはどうして? 負けたから? 力の差を見せつけられたから? それとも……弟への思いが、負けたと思った?』


 リリアは戦う前に宣言した。この戦いはリリアのハルトへの想いか、ミレイジュのセルジュへの想い。どちらがより強いかを示すものだと。そう宣言したうえで、リリアは負けてしまったのだ。

 悔しくないはずが無い。エクレアに負けた時とは訳が違うのだ。


『ねぇ、何が足りなかったと思う?』

「足りなかったもの? そんなこと言われても……」

『わからない? なら教えてあげる。それはね、覚悟』

「覚悟? そんなのとっくに」

『違う。彼女が、ミレイジュが持ってたのは……弟のために友達すらも切り捨てる覚悟』

「っ……」

『あなたは違ったよね。ハルトのためにって戦いながら、どこかミレイジュのことを意識してた。彼女が……友達だったから』

「私は……でも、だって……」

『……そんな顔しないで』


 自らの心の内を、見ないようにしていた部分を突きつけられたリリアは俯いてしまう。


『わかるよ。だってあなたは私で、私はあなただから。あなたは間違ってない。でも、だから届かなかった』

「……もう、どうしようもないの?」

『それは……』


 そこで初めて『リリア』は迷うような表情を見せる。しかし何か方法があるならばと、リリアは藁にも縋る思いで『リリア』に詰め寄る。


「お願い! ここで終わるわけにはいかないの。何か方法があるなら教えて!」

『あるよ。でもこれは……ううん、そうだよね。このまま何もしないで終わるくらいなら』


 迷っていた『リリア』は自問自答のすえに答えを出した。


『ねぇリリア。お願いがあるの』

「お願い?」

『うん。それはね——』




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「倒しました……よねぇ」


 ジッと杖を構えていたミレイジュは、リリアが意識を失ったのを見て杖を降ろす。『姉焔爆槍』は確実にリリアのことを捉えた。


「あの一瞬では何もできなかったはずですぅ」


 そしてミレイジュは意識を失っているリリアにゆっくりと近づく。確実に止めを差すために。自分のしようとしていることを理解して心がズキリと痛むが、それも一瞬のことだ。


「リリアさ——」

「今度は邪魔をさせませんよぉ」


 リリアに駆け寄ろうとしたタマナを『姉光縛』で捉える。力の無いタマナでは抵抗することはできなかった。

 そしてリリアの元までたどり着いたミレイジュは杖の先をリリアに向ける。


「さようならですぅ。少しの間でしたがぁ、本当に楽しかったですよぉ。状況が違えば、本当の友達になれたかもしれませんねぇ」


 最後にそれだけ告げて、ミレイジュは『姉雷矢』を放った。それで終わる——はずだった。


「っ!」


 『姉雷矢』の着弾地点にリリアの姿は無かった。


「どこへ!」

「ふぅ」

「っ! 何を——」

「どこへって言うから教えただけだったんだけど。やっぱり驚いちゃうか」


 リリアはミレイジュの背後に立っていた。耳に息を吹きかけられたミレイジュは反射的に距離を取って杖を向ける。

 しかしリリアはそんなことはまったく気にしていないようだった。


「あいたたた……全く、こんなになるまで……でもそっか。こんなになっても頑張ろうとしてたんだ」

「? 何を言ってるんですかぁ?」

「こっちの話。とりあえず——【姉然回帰】」


 リリアの体中にあった傷が塞がっていく。折れていた足も同様に治っていた。


「よし。これで動きやすくなった」

「リリアさん、あなた——」

「《姉》の道はまだ先長く。いまだ極めるには至らず。その先へ至るために、私はこの身の全てを捧げる」


 突然リリアが何事かを呟き、すっとミレイジュの方へ向き直る。


「《姉》にはまだまだ先がある。その一端を……あなたにも教えてあげる」


「だから何を言ってるんですかあなたはぁ」


 ミレイジュの言葉にリリアが答えることはなく、で静かに呟いた。


「目覚めて——【姉界】」


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