第126話 敗北

「【姉水甚雨】」


 リリアの頭上に広がる巨大な魔法陣。そこに込められた『姉力』の量は並大抵のものではない。それを見たリリアは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「冗談でしょ」

「さぁリリアさん。魔法の雨が降って来ますよ。傘の準備をすることをお勧めしますぅ」

「くっ」


 ドドドドドドドドド、恐ろしいほどの勢いで降り注ぐ魔法の雨。それは最早雨などという生易しいものではない。直撃すれば命を奪われる殺人雨だ。とっさに頭上に展開した【姉障壁】で間一髪直撃を防いだリリアだったが、これは普通に雨ではない。ミレイジュが意のままに操ることができる雨だ。


「水は岩をも砕くことができる。私の雨も例外ではありませんよぉ」

「っ!」


 ピシリと罅の入った音がする。それはリリアの【姉障壁】が砕かれようとしている音だった。リリアに向けて集中して降り注ぐ雨はリリアの盾を貫こうとしていた。

 しかしそれがわかってもリリアは動けなかった。降り注ぐ雨の重みで、その場に縫い付けられたように動けなくなっていたのだ。


「私の雨は必殺の雨。さぁリリアさん。いつまで耐えることができますかぁ?」


 ズンッ、とさらに雨の勢いが増す。とうとうリリアはその場に膝をついてしまった。頭の中で必死に打開策を探るが、妙案は浮かんでこない。【姉障壁】が砕かれないように耐えることで精一杯だった。


(多少のダメージは覚悟で無理やり雨を抜ける? ううん、できない。すぐに捉えられて今度は【姉障壁】を展開する前にやられる。このまま近づいてみる……それも無理か。動けても少しずつだけ。私の攻撃範囲に入る前に確実に気付かれる。私にはミレイジュみたいな魔法は使えないし、飛び道具も持ってない。あるのは短剣が一振りだけ。こんなの投げても雨で撃ち落とされるだけだし。なによりあの【姉鎧】を貫けない。万事休すとはまさにこのことね)


 一つ策が思いついては潰れていく。焦りがリリアの頭を支配し始め、敗北の二文字が脳裏を過る。しかしリリアは頭を振ってそれを追い出す。戦っている最中に負けることを考えるなどあってはならないからだ。


(心まで負けたらいよいよ勝ち目なんてなくなる! そんな臆病な考えを抱く私じゃないでしょ!)


 リリアの瞳に闘志が灯る。リリアを押しつぶそうとする雨を押し返しながら立ち上がる。


「まだ折れてないですかぁ。普通ここまですると折れる人が大概なんですけどねぇ。さすがリリアさんですぅ。でもぉ、立てたからなんだって言うんですかぁ? その状況から脱する策があるとでも?」

「策なんて……必要、ない」

「? それってどういう……っ!」


 じっと【姉眼】でリリアのことを見ていたミレイジュはリリアの『姉力』が妙な動きをしていることに気づいて杖を構える。


「させませんよぉ。【姉雷矢】!」

「くぅっ!」


 リリアの肩に雷の矢が突き刺さる。しかしリリアはそれでも倒れることはなかった。


「【弟想姉念】!!」


 肩に刺さった雷の矢を引き抜き【弟想姉念】を発動する。


「これが私の全力全開!!」


 雨の下にあったリリアの姿が忽然と消える。それはミレイジュが目で追える速さではなかった。


「っ! どこに……はっ」

「私はここにいる」


 声がした方に振り向くと、すでにリリアが構えている所だった。


「【姉弾——】」

「『姉爆——』」

「【——破槌】!!」


 ミレイジュが魔法を発動するよりも速く、リリアの【姉弾】がミレイジュに命中する。吹き飛ぶミレイジュにリリアはすかさず追撃を仕掛ける。


(今のはもろに入った。この隙に畳み掛ける!!)


 リリアは一呼吸の間にミレイジュに追いつくと怒涛の連撃を仕掛ける。『姉力』の全てを使い尽くしても構わないとありったけの『姉力』を拳に込めての攻撃。だが、ミレイジュはそう易々と流れを渡すようなことはしなかった。


「【姉光縛】」

「っ!」


 リリアの右腕に光の鎖が巻き付く。それは【弟想姉念】を発動した状態のリリアでも引きちぎることができないほどの硬さだった。


「私の一瞬の隙をついての連撃……悪くはなかったですけどぉ。それでもまだ私には届きませんよぉ」


 光の鎖に振り回され、リリアは地面に叩きつけられる。大きなダメージこそなかったが、それでもリリアが掴みかけていた流れを断ち切られてしまった。ミレイジュは地面に叩きつけたリリアに向けて再び【姉雷矢】を放つ。素早く起き上がったリリアはかろうじて直撃を避けた。

 そしてリリアとミレイジュは再び向き合う形となった。しかし、その姿は対象的だ。


「はぁ、はぁ……」

「ずいぶんと疲れてますねぇ」


 荒い息を吐くリリアに対してミレイジュは無傷だった。そう、リリアの【弟想姉念】状態の攻撃でもミレイジュの【姉鎧】を突破することはできなかったのだ。しかし【姉鎧】の方はまったく無傷だったわけではない。所々に罅が入っていた。それもミレイジュが『姉力』を注げばすぐに修復されてしまうのだが。


「ここまで【姉鎧】にダメージを与えられたのは久しぶりですぅ。でもそれだけ。私は無傷のままですよぉ」

「そう……でも、その【姉鎧】も絶対じゃなかったってわかっただけ収穫ね」

「その収穫を得るためにリリアさんは全力を出したみたいですけどぉ。この先はあるんですかぁ?」

「さぁ?」


 はぐらかしたリリアだったが、正直に言ってしまえば手段は無いに等しかった。とっさに【弟想姉念】を解除したため『姉力』はまだ残っていたが、それもそう多くはない。だがそれでもリリアは諦めてはいなかった。


「その目……」

「目?」

「まだ勝負を諦めてないその目。その目をしているうちは……私は油断しませんよぉ。たとえ言葉が全てはったりだったとしてもぉ。私は全力を尽くしますぅ」


 ミレイジュの背後に六つの魔法陣が展開される。


「この一撃は防げませんよぉ——『姉焔爆槍』」


 生み出されるのは六つの炎槍。一つ一つが必殺の威力を誇る魔法だ。


「ショットッ!!」


 ミレイジュの言葉と共に炎槍がリリアに襲いかかる。


「くっ!」


 避けるリリアだが、炎槍は一直線に動くわけではない。ミレイジュの意のままに動き、リリアに襲いかかる。迎撃することもできず、リリアは徐々に追い詰められていった。

 ミレイジュは六つの炎槍をさらに加速させ攻勢を強める。かろうじて避け続けていたリリアだったが、ついに姿勢を崩してしまう。

 その隙を見逃すミレイジュではなかった。


「終わりですぅ」




 とっさに【姉障壁】を展開するリリアだが【姉障壁】は炎槍の前にもろく崩れ去り、そして——。


「っ!」

「爆!」


 巨大な爆発がリリアのことを呑み込んだ。


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