第122話 勝者と敗者

 リリアの【姉獅堕とし】をまともにくらったセルジュは飛ぶ力を失い、地に叩きつけられる。『魔物憑依』の状態を維持することもできなくなり。膨れ上がっていたセルジュの肉体は元の大きさへと戻る。しかしその肉体は元の状態と同じとは言えなかった。四肢はあらぬ方向に曲がり、肉は裂け、とめどなく血が流れ続けている。肉体の中に魔物を押し留め続けていた代償だ。セルジュの中に残っていた魔物は弾き出されているが動く気配はない。すでに骸となっていたからだ。

 リリアの一撃はセルジュのみならず、セルジュの中にいた魔物にもダメージを与えたのだ。


「はぁ……はぁ……くっ」


 着地したリリアは息を吐きながら地に膝をつく。大きな怪我こそしていないものの、その疲労は並大抵のものではなかった。気を抜けば今にも気を失ってしまいそうな、そんなギリギリの状態だった。


(これが……これが【弟想姉念】の代償。もう『姉力』が欠片も残ってない。体を動かすのも辛い……でも、まだ終わってない。ここで倒れるわけにはいかない)


 倒れ込みたい欲求を意思の力でねじ伏せて、リリアは地面に倒れ伏すセルジュの元へと向かう。セルジュにはまだ辛うじて意識が残っていた。


「は……はは、すご……いね、お姉……さん。まさ、か。ぼ……僕に、勝つなんて……」

「……ふん、そっちこそ。前回はそうとう手を抜いてたのね。ずいぶんと舐められたものだわ」

「そ、そんなつもりは……なかった、んだけど……ぐぅ」


 喋ったことで傷が痛んだのか、セルジュは顔を顰める。セルジュの傷は相当深い。流れ出る血の多さがそれを物語っていた。


「あぁ……くや……しいな。勝ち……たかったのに」

「誰だって同じよ。魔族も人もね。負けたい人なんていない」

「はは……そうだね。いう……通りだ。さぁ、止めを……さしなよ。お姉さんには……その、権利がある」

「…………」


 リリアはセルジュのその言葉に答えることはなく、腰に付けていた短剣を取り出す。セルジュの言う通り、止めをさすために。

 セルジュとリリアの戦いは、勝って嬉しい負けて悔しい試合とは違う。互いの命を懸けた真剣勝負だ。つまり、敗北者であるセルジュの生殺与奪はリリアが握っているのだ。リリアもセルジュも、それをわかったうえで勝負を始めた。だからこそ、セルジュは止めを差そうとするリリアのことを受け入れる。

 もしも立場が逆であったならばリリアも同じだっただろう。


「あなたのその潔さは、認めてあげる」

「はは、どうも……でも……早く、してくれると……助かるかな。痛くて……さ」

「わかったわ」


 ふらつく足でセルジュの元までたどり着いたリリアは短剣を振りかぶる。


「さようなら」


 短く別れを告げ、リリアはセルジュに向けて短剣を振り下ろした。

 が、しかし——


「っ!?」


 セルジュに突き刺さるはずだった短剣は突如セルジュの目の前に現れたワープゲートに吸い込まれる。そして、そのワープゲートが次に開いたのはリリアの頭上。リリアは咄嗟に短剣を引いてセルジュから距離を取る。


 後少し短剣を引くのが遅かったらリリアの脳天に短剣が突き刺さっていただろう。


(セルジュが何かした? いや違う。そんなことをする余力は残ってなかったはず。それにセルジュはこの後に及んで騙すような性格じゃないはず。つまり……第三者がいる!)


 鋭い殺気を感じたリリアはジャンプしてその場から退く。その直後、そこに雷が突き刺さった。跳び退いたリリアは着地に失敗し地面を転がる結果となってしまったが、それでも攻撃の直撃は避けられた。


「いったい何が……っ!」


 セルジュへ視線をやったリリアは、セルジュの前にローブを被った人物が立っていることに気づく。その人物はゆっくり屈むと気を失っているセルジュの頬をそっと優しく撫でる。


「あぁこんなに怪我をして……痛かったでしょう」


 トン、と地面を軽く叩くとセルジュの体がゆっくり沈んでいく。リリアの短剣の時と同様に、今度はセルジュの体をワープゲートでどこかへと運んだのだろう。

 リリアの邪魔をして、セルジュを助けた。つまり、単純な話で言えばローブの人物はリリアの敵だということだ。


「ずいぶんと、惨いことをしてくれますねぇ」

「……そっちこそ、せっかく決着をつけれそうだったのに。邪魔しないでくれるかしら」

「それはそっちの道理でしょう。誰だって邪魔しますよぉ。ねぇ、リリアさん」

「っ! どうして」

「そりゃもちろん知ってますよ」


 そう言ってゆっくりとローブを脱ぎ始める。そうして目の前に現れた人を見て、リリアは息を呑む。後ろでタマナが驚いているのがリリアにもわかった。


「ミレイ……ジュ?」


 そこに立っていたのは、自称天才魔法使いで、リリアにとって数少ない友人の一人であるミレイジュだった。


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