第121話 三十秒の戦い

 『魔物憑依・バーストモード』。セルジュが体内に取り込んだ魔物の制御を解放し、暴走状態へと移行した姿。体内にひしめく数十体の魔物が暴れ狂い、セルジュの肉体の支配権を奪わんとせめぎ合っている。

 もはやセルジュの肉体はセルジュの意思では動かせなくなっていた。


(こうなったらもう僕の意思ではどうにもできない。全てを破壊して破壊して……僕が死ぬまで暴走して終わりだ)


 自分が死ぬということがわかっていてもセルジュは暴走することを選んだ。全てはリリアに勝利するために。それだけの覚悟がセルジュにはあった。


(暴走状態に入った僕を止めれる存在なんていない……それなのに、そのはずなのに。なんであのお姉さんはあんなに冷静な態度でいることができるんだ)


 それだけがセルジュにとって唯一の懸念点だったが、もはやどうすることもできない。セルジュには最早、事態の成り行きを見守ることしかできないのだから。




「【弟想姉念】」


 リリアの中でスイッチが切り替わる。全身を押しつぶさんばかりの『姉力』が満ちる。


(この状態ならあれとも戦える……でも、冷静に考えてこの状態を保てるのは三十秒が限界。それ以上は持たない)


 三十秒。普通に戦うのであればあまりにも心もとない時間だ。しかしそれでもリリアは不敵に笑みを浮かべる。


「三十秒しか持たないなら。三十秒で決着をつけるだけ。簡単な話よね」


 動き出したのはリリアが先だった。踏み込んだその瞬間にはもうセルジュの懐に飛び込んでいた。


「っ!?」

「——はぁっ!!」


 リリアの右拳がセルジュの腹にめり込む。通常に人間であればこの一撃だけで爆散してもおかしくないほどの威力。さきほどまでのセルジュであればこの一撃で終わっていただろう。しかし今のセルジュはセルジュであってセルジュでない。人を超えた反応速度で腹部にゴーレムの特徴を展開させ、防御力を引き上げた。そして受けたダメージはドリアードの再生力を持って一瞬で回復。リリアからの攻撃は刹那の間に無に帰した。


(とんでもない速さの回復。普通のパンチじゃ効果は薄いか)


 殴った手応えでリリアはセルジュに普通の攻撃が通用しないことを悟った。しかしそんなリリアの思考はセルジュが右腕を振るう姿を見て中断された。炎を纏った鞭の右腕がリリアに襲いかかる。先ほどまでは繊細な動きなど微塵もなかったが、今は違う。まるで右腕に意思が宿っているかのようにリリアのことを追尾してくる。


(さっきまでと比べ物にならないほど速い。このままじゃ避け切るのも難しい。でもだからって不用意に触るわけにも……いや、違う。逃げてる時間はない。多少強引にでもいく)


 リリアは覚悟を決めた。右腕の速度は目でとらえることなど不可能な速さにまで至っていたが、今のリリアならば見ることができる。右腕が自分直撃するその刹那。リリアはそれを掴みとった。燃え盛る右腕を掴み取ったリリア。普通であればリリアの右腕が燃えるはずなのだが、そうはならなかった。リリアは余りある『姉力』を掴み取った腕へと集中させることで守ったのだ。


「っぅ……お、らぁっっ!!」


 それでも熱いものは熱い。あまりの熱量にリリアは顔を顰めながらも気合いと根性で熱さをねじ伏せる。そしてそのまま一本背負いの要領で投げ飛ばす。

 それでもセルジュにはダメージは入らなかった。セルジュはすぐさま起き上がり、掴まれたままの右腕を切り離した。代わりに左手と同じものをすぐに生やした。巨大な岩と棘の腕。振り回されるだけで大地が割れる。

 リリアのことを質量で押しつぶそうと肉薄してくる。その両腕の脅威を見ながらもリリアは距離を取るという選択肢を選ばなかった。正確には、そんな時間はなかった。


(残り十五秒。避けてる時間はない……となれば、受けて立つ!)


 リリアは拳に『姉力』を集中させる。それは最早鋼鉄といって差支えないほどの強度へと至っていた。


「うオォオオおおオオオッっ!!!」

「はぁあああああっっ!!」


 超至近距離でのインファイト。リリアは一歩も引くことなく殴り合う。岩でできていようが、棘が生えていようが関係ない。リリアの拳には傷一つついていなかった。むしろ打ち合っているセルジュの腕の方が先に崩壊を始めていた。

 とはいえ、リリアにも余裕はない。圧倒的攻撃力と手数でセルジュを圧倒してはいるが、そうしている間にもリリアにタイムリミットは迫っていた。セルジュも打ち負けてはいるものの、耐久力と回復力で食らいついている。

 残り時間は約十秒。このままリリアが押し切れるか否か、ギリギリの瀬戸際だった。


(攻撃力で速度でも勝ってる……でもこの回復力。これだけは厄介過ぎる。圧倒的な一撃で倒すしかないけど……今から【姉弾】を溜めてる時間もない。となれば【姉弾】以外の強力な一撃。あるとすれば一つだけ。でももしこれで仕留められなかったら……いいえ違う。仕留める。絶対に!!)


 キッと眦を釣り上げたリリアはセルジュの両腕のベクトルをずらして地面に叩きつけ、さらに上から踏みつけて砕く。そして高く跳んで足に『姉力』を集中させる。


「っ?!」

「終わりよ」


 空を蹴るリリア。それを見たセルジュは背中の翼を使って飛び上がる。砕けた両腕ではなく、額の角で迎撃しようとしたのだ。その角は様々な魔物の骨を融合させて作ったもの。強度も鋭利さも並大抵のものではなかった。

 だがリリアは止まらない。止まるはずが無い。空中で姿勢を整え、叫ぶ。


「あァアアアアアアああアアアアッッ!!」

「【姉獅堕とし】!!!」


 『姉力』によって強化した右足を使った踵落とし。その一撃はセルジュの角を打ち砕き、そしてそのまま額へと命中した。


「ガッ……」


 渾身の一撃を受けてセルジュは飛ぶ力を失い、そのまま地に落ちて行くのだった。

 こうして三十秒の戦いはリリアの勝利で終わったのだった。


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