第80話 ガルの苦悩
ハルトが《勇者》であると知った翌日。ガルは一人で項垂れていた。
(信じられない……信じたくないでも、あれは間違いなくハルト君だった)
協力者によってもたらされたのはガルにとって悪夢のような情報だった。ガルにとって初めての友人が、ガル達魔王軍の標的である《勇者》だった。これを知ったガルの苦悩は計り知れない。夜は一睡もできなかったほどだ。
「どうしようって……どうしようもないよね。僕にできることなんて何もないんだから」
たとえガルがハルトと戦うことを拒んだところで、魔王軍の決定を覆せるはずもなく、なにより兄であるガドがそんなガルのことを許さないだろう。魔王軍にもガドにもガルは逆らうことはできない。つまり、ガルにはただ全ての結果を受け入れることしかできないのだ。
「神様はきっと、僕のことが嫌いなんだろうな」
天を仰ぎながらガルは呟く。ガルにとって人生とは苦難の連続だった。幼い頃に両親を亡くし、ガドと共に生きてきた。生きるためならなんでもしてきた。窃盗も、殺人も……そうすることでしか生きれなかったから。
「……違うか。これはきっと罰なんだ。生きるために手を汚すこともいとわなかった僕への。父さんと母さんの願いも叶えることができてないんだから」
死の間際、両親がガルに願ったのは「他人を思える優しい人になりなさい」というものだった。しかしガルはそんな両親の願いに反して、他者を傷つける人間になってしまった。
「こんな僕が何かを願うことなんて、許されるはずなかったんだ。神様を恨むのは筋違いってやつだよね」
自分のしてきたことを思えば当然の報いなのだとガルは自嘲気味に笑う。
「おいガル、てめぇ家の中にいねぇと思ったらこんな所にいやがったのか」
「っ! に、兄さん……どうかしたの?」
不意にガドに声を掛けられたことに驚いたガルは慌てて立ち上がる。ガドはそんなハルの様子を見てつまらなさそうに鼻を鳴らして、肩に担いでいた人をゴミでも捨てるかのように放り投げる。
「ちょ、兄さん!」
「それどっか適当に捨ててこい。ふぁ~、んじゃあ俺は寝るからよ、起こすんじゃねぇぞ。それ捨ててくるついでに飯も買ってこい」
「あ……」
ガルが呼び止める暇もなくガドはさっさと家の中に戻ってしまう。残されたのはガルと投げ捨てられた人だけだった。ガドが放り投げたのは女性だった。兄であるガドとそう変わらない年齢であろう女性。しかし着衣は乱れ、顔も体も傷だらけだった。
この女性は情婦だ。この裏路地、王都の闇ともいえる場所に住んでいて体を売ることで日銭を稼いで生きている。ガドは自らの獣欲に従って、そんな女性に金をちらつかせ家へと連れ込んだのだ。だからこそガルは家の外に出ていたわけなのだが。
そしてガドが女性に金を払うはずもなく、自らの欲望だけを満たしてガルに捨ててこいと命じたのだ。
ガルはガドに命じられた通り、女性を連れて家から離れた場所へと赴く。家から十分に離れたことを確認したガルはその場に意識を失った女性をそっと降ろす。
「あ……う……」
意識を失っていてもガドにつけられた傷が痛むのか、女性は小さく呻き続けている。
「ごめんなさい……」
ガルはせめてと女性の着衣を直し、自らの上着を女性にかける。そして、自らの《付与士》としてのスキルを女性にかける。
「【治癒力促進】【治癒力強化】」
《治癒士》ではないガルに女性の傷を治すことはできない。だからこそこれができる精一杯だった。後は女性の自己治癒力に賭けるしかない。しかし望みが薄いことはわかりきっている。ガドにつけられた傷は多く、普通ならば即診療所行きだ。だからこそこの行為はガルにとってただの自己満足でしかなかった。
ガルは女性の近くに自分の持つお金を置いて、その場を立ち去ろうとする。しかし、そんなガルの背後に人の気配。今度はガドではないことはわかりきっていた。
ガルが振り返ると、そこには三人の男性が立っていた。いずれもこの裏路地に住んでいる人間のようで、決して良い身なりとは言えなかった。聞くまでもなくその目的もわかり切っている。それでもガルは聞いた。
「何か用ですか?」
「おうおう兄ちゃん、ずいぶん派手に楽しんだみてぇじゃねぇか」
「へへへ、大人しそうな顔してよぉ」
「俺らも混ぜてくれよ」
「……残念ですが、僕があなた達にしてあげられることは何もありません。帰ってください」
「おいおい、そりゃねぇだろうよぉ」
「できることならあるだろ? その金を置いて行くとかな」
もとより男達の目的などわかりきっていた。ガルの持つ金、そして女性の近くに置いた金だ。自分よりも大きい体躯の男三人にガルは囲まれる。男はすでに金を手に入れた後のことを考えているのか、下卑た笑い顔でガルに近づいて来る。
ガルが俯いてしまったのを見て、怖がっているのだと思った男達は無造作にガルに近づき、手を伸ばす。
「……ごめんなさい」
「お前なに言って——え?」
男の言葉は途中で遮られる。自分の右手首から先が、無くなっていることに気付いたから。
「あ、え……なんで……ギャアアアアアアアアッ!」
困惑していた男だったが、焼けつくような痛みが手首から先が無いのが現実だと訴え男は悲鳴を上げて転がる。
「て、てめぇ何しやがった!」
「この野郎、ぶっ殺してやる!」
残った男達が慌てだすがその時にはもうすでに遅かった。
「本当にごめんなさい。無力な僕を許してください」
そう言って顔を上げたガルは無表情で、その瞳には何の感情も浮かんでいなかった。
そしてその直後、路地裏に男達の悲鳴が響き渡った。
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