第49話 リリアvsハルト 後編

 リオンを手にしたハルトは、体の内から力が湧き上がってくるのを感じていた。自分一人であった時とは比べ物にならないほどの力だ。

 しかし、それでもハルトはリリアに勝てるビジョンが全く浮かばなかった。泰然と木剣を構えるリリアを打ち崩すにはどうすればいいのか必死に考えるハルト。

 リリアはハルトが動くのを待っているのか、動く気配は無い。


「いくよリオン」

『うむ、奴に目にものを見せてやるのじゃ!』

「ふぅ……呼び覚ませ、第一の力『憤怒の竜剣』!」


 ゴウッとハルトの体から炎が巻き上がる。それはやがて剣へと収束し、剣身を赤く染め上げる。元から持っていた剣を捨てて【カサルティリオ】のみを構えるハルト。

 そしてハルトは一気にリリアに向けて踏み込む。【カサルティリオ】によって強化された力が彼我の距離を一瞬で零にする。


「はぁあああああっ!」


 今度は先ほどとは違う。一切の躊躇のない攻撃。当たればリリアも無事ではすまない攻撃だ。そう、当たれば、の話だ。

 リリアはハルトの渾身の一撃を軽く身を捩るだけで躱す。そしてがら空きになった胴に向けて木剣を叩き込む。


「がはっ!」

『主様っ!』


 ゴロゴロと地面を転がるハルト。体を強化されているがゆえに、それほどのダメージではなかったものの、それでも確かに痛みはある。


「今のが実戦なら……ハル君はもう生きてないよ」

「っ……はぁあああああっ!」

「感情的になっちゃダメって教えなかった?」


 起き上がったハルトは再びリリアに向かって攻撃を仕掛ける。先ほどよりも速い動き……しかしそれだけだ。速いだけの攻撃など容易く避けられる。連続で攻撃するハルトだが、リリアはそれを躱し、いなし、ハルトの攻撃を無力化していく。


「強化されてるせいかな、いつもよりも動きが雑になってるよ。速いだけの攻撃、威力があるだけの攻撃。そんなのは怖くない。当たらなければ意味が無いから。もっとちゃんと相手の動きを見て。自分の力に振り回されないで」


(まぁ、力に振り回されてるのは私も同じなんだけどね)


 リリアは自分の持つ『姉力』のことを考えて内心自嘲する。ハルトに力に振り回されるなと言っておきながら、リリア自身もまた『姉力』を扱いきれてはいないのだから。


「確かにハル君のその力は強力だよ。でも、この世界にはもっと強い人がいくらでもいる」


 エクレアやミレイジュのことを思い出しながらリリアは言う。彼女達はリリアよりも強い存在だ。エクレアは言うまでもなく、ミレイジュもまた全力を出していないことをリリアは感じていた。もしミレイジュが本気を出したらリリアでも勝てるかどうか……それはわからない。リリアがまだ出会ったことがないだけで、リリア程度の実力者などシスティリア王国内にもまだまだいるだろう。世界にまで目をむければなおのことだ。魔王の軍勢にエクレアと同程度の実力者がいる可能性もあるのだ。


「リオンの力だけに頼らないで。自分自身で学んだことをちゃんと思い出して」


 ハルトに聞かせるようにいいながら、リリアはその言葉を自分自身にも刻み込む。これはハルトの訓練であると同時に、リリアの訓練でもあるのだ。今回、リリアはいつもハルトと訓練する時にはつけている動きや魔力を制限する腕輪をつけていない。今回だけはハルトを全力で倒すつもりだった。


(さっきハル君を木剣で殴った時の感覚……思った以上に硬かった。もっともっとしっかり魔力を練らないと)


 ハルトと撃ち合いながらリリアは魔力をより練り上げていく。やろうと思うのは簡単だが、実戦するのは難しい行動だ。魔力を練るのは集中力を使う。攻撃を躱しながらではなかなか集中するのも難しいからだ。

 それに、今のハルトと正面から撃ち合うことは難しかった。リリアの持つ木剣では、ハルトの持つ『カサルティリオ』とまともに撃ち合った瞬間に折れてしまうからだ。そういったことに注意を払いながらリリアは魔力を練っているのだ。


(魔力……練り上げる。硬化することをイメージして、木剣に纏わせる)


 そんなリリアと相対しているハルトは、リリアが何かしようとしていることには気付いていた。しかしそれを止めることはできない。ハルトにできるのは攻撃の手を緩めないことだけだ。

 【カサルティリオ】の第一の力『憤怒の竜剣』は能力はハルトの身体能力の大幅な向上と圧倒的攻撃力の付与だ。今のハルトの身体能力はリリアを凌駕する。しかし、それでもハルトはリリアのことを捉えることができない。リリアの言う通り、向上した身体能力に振り回されているということもあるが、ハルトには実戦経験が足りていなかった。相手の崩し方がわからなかったのだ。

 そんなハルトにリオンが助言する。


『主様、リリアの動きを良く見るのじゃ。妾の力で強化されておるのは視力もじゃ。今の主様はその気になればリリアの動きの全てを見ることができるはずじゃ』


(動きを見る? そんなのずっとやってるけど……)


『ただ見るのではない。人には必ず癖がある。攻撃の躱し方一つとってもそうじゃ。その癖を見つけるのじゃ。特にやつは今何やら別のことに集中しておる。そうなればより顕著に癖が現れるはずじゃ』


 リオンの言葉を受けたハルトは先ほどまでよりも集中してリリアの動きを見る。その間も攻撃の手は緩めない。それはハルトの負けを意味するからだ。そうしているうちにハルトは気付いた、リリアの癖に。攻撃の躱し方だけだが、ハルトは確かにリリアの躱し方の癖を見つけた。ハルトの攻撃が浅かった時、リリアは右に避けるでも左に避けるでもなく、必ず半歩後ろに身を引くのだ。

 ならばすることは簡単だ。ハルトはわざと浅く攻撃をしてリリアが後ろに引くのを確認する。


「今だ!」

「っ!」


 そのタイミングでハルトはさらに深く踏み込んだ。その攻撃に初めてリリアは驚いたような表情をする。確実な、避けれないタイミングでの攻撃。勝利を確信するハルト、しかしそれでもリリアはハルトよりも強かった。何よりも、経験で勝っていた。

 上段から振り下ろされる剣を、リリアは木剣で正面から受け止めた。


「え!?」

「今の一撃は良かったよ。でも、つめが甘かったね」


 ハルトが癖を見抜くよりも早く、リリアは魔力を硬化させて木剣に纏わせることに成功していた。それでもジリジリと斬られていくリリアの木剣だが、少しでも動きを止めることができればリリアの勝ちだ。


「『空風花』」


 ハルトの力を利用して、リリアはハルトを吹き飛ばす。そし宙に浮いたハルトにリリアは追撃を仕掛ける。


「ごめんね、ハル君……歯を食いしばって」

「あ、がっ……」


 直後、ハルトの体を貫く衝撃。自分が地面に叩きつけられたのだと気付く前に、ハルトの意識は闇へと落ちて行くのだった。



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