第23話 魔力共鳴

 リリアとハルトが朝の鍛練に出てから三十分ほど、リリア達はずっと走り続けていた。その速さは普通に走るよりもずっと速く、現代日本で言うならば自転車に乗っているほどの速さでハルト達は走り続けていた。

 もちろん、普通に走ってそれだけの速さを出せるはずもなく魔力を全身に纏わせることでそれだけの速さで走ることを可能としていた。


「……ハァ、ハァ……」

「ハル君、ペースが落ちてるわよ」

「う、うん」


 ハルトとリリアがしていることは簡単ではあるのだが、それほど楽なことではなかった。普通の人は魔力を常時纏ったまま走るということはしない。ずっと魔力を纏い続けたままでは消費も激しく、見た目以上にツラいのだ。それでもハルトとリリアがこれを続けているのは、魔力の消費効率を少しでも上げるためだ。走っているなかで、少しでも無駄を減らし長時間戦えるようにする。それが目的だ。

 同じように魔力を纏い、同じペースで走り続けているハルトとリリアだがその表情は対照的だ。ハルトはツラそうな表情で、必死にリリアについて言っているのに対しリリアはいつものように澄ました表情で走り続けている。しかし、実際の所はリリア自身も相当キツイと思っていた。リリアはハルトと同じように走りながら、さらに重しをつけて負荷をかけているのだ。なぜそんなことをしているのかといえば、ハルトが辛い思いをしているのに自分だけ楽をしているわけにはいかないというリリアの自己満足なのだが。

 ハルトに一つ辛い訓練をさせるなら、その二倍も三倍も辛い訓練をするとリリアは自分で決めているのだ。

 ツラいと感じている表情を表に出さないのは弟より先に音を上げるわけにはいかないという姉としての意地だ。

 そんなハルト達が走ってどこに向かっているのかといえば、王都を出て少し離れた場所にある人気の少ない野原だ。周囲に障害物はなく、人もいない。まさに訓練するにはうってつけの場所だった。


「この辺で大丈夫かしらね」

「……きょ、今日はここ訓練するの?」

「えぇ、そうしましょう。ちょうどいい広さだし。ハル君、まだ休んじゃダメ」

「あ、うん、わかった」


 走るのを止めた途端に腰を下ろして休憩しようとしたハルトを止めるリリア。本当なら十分でも二十分でも膝枕をしたうえで休ませてあげたいリリアだが、その気持ちを血の滲むような思いでねじ伏せあえて厳しいことを言う。


「いつでも体力のある時に戦えるとは限らない、どれだけ疲れてたって戦わないといけない時はある。だから、そんな時でも体を動かせるように今から慣らしておくの。さ、それじゃあ軽い素振りからね。もちろん魔力は解除しちゃダメだからね。今度は木剣の方に魔力を通して」


 通常時の体力があるときでもなかなか成功しない木剣に魔力を纏わせるという行為。この体力の減った状態ではなおさらで、ハルトは魔力操作は目に見えて揺らいでいた。


「集中して。疲れてる時だからこそ、深くもっと深く。少しの魔力も無駄にしないで。ハル君ならできるはずよ」

「で、でも……」


 木剣を構えているだけでもヘロヘロになりそうだというのに、それに加えて魔力の操作まで意識しろと言われては厳しいというものだ。それでも必死にこなそうとするハルトだが、気合いだけではどうにもならないことというのもある。


「……ハル君、手を出して」

「え?」

「いいから」

「うん、わかった……」


 ハルトが手を差し出すと、その手を握ったリリアがハルトに魔力を流し始める。ハルトの魔力とリリアの魔力が混ざり合う。自分にものではない魔力の感覚に戸惑うハルトだったが、リリアの魔力は優しくハルトの体を包み、疲れで乱れていたハルトの心を落ち着ける。


「これ昔ね、お母さんが教えてくれたやり方なの」

「お母さんが?」

「そう。疲れてて魔力の操作が全然できなかった時に同じことをしてくれて……ほら、これでどうかな」

「え? ……あ」


 ハルトはリリアに言われて気付いた。先ほどまで乱れていた魔力の操作が格段に安定しているということに。ハルト一人では安定していなかった木剣に魔力を纏わせるということも今は驚くほど安定している。


「ちょっと邪道だけどね。私が外から無理やりハル君の魔力操作に割り込んだわけだから。この感覚、忘れないでね」

「姉さんこんなことできたんだ……」

「私がっていうよりお母さんが、だけどね。でもこれ魔力の波形が似てる人同士でしかできないみたいでね。【魔力共鳴】っていうんだけど。他の人にはできないみたい。はい、それじゃあそのまま素振り」

「うん」


 言われた通りに素振りを始めるハルトを見てリリアは気付かれないように頬を緩める。ハルトはリリアに言われた通りに魔力を木剣に纏わせたまま素振りを続けている。それも体力を限界近くまで使って疲弊した状態でだ。


(やっぱりハル君には才能がある。私よりもずっと)


 昔リリアが同じことをされた時はここまで上手くはいかなかった。何度も失敗しながら、母であるマリナの協力を仰いでようやく疲れた状態での魔力の維持ができるようになったのだ。それを一度で成功させてしまったハルトを見て、嬉しさと同時に一抹の寂しさも感じてしまった。

 この調子でいけば遠からずハルトは魔力の操作を完璧にものにするだろう。剣術にしてもそれは同じだ。リリアでは教えれることに限界がある。

 強くなりたいというハルトの愚直な想いを感じ取れる。


「ハル君もやっぱり男の子なんだなぁ」

「どうかした姉さん?」

「ううん、なんでも。それよりハル君、手が止まってるよ」

「あ、ご、ごめん」

「さ、それじゃあもっともっと追い込んでいこうか。大丈夫。歩けなくなったら私が連れて帰ってあげるから」

「えっ……」


 全然大丈夫だとは思えないリリアの宣言にハルトは軽い絶望を感じながら、素振りを続けるのだった。





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 ハルトが出て行った後の部屋で、リオンは剣から抜け出て眠りこけているミスラへと近づく。


「おいお主、起きておるんじゃろう。いつまで寝たふりをしておるつもりじゃ」

「…………バレてたのね」

「それぐらいすぐにわかるのわ。妾をあまりバカにするでないぞ」

「別にバカにしたつもりはないんだけど。まぁ、あれだけ騒がれて眠り続けられる人なんてそういないと思うけどね。それで? わざわざ声を掛けてきたってことは何か用があるの?」

「なければお主に話しかけるわけなかろう」

「あら、ただの世間話でも私は歓迎よ」

「妾はお断りじゃ」

「それは残念。それで? 用ってなにかしら。まだ疲れも残ってるからできればもうひと眠りしたいんだけど。二度寝なんて王城じゃできないもの」

「お主の事情など知ったことか。しかし妾もお主とダラダラ会話をする気はない。聞かせろ、お主何を隠しておる」


 リオンは鋭い目でミスラのことを睨む。昨晩、ミスラの話を聞いた時からずっと引っかかっていた。この女は全てを話していないとそう感じていた。それをハルトがいないこのタイミングで問い詰めようとそう決めていたのだ。


「とぼけることは許さんぞ。さぁ、さっさと口を割るのじゃ」

「……ま、別にそこまで隠しておく理由もないからいいけど」


 はぁ、とため息を吐いたミスラはスッとその表情を引き締めリオンのことを見つめて言った。


「死ぬわ。このままだとパレードの日に。ハルト・オーネスは死ぬ。それが私の見たもう一つの未来よ」

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