第4話 『キャットアイ』

 獣人がやっているということで有名なお店『キャットアイ』。お店ができた当初はかなり敬遠された。獣にケーキが作れるのかと口さがない者達に言われたこともあった。しかし、それら全てを彼女達はケーキの味で黙らせた。今までのケーキの常識を壊すようなケーキ達が王都の住人のみならず、国内外のファンを魅了し続けている。


「——って、噂のケーキ屋なんです」

「常識を壊すケーキってなんだよ。ケーキはケーキだろ」

「なんでも魔物をケーキの材料に使ってるらしいですよ」

「なんじゃと、魔物を食うのか!?」

「ん、スライム、アルラウネ、グリフォンとか……色々な魔物を使ってるらしい」

「なんか一気に行く気なくなったんだが」

「最初はみんなあなたと同じように思うけど、一度食べたら病みつきになるらしい」

「大丈夫かよそれ……」

「魔物って食べられるんだね」

「普通は食べない。だから独創的で驚かれてる。他のお店が真似しようとしてもレシピがわからないから真似もできない……らしい」

「さっきかららしいらしいって、確証はないのかよ」

「それはしょうがないですよ。私も知ってるだけで行くのは初めてですし」

「私も。クラスの人が話してるのを聞いただけ」

「不安だ……この上なく」


 歩き続けることしばらく、王都の中心から少し離れた場所にそのお店はあった。猫の頭をかたどったような形のお店。額の部分に大きく『キャットアイ』と書かれている。お店の前には男女問わず様々な人が並んでいた。


「すごい人だね」

「一番繁盛する時間からはずらしたんですけど。さすがですね」

「ほー、すごいのう。これが噂の店か。楽しみじゃのう」

「ん、私も。でもしばらくは待たないといけないかも」

「まぁしょうがないよ。まだ時間はあるしゆっくり待とう。あ、でもフブキも時間は大丈夫なの?」

「学園の門限はまだ先。だから大丈夫」

「学園って門限とかあるんだ。門限破るとやっぱり厳しいの?」

「厳しい。大量の反省文を書かされたり、掃除させられたり……他にも色々やらされることになる。ハルト達にはないの?」

「ボク達は……どうなんだろ。無いと思うんだけど。言われたことないし。どうなんですかパールさん」

「ハルト君とリオンさんにはないですよ。私とイルさんにはありますけど」

「え、そうなの!?」

「そうだよ。ってか知らなかったのかよ」

「ハルト君はあくまでお客様、という立場ですから。自由に行動しても大丈夫なのですが。私はもちろんイルさんも神殿の巫女ですから。時間には厳しいですね。夕刻の鐘が鳴る前には戻っていなければいけません」

「出かける時間すら決められているとは、面倒じゃのぅ」

「でも決まりですから」

「別に出かけるような用事もないしな」

「そういえばもう一つフブキに聞きたいことがあったんだけど」

「ん、何?」

「学園で友達とかできたのかなーって、ほら、フブキってルーラにいた頃もボク達以外と遊ぶようなこともなかったし……大丈夫なのか……なんて……」


 ハルトとしてはフブキを心配しての言葉だったのだが、次第にフブキの目つきが厳しくなる。


「私のことバカにしてる?」

「いやいやいや! そういうわけじゃないって」

「バカにしてるつもりがないのが一番ムカつくけど。でも大丈夫だよ。ちゃんと友達はできたから。まぁ、一人はちょっと変な子だけど」

「変な子?」

「王族の推薦枠で入ってきた子でなんだけど、なんだかよくわかならないことを言う子なの」

「よくわからないこと?」

「本当にファンタジーだーとか。スマホの充電がーとか……変な薄っぺらい板見たいなの持ってるし。悪い子じゃないんだけどね」

「へー、ちょっと会ってみたいかも」

「ん、また機会があったらね。しばらくは王都にいるの?」

「どうなんだろ。でも、どっちにしても王都を拠点に動くことにはなると思うよ」

「そっか。それならこっちの予定次第では会えるかな」

「おい、お前ら。喋ってるのもいいけど、そろそろ順番だぞ」 


 イルに言われて前を見てみれば、並んでいた列は消化されハルト達の順番が回って来ていた。店の外見と違い、お店の中は普通の装いだった。しかしそれでも異質なのは店の店員が全員獣人であるということだろう。キョロキョロと見回していると、猫の獣人の店員の一人がハルト達の前までやって来る。


「いらっしゃいにゃせー。何名様でしょうか」

「えーと、五人です」

「五名様ですねー。お席まであんにゃいしまーす」

「ホントに獣人が店をやってるんだな」

「にゃはは。良く言われますよー。やっぱり珍しいですかねー」

「まぁ、珍しいっちゃ珍しいだろうな。あと一つ聞きたいんだが……」

「にゃんですか?」

「ホントに魔物使ってケーキ作ってるのか?」

「はい。その通りですにゃ」

「やっぱりマジなのか……」

「私達の国では普通にゃんですけどねー。魔物を食べるの。でも安心してくださいにゃ。人族の舌にも合うように改良しますにゃ。こちらがメニューですにゃ。決まったら呼んで欲しいにゃ」

「わかりました」


 おかれたメニューに目を通すハルト達。そこに書かれているメニューは今までハルト達が見てきたことがないようなものだった。


「スライムゼリーにアルラウネのケーキ。ジュエルラビットを使ったミートパイなんてのもあるんだね」

「どれもホントに魔物じゃねーか」

「ほうほう、面白いではないか。獣人が魔物を喰らうことは知っておったが、まさか甘味にまで使うとはのう。どれにするか悩むのじゃ」

「私は……グリフォンの尾羽根を使ったロールケーキにします」

「私はマンドラゴラタルトかな」

「ボクはそうだなぁ……スノーウルフケーキかな」

「オ……私はこのスライムゼリーでいい。一番マシそうだ」

「うーむ……妾は……本日のおススメとやらにしてみるのじゃ」


 期待と不安を胸に注文するハルト達。名前からどんな魔物を使っているのかということはわかるものの、その味はまったく想像も及びつかない。

 注文してからほどなくして、それぞれの頼んだケーキが並ぶ。


「こちらがグリフォンの尾羽根を使ったロールケーキ、マンドラゴラタルト、スノーウルフケーキ、スライムゼリー……そして、本日のおススメですにゃ」

「これは……」

「なんていうか……」

「普通?」

「だな」

「普通なのじゃ」


 どんなものが出てくるのかと思っていたハルト達だったが、意外なことに出てきたケーキはハルト達が良く知る普通のケーキとほとんど変わらない見た目をしていた。身構えていたハルト達としてはある意味肩透かしである。


「にゃはは。もっとグロテスクだと思ったかにゃ?」

「そこまでは……でも、もっと変わってるのかなとは思いました」

「見た目は確かに普通かもしれにゃいけど。味はそんじょそこらのケーキとは違うのにゃ。そこは期待して欲しいのにゃ」

「して、妾のこのケーキはなんなのじゃ?」

「本日のおススメはゴルゴンの毒液を使ったムースにゃ」

「ゴルゴンの毒液!?」

「それ猛毒じゃねーか!」

「大丈夫にゃ。ちゃんと毒は中和してあるのにゃ。それじゃあゆっくり楽しいで欲しいにゃ」


 ハルト達の心配をよそににゃははと手を振って去っていく店員。ハルト達は目の前のケーキをジッと見つめ、フォークを手に取る。


「それじゃあ、食べて見よっか」

「そうだな。このままジッとしててもしょうがねぇし」

「どんな味か楽しみ」

「ちょっと怖いですけどね」

「それではいたたくのじゃ!」


 それぞれのケーキに思い切って手を付けるハルト達。そして、一口食べた瞬間。ハルト達はカッと目を見開いた。


「「「「「っ!!?」」」」」


 ハルトが食べたのはスノーウルフのケーキだった。スノーウルフは珍しい草食の狼で雪山に住む魔物である。雪山に住むという特性上、食料が見つけられないこともあるスノーウルフはその体毛に栄養をため込む性質がある。つまり、その体毛にこそスノーウルフのうまみが詰まっているのだ。このケーキはその栄養をため込んだ体毛を使ったケーキであり、今まで食べたことのないような柔らかいフワフワとした食感。そしてその中に濃縮された旨味がハルトの口の中に広がった。


「すっごく美味しいよこれ!」

「これも……まさかこんなに美味しいとは思ってなかった」

「スライムって気持ち悪いだけだと思ってたんだが……これから見る目が変わりそうだ」

「グリフォンの尾羽根にこんな活用法があったなんて思いもしませんでした」

「ぬはははは! 口の中がパチパチするのじゃ! 美味いのじゃ、面白いのじゃ!」


 喋っている時間すら惜しいと言わんばかりにハルト達はケーキを無心で食べ続ける。食べれば食べるほど深まっていく旨味にハルト達は完全に魅了されていた。気付けばあっという間にハルト達はケーキを食べ終えていた。


「これは今まで来なかったのがもったいないくらいですね」

「本当に。また友達と一緒に来よう」

「魔物がケーキになるなんて想像もできなかったけど。美味しいものなんだね」

「スライムがこんなに美味いとは思ってもなかったな」

「主様よ。ゴルゴンじゃ、ゴルゴンを狩りつくすのじゃ!」

「いやさすがにゴルゴンにはボクじゃまだ勝てないよ。でもそんなに美味しかったんだ。そっちも食べてみたかったかも。あ、そうだ。エクレアさんに持って帰るケーキここのにしましょう」

「そうですね。これならエクレアさんも満足してくれるはずです」

「エクレア……って、あの【紫電】の《勇者》様? 知り合いなの?」

「うん。ついこの間ね。色々と学べたらいいなって思ってるよ」


 この店の味であればエクレアのことも満足させることができるだろうとハルトは思い、さっそく持ち帰り分のケーキを頼む。本当ならリリアの分も頼みたいところだが、リリアが帰って来るのは早くても明日。そこまでケーキの鮮度が持たないと思って諦める。

 外ではまだ並んでる人もいたので、ハルト達は持ち帰り分だけ受け取って店を出る。


「ありがとうございにゃしたー。にゃたのお越しをー」

「うむ。また来るのじゃ!」

「そろそろ時間かな。私ここで帰るね」

「もう行くの?」

「うん。今日中にやっておきたいことがあるから。ケーキ美味しかったありがとね」

「ううん。ボクも話せて嬉しかったよ。それじゃあまたね」

「ん、また。ハルトも……何があったか詳しくは聞かないけど、無理はしないでね」

「っ! ……うん、ありがとう。気を付けるよ」

「それじゃあまた」


 そうしてハルトはフブキと分かれ、ハルト達もまた神殿へと戻った。


「今日は買い物を手伝っていただいてありがとうございました」

「いえ、ボク達こそ王都を色々案内してもらって助かりました」

「うむ、なかなか楽しかったぞ。褒めるのじゃ」

「お役に立てたならよかったです。それではまた何か御用があればいつでも言ってくださいね」

「はい。ありがとうございます」

「それじゃあオレも部屋に戻るな」

「あ、イルさん」

「なんだよ」

「また一緒に行こうね」

「……考えといてやるよ」

「なんじゃあやつは素直じゃないのう」

「あれでこそイルさんって感じもするけどね」


 そしてその後、ハルトはお土産のケーキを持ってエクレアの元へと向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る