第2話 思いがけぬ再会
三十分後、ハルトはリオンと共に神殿の入口へとやって来ていた。
「おでかけじゃ、おでかけじゃ。楽しみじゃのう、主様よ!」
「そうだね。そうだリオン、ずっと気になってたんだけどさ」
「ん、なんじゃ?」
「どうしてボクのこと主様って呼ぶの? 前はそんな風に言ってなかったのに」
「なぜと聞かれてもな。主様は主様じゃからな」
「ボクと契約したからってこと?」
「そういうことじゃ。妾が主様と呼ぶことに何か不都合でもあるのか?」
「いやその……そういうわけじゃないんだけどね」
ハルトやイル達はリオンが剣精霊であるということを知っている。そしてハルトと契約を結んでいるということも。しかし、街にいる人々はそうではない。リオンの見た目は子供のように見える。そんな子に主様と呼ばせて変な目で見られないか、それがハルトには気がかりだったのだ。
「ふむ、変な主様じゃのう。それよりもそのパールとやらとイルはまだ来んのか」
「まだ約束の時間まで少しあるしね。そんなに焦らなくても街は逃げないからだ丈夫だよ」
「それはそうなのじゃが……」
「すいません、お待たせしました!」
その時、ちょうどパールが小走りで近づいてきた。街に行くからか、その服装は巫女服ではなく私服へと変わっていた。
「少し用意に時間かかっちゃって」
「あぁいえ、ボク達も今来たところですから」
「じー…………」
「あ、あの……何か?」
「気をつけよ主様。この女、メスの雰囲気を出しておるぞ」
「えっ!?」
「ちょ、リオン! 何言ってるのさ!」
「しかし主様よ。番いでもない男と出かけるのにめかしこむ女など信用ならんぞ」
「そういうこと言わないの! す、すいませんパールさん」
「い、いえ。気にしないでください」
警戒するようにパールのことを睨むリオンのことを窘めながら、ハルトはイルが到着するのを待つ。イルがやって来たのはそのすぐ後のことだった。その服装は私服ではなく、神殿から与えられた服をそのまま着ていた。
「見よ主様、あぁいうのが普通の恰好なのじゃ」
「何の話だ?」
「ご、ごめんイルさん。気にしないで。リオンももう余計なこと言わないで」
「? まぁなんでもいいけどよ。それで今日は何するんだ?」
「とりあえずはパールさんの買い物を手伝うのと……リオンは何か見たい物とかあるの?」
「そうじゃのう。とりあえずは食事じゃな。王都で流行っておるものを食べてみたい」
「剣精霊って物食べれるんだ」
「当たり前じゃ。妾は特別じゃからのう」
「それじゃあとりあえずはそういう感じかな。イルさんは何かしたいこととかないの?」
「いや、特にはねぇよ。必要なもんもひと通りは揃ってるしな」
「そっか。それじゃあ行こうか。パールさんも今日はお願いします」
「いいえ。私のつたない知識でどこまで楽しんでもらえるかはわかりませんけど。精一杯頑張らせていただきますね」
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王都の中は様々な人であふれかえっていた。ヒトだけではない。半獣や亜人などヒト以外の種族もちらほらと見受けられる。
「これが王都か……ヒトが多いのぅ。少し見ない間に増えたもんじゃなぁ」
周囲をキョロキョロと見回しながら感心したようにリオンが呟く。ハルトの目から見ても王都の中はヒトが多かった。さすがにハルトが《神宣》を受けた時ほどではなかったが。
「あんまりキョロキョロすんなよ。オレまで田舎者だと思われるだろ」
「田舎者の何が悪いのじゃ」
「単純に恥ずかしいんだよ!」
「今はちょうど今度のハルト君のパレードに向けて商人の方々や諸外国の方たちが来ていたりしますから。そのせいということもあると思いますよ。いつもはこの時間帯ならもう少し人も少なくて歩きやすいんですけど」
「あぁ。そうなんですね」
自分のパレードが原因でここまでヒトが集まっているのかと思うハルト。パレードはまだ先だというのに今から緊張してしまいそうだった。
「おいハルト、今からパレードのことなんか気にしてんじゃねぇよ」
「そうなんだけど。人前に出るのやっぱり苦手だし」
「男のくせにいまさらピーピー言ってんなよ。オレなんかこの姿で人前に出んだぞ。そっちの方が嫌だろうが」
今回のパレードにはハルトだけでなくイルも出ることになっている。そこでハルト同様、新たな《聖女》として紹介されることになるのだ。本人の気持ちは察するにあまりある。
「……そうだね。ありがとイルさん」
「ふん、別に礼言われるようなことじゃねーよ」
「むぅ、おい主様よ。妾を除け者にして話すでないぞ」
「ふふ、リオンさまは本当にハルト君のことが好きなんですね。あ、そうだ。知ってますか。今度のパレードには王族の方も出席されるそうですよ」
「えぇ! 王族の人が!?」
「あ、やっぱり知りませんでした? じゃあ言わない方がよかったのかな」
「それどういうことだよ」
「いえ、私も詳しくは知らないんですけど。アウラさんとタマナさんが話しているのを聞いたんです。今度のパレードには、王女様も出席されるって。だから警備の面についてもっと詰めておかないといけないとかなんとか」
「……胃が痛くなってきた……」
「マジかよ……」
パレードに王族も参加する。その情報を聞いて流石のイルも頭を抱える。王族と会うことなどハルトのような一般的な家庭で育ったヒトであれば一生に一度も無いようなことだ。それだけ聞けば光栄なことなのかもしれない。しかし、もし王族の不興をかってしまうようなことがあれば、それは人生そのものが危ぶまれるようなものなのだ。
「王女ってことは……ミスラ様ってことだろ。最悪じゃねーか」
「イルさん知ってるの?」
「お前、オレの元々の家名忘れてねーか。四大公爵家の一つ、マースキン家だぞ。王族の方々と会う機会もあったに決まってるだろ。まぁそうは言ってもミスラ様とはほとんど話したことねーけどよ」
「どんな人なの?」
「……一言でいえば、気分屋だ」
「え?」
「朝にパンケーキが食べたいと言い出し、使用人達が慌てて用意したらその頃にはパンケーキじゃなく、チーズケーキが食べたいと言い出す。その時の自分の気分で動かれる御方だって話だ。本当の所は知らねーけどな。でももし本当なら、何が琴線に触れるかなんてわかったもんじゃない」
最悪、顔を合わせただけで気にくわないと言われかねないとイルは語る。その話を聞いてゾッとするハルトだったが、リオンの反応は違った。
「そう悲嘆することもないじゃろう。逆に言えば、すぐに気に入られるということもあるやもしれんしな」
「そうですよ。確かに気分屋な所はあるとお聞きしますが、同時に優しい方だという話も聞きますし。お二人ならきっと大丈夫です」
「そ、そうだよね。暗く考えても良くないし」
「それになにより、主様には妾がついておる。もっと妾の力を信用するのじゃ」
「リオン……そうだね。ごめん。それを聞いて少し安心——」
「もし主様が何かやらかして殺されようとも、一度なら蘇れるのじゃ」
「一気に安心できなくなったんだけど! そこは死ぬ前になんとかしてよ」
「冗談じゃ冗談。本気にするな」
「まだ少し先のことですしね。今日はとりあえず忘れて買い物を楽しみましょう」
「そうじゃった! いつまでもこんな所で話しておる場合ではないのじゃ! 甘味が妾を待っておるのじゃ!」
「あ、リオン! 急に走ったりしたら危ないよ!」
当初の目的をすっかり忘れていたと、突然走り出すリオン。慌ててハルトが呼び止めるも時すでに遅し。リオンは前を歩いていたヒトにぶつかってしまう。
「わぶっ!」
「きゃっ」
「あぁほらもう、言わんこっちゃない。すいません。大丈夫ですか」
「大丈夫、問題ない」
リオンにぶつかられて倒れた少女に手を差し伸べるハルト。しかそそれと同時に、ハルトはその声に聞き覚えがあることに気付いた。
「……フブキ?」
「え……ハルト?」
リオンがぶつかった少女は、ハルトの幼なじみにして魔法を学ぶために学園へと通っているフブキだった。
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