第91話 村人の決断
リリアとタマナは村の人、その中でも村長に近かった数人だけを集めて今回の事件についての顛末を伝えた。話し合いそのものはそれほど時間がかかったわけではない。しかし、動揺は避けられなかった。中にはリリア達が嘘を吐いているのではないかと疑う者までいるほどだった。しかし、村長付きであったアンジーが証言をするとそれぞれ重苦しい表情をしながらもローワが犯人であるという事実を受け入れた。
「しかし、これから俺達はどうしたらいいっていうんだよ。ローワさんが、その……殺人犯でってことはいなくなっちまうんだろ?」
重苦しい空気の中、そう言ったのは宿屋の一人息子のガンだった。
この村においてローワのはたしている役割は非常に大きなものだった。博識であったローワに頼る村人は多く、信頼していた者を非常に多い。もしこの事実が村に広まればどうなるかわかったものではない。
「そうだな……できれば他の者達には黙っていてもらいたい」
「それはつまり、ローワさんが殺人犯であるという事実を隠しておけと?」
「そういうことだ。君達は犯人を見つけることができなかった。そして、ローワ様は一身上の都合で村の離れて王都へと行くことになった。そういうことにしてもらいたい」
「それで他の人が納得するとでも?」
「するのではない。させるのだ。そして、今回の一連事件は帝国の策略であったということにする」
「それではいたずらに帝国への反発心を高めるだけです!」
この村に置いて商人との交渉役を任されている初老の男、ムドラの言葉にタマナは反論する。今回の事件を帝国に擦り付ける。もしそんなことをすれば何も知らない村人たちは帝国のことを憎むだろう。たとえ敵対関係にある国であったとしても、濡れ衣を着せるような真似を許容することはタマナにはできなかった。
「それで村の安寧が保たれるというならば、私達はそれを選ぶ」
しかし、タマナの言葉にもムドラの意見は変わらなかった。その場にいる他の村人たちのしても、意見は同じようだった。
「ローワ様には良き村長のままこの村を去ってもらわねばならぬ。この村は、平和でなければならぬのだ」
「私達は変化を望まない。穏やかに過ごせるならそれが一番なのよ」
「そんな……」
「あなた達は本当にそれでいいと思っているんですか?」
「よそ者であるお前達にはわかるまいよ。平穏というものがどれほど得難く、そして貴重なものであるかということを」
「まぁそれでいいんじゃないの? めんどくさいし。それでこの村の人たちが納得するならいいじゃん」
それまでずっと黙って話を聞いていたエクレアが口を挟んでくる。エクレアにしてみればさっさとハルト達を連れて帰りたいので、正直この村のことはどうでもいいことだった。村人たちが納得するというならばそれでいいとエクレアは思っている。
「その結果としてこの村の人たちが後悔することになってもそれは結局自己責任なわけだし。そこまで私達が責任持つことないでしょ」
「でも……」
「何を言ったところで、君達の言葉じゃこの人たちは納得しない。わかってるんでしょ?」
「…………」
「この村で君達にできることはもう何もないってことだよ。わかったなら早く帰ろうよ。アタシだんだんめんどくさくなってきた」
「……そうですね。わかりました。不本意ではありますけど、この人たちの言い分を飲むことにします。でも、あの帝国の騎士達のせいにするのだけはやめてください」
「ではどうしろと?」
「犯人は私達と同じよそ者で、抵抗にあってやむなく斬った……そういうことにしといてください。それとも、どうしても帝国の人たちの仕業にしたい理由でもあるんですか?」
「……いや、そんなことはない。君達の提案は受け入れることにしよう。村の者達への説明は私達が行う。君達はもう村を出て行ってもらって構わない」
ムドラの言い方はむしろ、できるだけ早く出て行って欲しい。そう言わんばかりだった。歯がゆい気持ちを覚えつつも、リリア達のこれ以上できることは何もない。そしてリリア達は村人たちの集まった部屋を後にするのだった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□
「……この村、どうなってしまうんでしょうね」
診療所に戻り、荷物の整理をしている時にタマナがポツリと呟いた。
「あのヒト達の言うこともわかりますけど……でも……納得はできないです。他の人たちには真実を隠したままなんて」
「私も同じ気持ちですよ。でも納得できなくても受け入れるしかないんです。それがこの村のヒトの選択なんですから」
「……そうですね。エクレアさんも言っていた通りです」
「そーそー。あんまり気にしてもしょうがないんだから。さっさと切り替えて帰るよ。準備できた?」
「私達は大丈夫ですけど、ハル君達は?」
「あの子達にも帰る準備はさせてあるよ」
「そういえば……この村を塞いでた岩をどうにかしないと私達帰れないんじゃ」
「あ、そうでした。大岩が村の入り口を塞いでましたね」
「大岩? あぁ、そういえばなんかあったっけ。アタシみたいに雷に変化しろなんて言えないし……しょうがないか。アタシが何とかしてあげるよ」
「なんとかって……どうする気ですか」
「まぁ見てなって。ついでにあの《勇者》君も連れてきてよ。《勇者》の力がどんなものなのか……アタシが見せてあげるからさ」
その後、リリアはエクレアに言われた通りにハルトを連れて村の入り口を塞いでいる大岩のある場所までやってきた。そこでは村の若い男達が岩を砕こうとハンマーを振り回しているが、想像以上に固い岩なのか作業は遅々として進んでいなかった。
「はいはーい退いて退いて―」
「あん? なんだお前」
「アタシがその岩壊してあげるから」
「はぁ? お前みたいな小娘に何ができるってんだよ」
「……アタシのこと舐めてるんだ」
「はん、なんでもいいから下がってろ。オレたちゃ忙しいんだよ」
「こんなガキに岩が砕けるなら俺達がとっくに作業終わらせてるってんだ。なぁ?」
「ちげぇねぇ!」
そう言って男達はゲラゲラと笑う。
作業を進める男達はエクレアのことを知らないのか、ただの娘だと勘違いして取り合わない。しかし男達にとっては不幸なことに、エクレアはそれほど優しい性格ではなかった。舐められてはいそうですかと終わらせることなどできはしないのだ。
スッとエクレアの手が腰の剣へと伸びる。それに気づいたタマナが慌てて間に割って入る。
「あまりバカにしてはいけませんよ! この方は王国の誇る《勇者》であるエクレア様なのですから!」
「あぁ、《勇者》だと? バカ言うな。なんでそんな奴がこの村にいるんだよ」
「嬢ちゃんも嘘吐くならもっとマシな嘘吐くんだな」
タマナの言葉も虚しく、男達はタマナの言葉を信じようとはしなかった。そうしている間にエクレアが剣を抜き、構えていた。
その目には躊躇など全くなく、男達ごと巻き込んで岩を壊そうとしているのがまるわかりだった。
それに焦るのはタマナだ。こんなくだらないことで死者などだされてはたまらない。こうなっては仕方がないとタマナは無理やり男達のことをエクレアの攻撃範囲から押し出す。
「お、おいなんだよ嬢ちゃん」
「いいから、早くどいてください! 死にたいんですか!」
「あぁ? んだよ……全く」
タマナの必死な表情を見た男達がしぶしぶ動き始め、岩の前から退く。
「君って優しいねーホントに。別にほっとけばいいのに。まぁいいけどさ。あと後輩君、ちゃんと見ておくんだよ。《勇者》の力をね」
そう言ってエクレアは【ケラウノス】を構える。
「やるよ、ケリィ」
『いいけど……あれくらい一人でも壊せるくせに』
「そっちの方が楽なんだからいいでしょ」
【ケラウノス】の剣身が光り始め、雷を纏う。そのまま上段に構えたエクレアは力が溜まり切ると同時に一気に振り下ろす。
「『雷光一閃』」
光の筋が空から落ちる。その直後、凄まじい轟音と共に激しい揺れがリリア達のことを襲う。
「きゃぁっ!」
「うわっ!」
「な、なんだ!」
光と揺れが収まった直後、その場にいた者達がゆっくりと目を開くとそこにあったはずの大岩が跡形もなく消え去っていた。
「あの岩を……一撃で……」
「すごい……」
「まぁ、こんな所かな。君も《勇者》になったならこれくらいはできるようにならないとね。さ、それじゃあ村長さん連れて街にもどろっか」
あまりの力に呆然とする者達をよそに、エクレアはそう言って笑うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます