第90話 エクレアの評価
「んー、終わった終わったー」
ウェルズ達が去った後、エクレアが背伸びしながら言った。エクレアの登場により、あっという間に片付いた状況についていけてないリリアだったが、お礼だけでも言うべきだと思って声を掛ける。
「あ、あの……」
「何?」
「ありがとうございました。その……助けていただいて」
「あー、別にいいよ。結果的に助けたってだけだし。それよりも君は?」
「私はリリア。リリア・オーネスです。新しく生まれた《勇者》の姉です」
「そうだったんだ。ふーん……」
「……何か?」
ジロジロと値踏みするような目でリリアのことを見るエクレア。その目はまるで心の底まで覗こうとしているかのようで、思わずリリアは体を隠すような仕草をしてしまう。
「ううん、別に。思ったよりも強い人がいるんだなぁって。君、結構強いでしょ」
「そんなことは……」
「いいっていいって謙遜しなくて。少なくとも、アタシの【心眼】には君の強さが見えてるわけだし」
「【心眼】?」
「アタシの【勇者】としてのスキルだよ。君の弟君はまだ覚えてないの?」
「はい。まだだと思います」
「ふーん。ま、そんなもんか。それで、新しい《勇者》君はどこにいるの?」
「今はこの診療所の奥で休んでます。その……色々とあったので」
「そっか。それじゃあちょっとお邪魔するねー」
言うやいなや、さっさとハルトの元へと向かうエクレア。その背をリリアとタマナは見送るしかなかった。
「あれが……もう一人の《勇者》ですか?」
「えぇと……はい。ちょ、ちょっと自由人なんです。彼女」
「ちょっとっていうか、だいぶな気がしますけど」
「でも彼女すごく強いんですよ」
「それはわかります。見ただけで……存在のレベルが違うって感じでした」
エクレアの放つ圧倒的な存在感は、それだけでリリアに実力の差をわからせるのに十分だった。リリア自身、自分のことを強いと思っているわけではないが、それなりの力は持っていると自負している。実際にそれだけの力も、経験も積んできているはずだった。しかし、エクレアの前ではその力も経験も霞む。たとえリリアが『姉力』を全力で開放し、不意打ちを狙ったとしても傷一つつけられるビジョンが見えない。
どれほど戦えばそれほどの力が身に着くのか、リリアには想像もできなかった。
「あれがハル君の先輩なんですね」
「一応そういうことになるんですかね。まぁ、エクレアさんは先輩って感じじゃないですけどね。彼女、自由人ですし」
「それはなんとなくわかります」
「アウラさんの言うことしか聞かないんですよねー。あとは魔物と戦うことくらいしか興味ないって感じで。あ、だからそういう意味で言うとリリアさんに興味を示したのは珍しいかもしれないです。私初めて会った時は見向きもされませんでしたし」
「そうなんですね」
「まぁとりあえず私達もハルト君の所に戻りましょうか」
「そうですね。その後でこの後どうするかだけ話し合いましょう。ローワさんをどうするか……決めないといけませんから」
「村の皆さんにも説明しないといけないですしね」
「はい」
ローワは人望のある村長だった。それだけに、ローワが殺人犯であったという事実を伝えればどれほどの影響が出るか……それはリリア達にもわからないことだった。そして、今のリリア達にとって問題は他にもあった。
「シアさんのことも……ちゃんと話さないといけませんし」
「一応昨日の内に簡単には説明しましたけど……」
シアの体はワーウルフに乗っ取られた。その事実だけはシアの両親に伝えていた。その時の二人の表情がリリアの目に焼き付いて離れない。ワーウルフに体を奪われる、それはその者の魂が凌辱されるようなものだ。シアの両親が感じているであろう絶望は計り知れない。しかし、リリア達はそれから目を逸らすわけにはいかないのだ。あのワーウルフがこの村にやってきたのは、リリア達のせいなのだから。
「……まぁそのことは後にしましょう」
「ですね」
そしてリリア達もまた、エクレアの後を追って診療所の中へと戻るのだった。
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リリア達が出て行ってから少しして、ベットでゴロゴロしていたリオンがガバリと起き上がる。
「どうしたの?」
「主様よ、大きな力を持つ者が来よったぞ」
「大きな力?」
「うむ。恐ろしいほど大きな力じゃ」
「なんだよ。もしかしてシアが……ワーウルフが仲間引き連れて戻ってきたってのか?」
リオンの言葉を聞いて、警戒もあらわに言うイル。しかしリオンはそれを首を振って否定する。
「いや、あの者達の魔力は感じない。むしろ、あの者達よりもはるかに強大な力じゃ。一体何者じゃ?」
「それってアタシのことー?」
やっほーと言わんばかりの軽いノリで部屋に入って来たのはエクレアだった。しかし、エクレアののことを知らないハルトとリオンは驚いてしまう。
「うんうん、君が新しい《勇者》かー……うーん……」
「え、えっと……あなたは?」
「アタシ? アタシはエクレア。一応君の
「えぇ!?」
「お主が《勇者》じゃと!」
「そんなに驚くことないじゃん。いるのは知ってたでしょ」
「それは……はい。でも、まさかこんな所で会うことになるとは思わなくて」
「あはは、それはアタシもかな。でも君らが戻って来るのが遅いのが悪いんじゃん。何に手こずってたのかは知らないけどさ」
「それはすいません」
「あ、別に怒ってるわけじゃないからね。ごめんごめん……って、あれ? 君……もしかしてイル?」
「っ!」
エクレアが部屋に入ってきた途端にハルトのベットの後ろに隠れていたイルだったが、あっさりとエクレアに見つかってしまう。
「お、お久しぶりです」
「おー、久しぶりー。どうしたの? そんなに固まって」
「いえ、そんなことは……大丈夫です」
「顔真っ青じゃん」
「いつもこんな顔ですから」
「そうだっけ」
「そうです。ホント、大丈夫ですから。気にしないでください」
今までに見たことが無いほどにガチガチに緊張しているイル。その顔色はとてもいいとは言えない。実はイルはエクレアのことが非常に苦手だ。《聖女》となり、性転換してしまったその日にこれでもかというほどトラウマを叩き込まれたのだ。それ以降、エクレアがいるところでは固まってしまうようになった。
そんなことはまったく知らない、気付いていないエクレアはそこまでイルに興味があったわけでもないのでハルトに視線を戻す。
「もう一回聞くけどさ、君が新しい《勇者》なんだよね」
「はい。そうですけど」
「……そっかー……ちょっと残念かな」
「え?」
「新しい《勇者》が生まれたっていうからどれくらいの強さがあるのか楽しみにしてたんだけど……ちょっと期待外れ」
「む……お主言ってくれるではないか。
「愚弄? よくわかんないけど、バカにしたわけじゃないから。アタシは事実を言っただけ。っていうか君は何なの? 【心眼】でもちゃんと見えないんだよねぇ」
「ふふん、聞いて驚くがよい! 妾こそはこの地に封印されし剣、【カサルティリオ】じゃ!」
「へぇ……じゃあこの子のお仲間ってことかな」
そう言ってエクレアは持っていた剣をリオンに見せる。雷の装飾が施されているということを除けば普通の剣にしか見えない。しかし、ハルトはその剣から言い知れぬ力を感じていた
「これがアタシの聖剣【ケラウノス】だよ。ほら、挨拶しな」
『ん……ボクはケリィ、よろしく』
「それだけ? せっかくお仲間に会えたのに」
『別に……話すことない。それにこいつは……まぁいっかどうでも。今はこっち側みたいだし』
剣から幼い少女のような声が響く。しかしその声は抑揚が無く、リオンとは違って感情が読み取りづらい声音だった。
「お主か。久しいな。まさかまた会うことになるとはのう」
『ん、それはこっちの台詞』
「あれ? 二人とも会ったことあるの?」
『昔に……一度だけ』
「まぁその話は良いじゃろう。それよりもじゃ。この妾が主様のことを認めたのじゃ。弱いなどということは許さんぞ」
「別に弱いとまでは言ってないけど……強くないって言っただけで。これなら外にいた君のお姉さんの方が強そうだなーって」
「あの女か……確かに多少力があることは認めるが……じゃがしかし、いずれ最強に至るのは我が主様じゃ」
「ふーん、すごい自信だね」
「当たり前じゃ、この妾がついておるのじゃからな!」
「リオン……」
エクレアの言葉に少しだけ気持ちが温かくなるハルト。そこまでリオンが自分のことを買ってくれているとは思っていなかったのだ。
「今弱いのは事実じゃがな!」
「リオン……」
温かくなった気持ちは一瞬で冷めた。他ならぬリオンの言葉で。しかし、自分が弱いことなど前からわかっていたじゃないかとハルトは気持ちを持ち直す。
「えぇと、それでエクレアさんはどうしてここに?」
「さっきも言った気がするけど、君らがいつまで経っても戻って来なくて、連絡もよこさないからさ。アウラに頼まれて見に来たの」
「アウラさんに。そうだったんですね」
「ホント、アウラってばアタシのことを便利屋か何かと勘違いしてるんじゃないかな。ここまで来るのだって面倒なんだからさ」
「すいません。ご迷惑おかけしたみたいで」
「そう思うならアウラに言ってやってよ。アタシのことをこき使うのは止めろってさ。魔物の討伐なら喜んで行くけどさー」
「でも、それだけアウラさんに信用されてるってことですよね。すごいですよ」
「え、そうかなー。まぁ確かにそうとも言えるけどー」
まんざらでもない表情で言うエクレア。ハルトにしたらとっさに言ったことだったのだが、エクレアには効果的だったらしい。
「ま、それじゃあ後輩君のことも確認できたし。みんなで街まで戻ろうか。その子も手に入れたならこれ以上この村に用はないでしょ」
「その前に、少しだけやることがあるので待ってもらっていいですか?」
エクレアの言葉に答えたのはハルトではなく、後から入ってきたリリアだ。
「やること?」
「えぇ、終わらせておかないといけないことがあるんです」
そしてリリア達は一部の村民を診療所へと集めるのだった。
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