第77話 適応

 土煙が晴れた後、そこから現れたのはシアの姿へと戻ったワーウルフだった。しかしその姿は痛々しいほどに傷ついており、体の至る所から血が流れ出ていた。それでもワーウルフは笑っていた。これ以上ないほどに楽しそうに。


「まさか……まさかここまで傷つけられるとはなぁ。予想外だ。《勇者》も……そこにいる《聖女》も。ここまでの力を示してくれるとはな」


 よろよろとよろめきながらも、しっかりと立っている。


「最初は期待外れだと思っていた。しかしどうだ。【カサルティリオ】の力が加えればまるで化けたじゃないか。こうしてオレは……ワタシは追い詰められている。それが愉快でたまらない」


 その様子を見て、リオンがポツリと呟く。


『今ので仕留めきれなかったのはまずいかもしれん』

「どういうこと?」

『あやつ……あの体に適応しはじめた』

「適応?」

『ワーウルフはヒトの体を奪ってから、適応するまでに時間がかかる。奪ったヒトとワーウルフ自身の魂が完全に混ざり合っておらんからな。つまり肉体的パフォーマンスは完全とは言えないじゃろう。しかし適応しきってしまえば……ワーウルフの能力は格段に跳ね上がるぞ』

「そんな」

「くそ、魔法の威力が足りなかったのか」


 ハルトの横にやって来たイルがワーウルフのことを見て悔し気に呟く。その顔色は非常に悪い。魔力を限界ギリギリまで使ってしまったせいだ。イルが二発の魔法を放てたのは奇跡に近かった。必死に集中し、威力を高めはしたが、それでもワーウルフを倒すには足りなかったのだ。


「フフ、フフフ。命のやり取りっていうのはこうじゃないとねぇ。そう思うでしょハルト君」


 ワーウルフがシアの体に適応した影響なのか、話し方すら変化していた。男の様だった口調はなりを潜め、シアであった頃と同じような話し方をしている。

 それに苛立ちを見せるのはイルだ。


「その話し方やめろよ」

「どうして? あぁ、もしかしてシアのことを思い出しちゃうから? 友達、だったもんね」

「…………」

「でもね今はもう……私がシアだよ」

「違う!」

「違わないよ。彼女の魂は私が取り込んだから。だから私はシアなの」


 そう言ってクスクスと笑うワーウルフ。その笑い方はハルト達が知っているシアそのもので、それがハルトとイルの心をかき乱す。自分達がこの村に来てから接していたのがワーウルフであったとわかっていても、ハルト達にとってはそうではないのだから。


「あぁ、でもおかげでワタシの心が満たされた。これでワタシは……もう一段階上へいける」


 傷だらけであったワーウルフの体が癒えていく。傷がどんどんと塞がっていく。


「なるほど……これが《治癒士》の力なのね。フフ、【治癒魔法】……なかなか便利かもしれないな」


 完全に傷を癒したワーウルフはあろうことか【治癒魔法】を行使した。それはヒトであったシアの力で、魔物であるワーウルフは使えないはずのものであったのに。


「ワタシはワーウルフ達の中でも少し特別でね。取り込んだヒトの《職業》を得ることができるの。だから、今のワタシはワーウルフで、《治癒士》なんだよ」

『なるほど……それはまた随分とやっかいじゃな』

「まさか【治癒魔法】まで使えるようになるなんて」

「そんなのありかよ」


 追い詰めたと思っていたワーウルフは完全に復活した。一方のハルトとイルは肩で息をしているような状況だ。誰がどうみても、ハルト達が不利な状況だった。


「さぁ、第二ラウンドを始めよっか」


 再び姿を変えるワーウルフ。その姿は先ほどまでとは少しだけ違っていた。少しだけ細く、スリムになっていたのだ。どこか女性的に見えなくもない姿だ。


『迷うなよハルト。迷えば死ぬのみじゃ』

「わかってるよ」


 再び剣を構えるハルト。それを見たワーウルフはニヤリと笑い。少しずつ近づいて来る。


「さぁ行くよハルト君、イルちゃん。しっかり……見ててね」


 その次の瞬間のことをイルはわからなかった。イルの目には、一瞬でワーウルフの姿が掻き消え、そして——


「イルさん、危ない!」


 何かに突き飛ばされるイル。ゴロゴロと地面を転がってから目にしたのは、ワーウルフの爪に貫かれているハルトの姿だった。






□■□■□■□■□■□■□■□■□


 洞窟の中を進むリリアは、少女に刺された腹の痛みに顔をしかめながらも先を急いでいた。この洞窟に入ってからというもの、魔力のぶつかり合うのをずっと感じていた。それと同時に、強烈な胸騒ぎを。

 近づけば近づくほどわかる。ぶつかり合う魔力の片方はハルトのものであると。つまり今、ハルトは誰かと戦っているのだ。

 魔力を感じる方向へと進むリリア。やがて開けた場所へと出る。


「何……ここ、何もない?」


 開けた空間ではあるが、あるのは巨大な岩の塊だけ。そのことを不思議に思いつつ、リリアはさらに先へと進もうとする。が、しかし突然地面が揺れ出し道が塞がれる。


「あぁもう、なんなのよ!」

『シンニュウシャ……ハッケン、ハイジョ……ハイジョ』


 リリアの目の前にあった巨大な岩が、少しずつ形を成し始める。それはどこか歪な人型だった。それがなんであるのか、リリアは知っていた。


「ロックゴーレム……なるほど、洞窟の守護者ってわけね。倒さないと先には進めないと」


 リリアは剣を構え、目の前に立つロックゴーレムをキッと睨みつける。リリアはロックゴーレムの倒し方を知っている。核を見つければいいということを。しかし、核の位置は個体ごとによって違うために、目の前のロックゴーレムの核の位置まではわからない。

 核を見つけるのに有効な魔法も、リリアには使えない。魔法を使えない者にとってロックゴーレムは最悪の相手だ。しかしリリアには関係ない。


「見つけられないなら……片っ端から叩き潰すだけよ」


 剣に無理やり姉力を纏わせ、高くジャンプするリリア。ロックゴーレムは飛び上がったリリアに向かって腕を伸ばしてくる。それでもリリアは避ける素振りすら見せない。飛び上がった姿勢から剣を構え、そして——


「砕け散れ——『地砕流』!!」


 それはハルトがロックゴーレムに向かって使った技と同じ。ハルトの『地砕流』はロックゴーレムには効かなかった。しかし、リリアの『地砕流』はハルトのそれとは威力が違った。

 ぶつかり合うリリアの剣とロックゴーレムの腕。その瞬間、ロックゴーレムの腕が木っ端に砕け散る。

 そしてリリアはそのままの勢いで、二発、三発と『地砕流』を叩き込み、足を破壊し、体を破壊する。そして、ロックゴーレムの右肩に核を発見したリリアは、躊躇なくそれを砕く。

 勝負は一瞬だった。最早ロックゴーレムは完全に沈黙し、動く気配を見せない。

 塞がれていた道も開かれていた。無理に動いたことで傷が痛んだのか、少しだけ顔をしかめるリリア。


「っ……待っててハル君、すぐに行くから……」


 そして再び先へ進むリリア。その先で見ることになる光景を、リリアはまだ知らなかった。


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