第71話 【カサルティリオ】
それはずっと昔、まだハルトが幼かった頃のことだ。まだ幼かったハルトは、姉のリリアに絵本を読んでもらうことが何よりも好きだった。その中でも一番好きだったのは《勇者》の物語だった。囚われのお姫様を救い、ドラゴンを倒し、世界に平和をもたらす。ハルトのみならず、この世界に住む男の子ならば誰もが一度は憧れるだろう。
その日もまたいつもように寝る前にお気に入りの絵本をリリアに呼んでもらっていた。
「カッコいいなー、ゆうしゃさま」
「ハル君は勇者が好きなの?」
「うん! ボクね、おっきくなったらゆうしゃになるんだ!」
「そっかー。じゃあお姉ちゃんは勇者のお姉ちゃんになれるね」
「でも、どうやったらゆうしゃになれるのかな?」
「うーん、そうだなー」
まだ幼いハルトに《神宣》の話をしてもしょうがないだろうと思ったリリアは、ハルトの夢を壊すのも可哀想だと思い、少し誤魔化して話すことにした。
「毎日ちゃんと早寝早起きして、ご飯の好き嫌いを無くしたらなれるかな」
「そうなの?」
「お姉ちゃんがハル君に嘘吐いたことあった?」
「ううん、ないよ。でもね、シュウ兄ちゃんはゆうしゃになるにはまもの? をたくさんたおせないといけないって言ってたよ」
「あのバカ……明日覚えてなさいよ」
「お姉ちゃん?」
「ううん、なんでもないよ。ハル君はお姉ちゃんとシュウの言うことならどっちを信じるの?」
「うーん……お姉ちゃん!」
「でしょう。大丈夫、ハル君ならきっと世界で一番の勇者になれるわ」
「せかいでいちばん?」
「そう。どんな勇者よりも強くて、優しい。世界最高の勇者。ハル君が望むなら、私がハル君を最高の《勇者》にしてあげる」
「んー……」
「どうしたの?」
「ボク、ゆうしゃにはなりたいけど、別にいちばんじゃなくてもいいんだ。ボクが、ボクがなりたいゆうしゃはね——」
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「ボクが想い描く《勇者》像……それはきっと……」
幼い頃、リリアにだけ話したことがある、今にして思えば幼稚な夢。それでもそれがハルトの原点であることは確かだった。今も昔も、胸に抱いたその想いだけは変わらない。
「ボクは、大切な人を守れる《勇者》になりたい」
「大切な人を守れる《勇者》?」
「ボクはすごく強いわけじゃないから。全部を救うことなんてできないのかもしれない。でも、大切な人のために、勇気を出して立ち上がれる。そんな《勇者》にボクはなりたい」
ハルトがそう口にした瞬間だった。ハルトが手に持っていた錆びた剣が再びにわかに輝きだす。
「うわっ!」
「ふむ、まぁ及第点といったところじゃろうか」
「及第点?」
「まだまだ幼稚な、子供のような《勇者》像じゃが悪くない。その証拠にほれ、剣を見てみるがよい」
「剣? ……あ」
「錆が……取れてる」
「それはそやつが剣に認められた証拠じゃ。良かったのう」
「認められたって言っても……ねぇ」
リオンはハルトが剣に認められたと言うが、ハルトとしてはいまいち実感が湧かない。抜いたのはイルで、ハルトはただ自分の思う《勇者》像を口にしただけだ。それで認められたと言われても、といったところだ。
それに手に持つ剣からも何か特別な力を感じるということもない。普通の剣と見た目も変わらないのだ。
「これが……聖剣なの?」
「全然普通の剣って感じだよな。光ったのは驚いたけどよ」
聖剣というものに少しだけ憧れていたハルトとイル、特にイルは露骨に残念そうな顔をする。
「慌てるな若造どもが。それはいわば仮の姿といったところじゃ」
「仮の姿?」
「その剣にはいくつか段階があってのー。今はその初期段階、いわば仮契約の段階といったところじゃ」
「……ねぇ、リオン。ずっと聞きたかったんだけど」
「なんじゃ?」
「どうしてリオンは、この剣のことについてそんなに詳しいの? というよりも、どうしてリオンはここにいるの?」
それはハルトがずっと聞こうと思っていたこと。さきほどのロックゴーレムのことといい、剣のことといい、リオンは少し知り過ぎている。それがハルトには不思議だったのだ。
しかし、ハルトに聞かれたリオンは呆れた表情だ。
「お主……それを今さら聞くのか。というよりも、わかりそうなものじゃがの」
「え、そうなの?」
「まぁ、確かにな。確証があるわけじゃねぇけど。なんとなく予想はついてる。シアは?」
「私もまぁ、なんとなくだけど」
「え、それじゃあわかってないのボクだけなの!」
「お主とんだにぶちんじゃのう。それで《勇者》やっていけるのか?」
「そんなこと言われても……わからないのはわからないし」
「しょうがないのう。では教えてやろう!」
ふふん、と無い胸を張るリオン。そしてビシッとハルトに指さして言う。
「妾こそ、その剣【カサルティリオ】に宿りし剣精霊、リオンじゃ!! 驚きひれ伏すがよいぞ人間どもよ!」
「えぇっ! そうだったの!」
「「…………」」
「おい、そこの二人。妾が驚けと言ったのじゃから、たとえ嘘でも驚くフリをするがよい」
「いやんなこと言われても。なんとなくわかってるって言ったじゃねぇか」
「まぁ良いがの」
「いやいや良くないよ! リオンが剣精霊ってどういうことさ!」
「どうもこうもない。妾はその剣に宿る精霊。聞いたことはないかの、強き剣には精霊が宿る、という話をな」
「いやでも……リオンどう見たってヒトだし」
「ふふん、妾ほどの高位精霊ともなればヒトの姿を取ることくらい楽勝なのじゃ。証拠を見せてやろう」
言うなりリオンの姿が消え、ハルトの手に持つ剣へと吸い込まれる。
『どうじゃ?』
「うわっ!」
突然剣から声が聞こえたことに驚いたハルトは思わずパッと手を離して落としてしまう。
『あいたっ! いきなり落とすなバカ者! 痛いじゃろうが!』
「剣なのに痛いとかあるのかよ」
『この剣は妾の体とも言えるからのう。丁寧に扱うがよいぞ』
「それで斬ったりできるのか?」
『それは問題ないぞ。切れ味は保証しようぞ。さて、これで信じたであろうハルト?』
「う、うん」
剣から抜け出し顕現するリオン。そしてハルトが落とした剣を拾い上げ、再びハルトに渡す。
「今度はもう落とすでないぞ」
「わかった。ごめんね。落としちゃって」
「一度は許してやろう。しかし二度はないと思うがよい」
「気を付けるよ」
「うむうむ、それでよい」
「それでお前がその剣の、【カサルティリオ】だったか? の剣精霊なら、仮契約なのはお前のせいってことか?」
「そうとも言える」
「だったら早く契約をしろよ。じゃないとオレ達がここまで来た意味がないだろ」
「ふむ……そうしてやってもよいのだがなぁ。まだ足りぬ」
「足りない?」
「剣に認められるというのがどういうことか。知らぬわけではあるまい」
「……聖剣の試練か」
「そうじゃ」
「それはさっきのロックゴーレムなんじゃ」
「あれはただの侵入者撃退用じゃ。あの程度を試練と思われては困る」
「え、それじゃ試練っていったい……」
「試練はお主らが連れてきてくれた」
「ボク達が? それってどういうこと?」
「妾は言ったはずじゃぞ。この村に良くないモノが紛れ込んでおる……とな」
それは、ハルトが始めてリオンと出会った時に言われたこと。もちろんハルトも覚えていた。しかし、それが今のこの状況とどう繋がるのかがまったくわからない。
リオンはハルト……ではなく、その後ろにいるシアに目を向けて言った。
「そうじゃろう、シアとやらよ」
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