最強のキョウダイ

第72話 シアの正体

「おい、リオン……何言ってんだよ。お前の言う試練とシアに何の関係があるっていうんだよ」

　若干緊張をはらんだ声でイルが言う。しかしリオンはシアから視線を外すことはなく、そしてシアもまた何も言わない。ハルトも緊張を隠しきれていない。

「なんとか言えよ！」

「はぁ、しょうがないのう。では教えてやろう。妾には魂が見える。この目で見たものの魂がな」

「魂？」

「あぁ、だからこそ妾はお前が元男であることがわかった。そしてハルトが《勇者》であることもな。魂が見えるとはどういうことか。簡単な話じゃ。その者の本質が見えるということに他ならない。ましてや混ざりものの魂など、この妾が見間違えるはずがない」

「混ざりものの魂ってなんなの？」

「魂というのは一つに付き体に一つ。それは絶対の理じゃ。しかしそれを覆すことができるモノがおるのじゃ……ヒトにも、魔物にもな」

「……え？」

「ヒトであるならば《死霊術士》の職業を持つ者が代表的かのう。そして魔物ならばレイスやワーウルフなんかじゃ。さてここで話を戻そう。妾はさっき言ったのう魂が見えると。そして今、妾の目には混ざりものの魂が見えておる。それはハルトのことではない。そしてイルのことでもない……お主じゃ、シアよ」

「…………」

　リオンは決して嘘は言っていない。それだけの説得力がリオンの言葉にはあった。何よりイルは自身が元男であることを言い当てられているためなおさらだった。

　それでもイルは半ば縋るような気持ちでシアに問いかける。

「おいシア、どういうことだよ……なんとか言えよ！！」

　思わず叫ぶイル。しかし、シアは何も言わない。ハルトとイル、二人からの視線を受けたシアは……ニヤリと酷薄な笑みを浮かべた。

「意外や意外。まさか剣精霊に正体を見抜かれることになるとはな。予想もしていなかった。オレの知っている剣精霊にはそんな能力はなかったのだが。不覚だったな」

「ふん、妾をそんじょそこらの剣精霊と一緒にしてもらっては困るな。妾は至高の剣精霊なのだからな！」

　不覚だと言いながらもシアは、否、シアである何かは楽しそうに笑う。そして、そんなシアの声を聞いてハルトとイルは気付いた。これは本当に自分の知っているシアではないのだということを。

「バレたならしょうがない。お前達にも教えてやろう……改めて、オレの正体をな！——アォオオオオオオオン！！」

　突如として大きな叫び声をあげたシア。そして次の瞬間にはその姿は大きく変化していあ。人間の少女から、大きな人型の狼へと。完全に変化を終えたシア——ワーウルフは自分の体の調子を確かめるようにコキコキと首を鳴らす。

「この体になるのは久しぶりだ……いい解放感だ」

「あ……ぁ……」

「なんだ……こいつ……」

　ワーウルフから放たれる圧倒的な迫力に息を呑むハルトとイル。

　そしてワーウルフは今までとは一転して、その見た目にあった低い声で話し始める。

「改めて、初めましてと言っておこうか。《勇者》それに《聖女》よ」

「お前……は」

「オレは魔王軍の四天王が一人、大魔狼クーリュ様が第一に配下。名はない。あいや、今はシア・クローディルというのがオレの名になるのだろうか」

「いったいいつから……」

「いつから、というならばお前達がこの村に来てからずっとだ。その前から私はこの村に、このシア・クローディルという少女の中にいた」

「シアの中に？」

「オレ達ワーウルフはヒトの中に潜む。擬態し、紛れ込み……狩りをする」

「それじゃあ本当のシアさんは」

「あぁ、その通りだ。いままでお前達と過ごしてきた彼女は、シア・クローディルは……全て私だ。本当の彼女は……もういない。その肉体も、魂も……オレが喰らったからな」

　ワーウルフは喰った人間に擬態することが出来る。そしてその肉体を模倣し、記憶を読み取ってその人物に成りきるのだ。

「どうだった？　これでも擬態には自信があるんだ。お前達がこの村に来てから今日までの間、本当のシア・クローディルならばこう動き、こう話しただろうというのを完璧にトレースしたつもりだ。友情ごっこは……楽しかったか？」

　その一言が、イルの怒りを爆発させるきっかけになった。イルはその怒りのままにワーウルフに向かって魔法を放つ。

「っ……お前ぇっ！　貫け——【ホーリーランス】！」

　イルの手から放たれる魔法。ロックゴーレムにも通用したその魔法はしかし、あっさりとワーウルフに止められてしまう。全く痛痒すら感じていない様子で。

「悪くない威力の魔法だ。しかし、このオレを傷つけるには足りない。もっと鋭い魔法でなくてはな。ククク、しかしそんなに怒るとは。そうかそうかお前にとってシア・クローディルはそこまで大事な人間になっていたのか」

「うるせぇ！　黙ってろ！」

「お前はどうだ。《勇者》よ」

「…………」

　楽し気なワーウルフに問われたハルトは、無言のまま剣を構える。それは言うまでもない、確かな意思表示だった。イルと同様に。ハルトも静かに、しかし深く怒りを覚えていた。

「いい表情だ。それでこそ戦いがいがあるというものだ」

『さぁ始まるぞハルトよ。これがお主に与えられる、最後の試練じゃ。乗り越えてみせよ』

　気付けば剣に戻っていたリオンが言うと同時、ワーウルフがハルトに向かって駆け出し勝負の幕が切って落とされた。