第69話 聖剣を抜く者

「おい、これが本当に聖剣なのかよ。どう見たってただの錆びた剣じゃねーか」


 部屋の中央に刺さっている剣を見てイルが言う。ハルトもイルと同じ意見だった。どうみても聖剣と呼べる代物には見えず、むしろハルトの持ってきていた木剣の方がまだ強度があるのではないかと思えるほどだ。


「信じるも信じないも自由じゃが、この場にある剣はあのただ一振りだけ。あれが聖剣でないと思うならば疾く帰るが良い。今ならばまだロックゴーレムも完全には復活しておらんじゃろうしのぅ」

「……おいハルト、どうすんだよ」

「そうだね、とにかく今はリオンの言うことを信じるしかない……かな。触ってみたら何かわかることもあるかもしれないし」

「良い度胸じゃ。さぁ手に取ってみよ」


 少しだけドキドキとしながらハルトは錆びた剣を手に持つ。が、しかし


「……どうしたんだ?」

「あの……抜けないんだけど」

「「は!?」」


 イルとリオンの驚く声がシンクロする。しかし、ハルトは嘘を吐いているわけではない。本当に抜こうと引っ張ってもビクともしないのだ。最初は折らないようにとおそるおそる引っ張っていたハルトだったが、全力を出しても結果は変わらなかった。まるで地面と完全に一体化してしまっているかのようだ。


「おや、イルさんが驚くのはわかるんだけど、どうしてリオンまで驚いてるの?」

「いやだってそこはお主、普通は抜くもんじゃろう。じゃないと妾が無駄にカッコつけた意味がなくなるであろうが!」

「それじゃあリオンにも抜けない理由がわからないの?」

「お主が真に《勇者》であるというなら、抜けぬということはないはずなのじゃがなぁ」

「それは間違いないはず……なんだけど」

「そんなことはわかっておるわ。げんにそうして剣に触れることはできておるわけじゃしのぅ」

「やっぱそれ聖剣じゃないんじゃねーの」

「そんなわけあるかぁ! これは間違いなく妾の——ゴホン、とにかく何か原因があるはずじゃ。ためしにシアとやら、触ってみるがよい」

「えぇ、私が!?」

「しょうがないじゃろう。他の奴が触れば拒絶反応を示すというのをこやつらにわからせるためじゃ」

「それわかってて触るのすごい嫌なんだけど……」

「大丈夫じゃ。弾き飛ばされて、ちょっと意識が飛ぶくらいじゃから」

「それ全然大丈夫じゃないよ!」

「なんじゃお主ら。わがままじゃのう」

「わがままなのはお前だろうが。っていうか、それならお前が触れよ」

「妾が触っても意味ないんじゃ」

「なんでだよ」

「その理由はあとで説明しよう。まぁとなればイルよ。お主が触ってみよ」

「はぁ? なんでだよ。嫌だ」

「あれが聖剣ではないと言い出したのはお主じゃろう。それともなんじゃ? 怖いのか? ん?」

「いやいやリオン、いくらイルさんでもそんなわかりやすい挑発にのるはずが——」

「やってやろうじゃねーかこの野郎!」

「乗るのが早いよイルさん!?」


 あっさりとリオンの挑発に乗せられてしまったイルはズンズンと肩を怒らせて聖剣を引っ張っているハルトに近づいて来る。


「リオンも、ダメだよ。これボク以外が触ったら気絶しちゃうんでしょ」

「ふん、言ってきかぬやつにはいい薬じゃろうよ」

「どけハルト! オレがやる!」

「わ、ちょ! イルさん!」


 完全に頭に血の上っているイルは先ほどリオンに意識が飛ぶと言われたことも忘れ、ドンとハルトのことを押しのけて剣の前に立つ。そしてなんの遠慮も無しにむんずと剣の柄を掴む。

 リオンの言った通りであればここで剣が拒絶反応を示し、イルは弾き飛ばされる……はずだったのだが。


「何も……おきない?」

「何も起きねーじゃねーか」

「なぁんでじゃぁああああ!!! そんなはずなかろう。ちょっとどけお主ら!」

「なんだよ、急に押すなよ……って、あ」

「「あ」」


 ハルト、イル、シアの三人の声が重なる。リオンがあんぐりと口を開ける。

 別にイルが何をしたというわけではない。リオンが剣を握ったイルのことを少し押しのけただけだ。それだけだったはずなのに……抜けないはずだった錆びた剣は地面から抜け、イルの手に握られたままだった。


「抜け……た?」

「抜けたな」

「抜けちゃったね」

「なぁんでそうなるんじゃぁあああああっ!!!」


 イルの叫び声がむなしく部屋の中へと吸い込まれて、そして消えた。






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 ローワの家から出たリリアは、診療所へと戻っていた。しかしそこにはハルト達の姿は無かった。

 キョロキョロとハルト達のことを探しているリリアを見つけたシアの母親が近づいて声を掛けてくる。


「あらお帰りなさいリリアさん。タマナさんは? 一緒じゃないの?」

「今はちょっと別行動で。それであの、すいません。ハル君達がどこに行ったか知りませんか?」

「ハルト君達? そう言えば……随分前に東の森にある花畑に行く、みたいな話をしてた気がするけど」

「東の森の花畑……シアさんも一緒ですか?」

「そうねぇ、たぶん一緒だと思うわよ。何か用事でもあったの?」

「少しだけ……あの、あと一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「何かしら」

「最近……何か気になることとかないですか? 変わったこととか」

「変わったこと? いきなり聞かれてもねぇ……あ、でもそういえば」

「何かあるんですか?」

「大したことじゃないんだけどね。あの子、シアが数日前からよく花畑に行ってるのよ。前からよく行ってたのは行ってたんだけど、毎日ってわけじゃなかったのに。それと、これは私としては嬉しい変化だったんだけど、最近あの子、少しだけ血に慣れたみたいだったから」

「血に慣れた?」

「えぇ、少し前まではもうかすり傷の血を見るだけで顔を青くしてたのに、この間の……ほら、あの帝国の騎士さんの死体を見た時、卒倒しちゃうんじゃないかって心配したんだけど、思ったよりも大丈夫だったから。まだ完全には慣れていないみたいだけどね。まぁそれはこれから次第ってことよね……って、あ、ごめんなさい。関係のないことまで話しちゃって」

「……いえ、ありがとうございます。おかげで少しだけ……わかった気がします」

「そう? ならいいんだけど」

「すいません、私もう一度出てきます。戻るのはいつになるかわからないので、食事は先に済ませといてください」

「わかったわ。それじゃあ行ってらっしゃい」

「はい」


 リリアがこの村に来た時から時折感じていた胸騒ぎ。それがまさに現実のものになろうとしているのをリリアは感じていた。


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