第66話 完璧な姉
懐かし夢、姉の月花の夢。しかし夢とは終わるものであり、現実に戻るにつれて宗司からリリアへと戻っていく。
「う……」
「あ、リリアさん! 大丈夫ですか!!」
「おねぇ……ちゃん?」
「え?」
ゆっくりと目を開けたリリアはタマナの姿を見て思わず呟いてしまう。しかし次の瞬間には完全に目が覚めて、自分が何を呟いたのかということに気付き珍しく顔を真っ赤にする。
「あ、ち、違います! ごめんなさい!」
「えと、それはわかってるんですけど。大丈夫ですか?」
「えっと……っ!」
体を起こそうとすると僅かな鈍痛と倦怠感を覚えるリリア。その不快さに顔をしかめながらも無理やり体を起こして周囲を見渡す。
「あ、リリアさん。無理に起き上がらなくて大丈夫ですよ。しんどいなら寝たままでも。毒もまだ完全に抜けきったかわからないですし」
「毒? ……あ! そうだ、あの人は! それにここは」
「大丈夫です。落ち着いてください。ここは村長の家です。ローワさんも……今は捕まえて地下の倉庫にいます」
「村長の……そっか、私、あの後倒れて……」
「……リリアさんとローワさんが倒れた後、アンジーさんが大きな音を聞いてやってきてくれたんです。それで、二人をここまで運ぶ手伝いをしてくれたのと、リリアさんの治療を」
「アンジーさんが? どうして」
「……色々と思う所があったみたいですよ。とりあえず今ローワさんはアンジーさんに見てもらってます。ローワさんはまだ起きてないみたいですけど」
「そうですか」
「……大丈夫ですか?」
今回タマナの聞いたのは体調のことではない。精神面でのことだ。今のリリアの表情から普通ではないことをタマナは察していたのだ。それはリリアにもわかっていた。気遣うようなタマナから目を逸らしたリリアはポツリと呟く。
「完全無欠、最強無敵」
「え?」
「姉たるもの、そうでなければいけないと私は思ってました。でも……今の私の姿を見てとてもそうは言えませんよね。魔物なら平気で殺せるくせに、人になった途端に躊躇してしまう。そんな私が完璧な姉であるはずがないんです」
「リリアさん……」
「ヒトを殺すのが怖い。それは私のエゴです。できるできないじゃなくて、その覚悟だけはしておくべきだったのに。ハル君に偉そうなことを言っておいて……情けない」
ヒトを殺すのが怖い。誰だってそうだ。殺したくて殺すような者などほとんどいない。ローワのような例外を除いて。しかし、そうでなくても戦う以上ヒトを殺すかもしれないという覚悟だけはしておくべきだったのだ。迷いは戦場において命取りになる。リリアには幸いというべきか、戦う才能があった。訓練を重ねればどんどん強くなることができた。だからどこかで甘く考えていたのだ。ヒトと真剣勝負をすることになっても、殺さずに捕まえることができると。その結果がこの様だ。
「あの時、最後の時、私はローワさんを殺そうとしました。タマナさんが止めなければ確実に殺していたと思います。魔物を殺すのと同じように、ヒトのことも殺そうとしたんです」
「確かに、どうしようもない場面もあります。殺すかもという覚悟をしないといけない、それもそうなのかもしれません。でも、リリアさんは殺さなかったじゃないですか。今だけは、それが全てです」
「私が……私が一番許せないのは、殺す理由をハル君に押し付けようとしたことです。ハル君のために、これがハル君のためになるから、そうやって自分を誤魔化そうとしたことが……何よりも許せない。こんな私が、完璧な姉になんてなれるはずがない」
ハルトのためにヒトを殺す。そう言えば自分の心は誤魔化せる。しかしそうじゃない。他の誰かに殺す理由を求めてはいけないのだ。それは現実の逃避に他ならない。
「リリアさん、あなたは今何歳ですか?」
「え?」
「だから、今何歳ですか」
「十七歳です……けど」
いきなり何を言い出したのかと首を傾げるリリア。そんなリリアにタマナは明るい口調で言う。
「いいですねー。まだまだ若いです。まぁ、私もまだまだ若いんですけど」
「えぇっと、そうです……ね?」
「その疑問はなんですか。私が若くないとでも言いたいんですか」
「いえ、そうじゃないですけど。それがどうかしたんですか?」
「まぁ少しだけあなたよりも年長者な私から言っておくことがあります」
「…………」
「何百年も生きるエルフでも無理なのに、たかだか数十年しか生きない人ヒトが正しい行動だけをとれると思うな!」
「……はい?」
「これ、私が神官長から言われたことなんですけどね。いいですかリリアさん。間違うのは悪いことじゃないんです。悪いのは、そこから動けなくなること。間違ったならやり直せばいい。それに答えは一つじゃないんです。リリアさんの言う『完璧な姉』というのがどんなものなのか、それを私は知りません。でもきっとそこにたどり着くための道は一つじゃない。間違って、迷って、立ち止まって、進んだり下がったりして初めて理想に手が伸ばせるんだと私は思います。まだまだ若いんですから、いっぱい悩んでいいんですよ。大丈夫です、私がリリアさんの傍にいますから」
「あ……」
そう言って笑ったタマナの姿に一瞬だけ月花の姿が被る。性格も何もかも違うのに、そう見えたのだ。
「やっぱり私……まだまだですね。タマナさん、ありがとうございます。少しだけ気が楽になりました」
「いえいえ、どうしたしまして。もっともっと頼ってくれてもいいんですよ。実の姉のように!」
「それはないです。調子乗り過ぎです」
「えぇ!? どうしてですかー!」
それから少しして、体の倦怠感も抜けてきたリリアがベットから起き上がれるようになった頃に部屋の扉が開かれアンジーが姿を現した。
「あの、ローワ様が……目を覚まされました」
「……わかりました。行きましょう、タマナさん」
「はい」
緩みかけていた気持ちを引き締め直し、リリアとタマナはローワの捕らえられている倉庫へと向かうのだった。
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