第63話 vsローワ
ローワの不可思議な攻撃の謎を明かせぬままリリアは攻撃を仕掛ける。
木々の合間を縫う様にして進み、ローワとの距離を詰めるリリア。対するローワは動くことなく冷静にリリアの動きを見極め対処しようとする。
「随分と消極的な攻めじゃないか。そんなに私に近づくのが怖いのかな?」
「そうやって挑発すれば乗るとでも?」
「そうは言っても、相当苛立っているのがわかる。あなたは自分で思っている以上に直情的な性格だ」
ローワにそう言われて舌打ちしたくなる気持ちをリリアはグッと抑える。ローワの言ったことはある意味事実だった。普段極力冷静でいようとするリリアだが、特にハルト絡みでは感情を抑えられなくなってしまうことが多い。
挑発されれば乗ってしまうのが本来のリリアの性格だ。それを抑えるのはあくまで理性だ。思うように攻めれない現状にリリアは苛立ちを募らせていた。
「さぁ感情の赴くままに攻撃してくればいい。人であることを捨て、獣のようにな! 後悔したくなければね」
「私は獣じゃない!」
思い切ってリリアは剣を振る。木に邪魔されない位置を狙っての攻撃だ。だからこそだろう、その攻撃はローワに読まれていた。簡単にナイフで攻撃を捌かれ、姿勢を崩したリリアに向かってローワはもう一本のナイフを突き立てようとする。
眼前に迫るナイフを避けることが出来たのはリリアの反射神経と、直感のおかげだろう。それでも避けきることができずに軽く頬を切られてしまったが。流れる血を手で拭い、再びローワから距離を取る。
「今のは惜しかった。決めれるかと思ったんですがね」
「…………」
「やはり君は直情的な性格の様だ。今の攻撃、かなり単純でしたよ」
「それはすみませんね。次はもっと読みにくい攻撃をすることにします」
「先ほどの木ごと切るような攻撃……あれはやはり集中しないとできませんか? まぁそうでしょうね。あれは見事な技だった」
「お望みとあらば見せてあげますが? その時あなたが無事かどうかはわかりませんが」
「おぉ怖い。では私も、警戒して攻めるとしましょう!」
今度はローワが動き出す。先ほどのリリアの真似をするように木々の合間を縫う様に進みながら、右へ左へと高速で移動してリリアのことを惑わそうとする。しかしリリアも焦ってはいなかった。リリアにとって怖いのはローワの不可思議な攻撃だけだ。動き自体は速いものの、読みにくいということはない。剣を構えたリリアはそれを上段に振りかぶり、全力で地面に向けて振り下ろす。
「『地砕流』!!」
それはリリアの得意とする技の一つ。ハルトにも教えた技だ。ハルトも使えるようにはなった技だが、リリアの放つ『地砕流』はハルトのそれとは威力が違う。
「ぬっ!」
地面が揺れたかと錯覚するほどの威力を発揮し、轟音と共に地面を砕き、破片を周囲に飛ばす。リリアに近づこうとしていたローワもその動きを止められてしまう。そこにリリアは斬りこむ。
「おっと、危ない。今のはまた派手な技ですねぇ」
「くらってくれてもいいんですよ」
「それは勘弁願おう。ひ弱な私では耐えることができなさそうだ」
「耐えていただかなくて結構です。そのまま死んでください」
「これは手厳しい。しかし、あなたに本当に人を殺すことができるのかな?」
「っ!」
試すようなローワの言葉に、思わず剣を握る手に力がこもる。その反応はローワにも筒抜けだった。それを見たローワはニヤリと嫌らしく笑う。
「この怪我……覚えてるかな?」
そう言ってローワは服をめくり腕を見せる。そこには傷があった。剣で斬られたような傷が。それは昨日、リリアがつけた傷だ。
「その怪我が何か?」
「君につけられた傷……屈辱でしたよ、この怪我は。ですが、この怪我をしたとき私は一つ疑問に思ったのですよ」
「疑問?」
「君はあの時、私を殺せたはずだ。いな、殺すとまではいかずとも腕を斬り飛ばすことぐらいはできたはず。しかし君はそうはしなかった」
「…………」
「答えは単純です。君は恐れた。人を殺すということを。違うかな?」
押し黙るリリアを前に、ローワは確信を得たように話し続ける。
「先ほどの『地砕流』ももっと私を引き付けてから放つこともできたはずだ。しかしそうはしなかった。できなかった」
「……私の目的は捕まえることで、殺すことじゃありませんから」
「私は君を殺すために攻撃する。しかし対する君は私を殺せない。そんな人の剣が怖いと思いますか? 少なくとも私は怖くない」
リリアが無意識の内に抱えている殺すことへの恐れ。それをローワは見抜いた。そして、この命のやり取りをしている中で殺せない攻撃などローワは恐れない。リリアの方が強い。それはこれまでの戦いの中でローワも理解している。しかしそれはあくまでお互いの命を奪い合うことを前提にしてのことなのだから。
「殺す、と口にするのは簡単だが実行できるものはそうはいない。殺す殺すと息巻く若者はいくらでもいますがね。あなたも所詮そのうちの一人というわけだ。非常に残念な話だがね。君なら優秀な人殺しになれるだろうに」
「そんなもの……」
人を殺すことへの恐れ、それは確かにリリアの中にあった。魔物を殺すのとはわけが違うのだ。最初は魔物を殺すことにも抵抗があった。しかしそれはすぐに慣れた。慣れてしまった。その時にリリアは思ったのだ。同じように人を斬ってしまえば、それにもすぐ慣れてしまうのだろうかと。そう考えてリリアは怖くなった。だからこそリリアはまだ人を殺したことがなかったのだ。
「一度殺してしまえば後戻りできなくなる。それが君は怖いわけだ。ならば聞くがね、魔物とヒト、いったい何が違うと言うんだね? 私に言わせればどちらも同じ命だ。そこに差をつける理由が私にはわからないね」
ローワの言葉に惑わされてはいけない。わかってはいてもローワの言葉がリリアの心を乱す。
「君の底は知れた。残念だが、ここで勝負は終わりにしよう」
「何を……」
瞬間、グラリとリリアの視界が歪み、平行感覚が保てなくなる。とっさに剣を地面に突き立て倒れることは回避するが、依然として視界はグラグラと揺れ続けるままだ。
「ようやく効いてきたかな。私の毒が」
「ど……く……? まさ……か……」
「おそらくその考えで合っているよ。そう、このナイフだ。さきほど君にかすったこのナイフには毒が仕込んであってね。それなりに強力な毒だったんだが、まさかこうまで効かないとは驚きだよ。でも、もう終わりだよ。さぁ安らかな眠りに落ちるといい、永遠にね」
ゆっくりとナイフを構えて来るローワを前にしても、リリアは動くことができないまま。静かに死の足音がリリアに近づいていた。
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