等倍速で過ぎていく日々

「…や……ずや……カズヤ…」

意識の外側で誰かが呼んでいる。

誰かというか、こんな朝っぱらから俺を呼ぶ人なんて1人しかいないけど。

もう少し寝ても平気だろう。俺がぼんやりとした意識の中で唯一たどり着いた考えだった。

「カズヤ…カズヤァァァァァ!!起きろ!」

そんな考えとは裏腹に、母さんという名の強力目覚まし時計が、突然激しくなった。

「はいッ!起きましたァ!」

流石に身の危険を感じ、ベッドから飛び起きた。まだ起ききっていない体をたたき起こすように、制服にチャチャッと着替えて階段を降りる。

「何時だと思ってんのカズヤ!早く朝ごはん食べて学校行きな!」

毎度この時間帯だけ母さんに対する感謝が薄れるのは俺だけなのか?

口に出すと面倒な小競り合いが始まる気がしたから、テーブルに置かれた食パンを咥え、玄関に直行した。

「行ってらっしゃい、気をつけんのよ!」

「うーい、行ってくる。」

いつまで経っても慣れてくれる気がしないローファーを履いて、俺は家を出た。


家から最寄りの駅まで歩いて10分。そこそこの立地だが、いかんせんこの辺は坂が多い。距離以上に疲れるのだ。革靴と同じくらい慣れなさそうな坂を上り、駅に着く。

そこから電車に乗って、高校の最寄り駅に向かう。最寄り駅からまた10分、てくてくと歩いていると高校の正門。何の変哲もない、ごく普通の高校2年生の登校だ。


教室のドアを開ける前から、騒がしい声が聞こえる。いつも通りのクラスの騒ぎ声、いや、いつもより気持ち騒ぎ声が大きい気がした。ドアを開けると

「おはよーカズヤ。」

聞いてるだけで眠くなりそうな声が俺を呼ぶ。

「おっすーリツ。今日ってなんかあったっけ、やけに騒がしくないか。」

「なんか転校生がどうとかって話だよー。女子はどっからそんな情報仕入れてくるんだろうね。」

「転校生?高校で転校生なんて珍しいな。本当かな。」

「さあね、いつもの女子たちの噂話じゃないいかな。」

まあリツの言う通り、どうせ戯言か噂程度のものだろう。2年になってから、なんだかんだ1ヶ月。平和な日々が過ぎているのだから。今日もそろそろユウキがダッシュで教室に…。

「セーフ!あっぶねぇ…」

本当に来た。俺すごい。ほぼ同時に担任も入ってきて、朝のホームルームが始まった。俺達の予想は的中したらしく、転校生のの字もなく、授業がスタートし、昼休みが過ぎ、あっという間に放課後になった。

「また明日ね」「おう、また明日。」

友と短い挨拶を交わし、それぞれの道を歩き出す。今日もいつも通りの日が終わる。俺は退屈だとは思わないし、むしろ好きだった。普通の日々が、好きだった。呼吸をするように、毎日が過ぎていく。


家に着いて、母さんと夕食をとった後、風呂に入って湯船に浸かりながらふと考えた。

「転校生…か…」

何とも不思議な響きだ。小学校、中学校は転校生という単語が出ただけで学年中が大騒ぎだった。今はそんなことにはならないだろう。少なくとも俺は。転校生にトラウマがある訳ではない。自覚しているが、冷めてるんだよな、俺。良く言えば大人っぽい。悪く言えば根暗。直したい気持ちは山々だが、17年間この性格で生きてきたもんだから、容易く直るものでもないのが現実だ。

明日の小テストの復習をした後、俺はすぐに寝てしまった。いつも通りの何でもない1日が

終わった。


そのいつも通りの何でもない1日は、今日が最後だった。良い意味でなのか、悪い意味でなのか、答えはイマイチわからない。







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