月明かりの夜。

御手洗孝

第1話



 「良い事」って言うのは起こさないと起こらないくせに、「悪い事」っていうのは起こさなくったって起こるんだから嫌になる。



 順風満帆、留年すること無く楽しい大学生活を終えたと思えば、就職がうまくいかない。

 やれ資格者が有利だとか、能力重視だとか、容姿が決め手だとか。

 そういうことは早めに言ってくれないと準備できないじゃない。

 ふてくされていれば、言われなきゃやらないのが最近のゆとりだと言われる始末。

 確かにね、言われなきゃ出来なかったのかって言われちゃうとなんにも言えなくなっちゃうけど、忠告ぐらいしてくれてもいいんじゃないの?

 そうやって悪態ついてみるものの、生活はしていかなきゃいけないわけで。

 結局私は派遣会社に登録。

 これといった資格も持ってない、特別何かの能力に長けているわけでもないからたいした仕事は割り当てられなかったけど、仕事があるだけまだましだって我慢しつつやってきた。

 なのに。

 先日、私は契約更新を断わられてしまった。

 まぁ、断わられるかもしれないって感じてたから少しは覚悟はしてたんだけど。

 私なんかより能力の有る人は沢山いるし、私もそれなりにしか働いてなかった。でもやっぱり実際に言われて今後を考えてしまうときつい。

 だったら一生懸命に働けよ、そういわれてしまうんだろうが、どうしても労働対価としての手取りの金額を見ればそれなりになってしまう。

 しかし、困った。

 貯金だってそんなにあるわけじゃないし、家賃だって払わなきゃいけない。

 次の仕事って言ったってそう簡単には見つからない。


「悪い事」


 そう、私にとって、この一週間は悪い事続きだ。

 仕事は無くなる。

 貯金は減っていく。

 彼氏には振られて、お気に入りのカップは割れる。

「もう、嫌になる……」

 空っぽになりかけている冷蔵庫を開けながら呟いた私の後ろで、久しぶりの電話の呼び出し音が聞こえた。

「もしかして、派遣会社から?!」

 慌てて冷蔵庫を閉め発信先の名前を見てみれば「小林律子」という母の名前がある。

 なんだ、母さんか。一瞬ためらいつつ、観念して通話ボタンを押した。

「……もしもし」

「なぁに? 随分暗い声やなぁ?」

「うるさいなぁ」

「あ! もしかして、仕事クビになったんやろ?」

「……」

「無言ってことは、当たりやな。アンタ、しっかり仕事せぇへんかったやろ。自分はやってるつもりでもな、そういうんはバレるんやで。無職になって落ち込んどるんやな」

 けらけらとまるで馬鹿にしたような笑い声に私の期限は益々悪くなる。

「あのさ、何でそんなに明るい声で言えるん?」

「あららぁ~、コレでも心配してるんやで~。仕事無くなっても、家賃とか払わんとアカンもんがいっぱいあるんちゃうの?」

「そ、そうやけど。あ! もしかして仕送りくれるん!?」

「アホか! 自分で田舎は嫌や、一人でそっちで暮らすって大見栄きったくせに何言うてんねん。そうやなくって、アンタ全然帰って来うへんやろ、せやから一度帰ってこんかいって思うて電話したんや。そやけど、それならエエ機会や、時間もできたんやから帰ってきな」

 今帰ったら、きっとそれ見たことかという母の顔があるにきまっているし、妙なことも言い出すに決まっていた。

 予想は確実な現実だとわかっていながらも、私の視線は何も無い冷蔵庫に向く。

 と同時に母が明らかなしたり声で、

「どうせ、もうご飯も無いんちゃうん?」

 と言った。

 こういう時、親子というのを恨みたくなる。言葉を返せず私の視線は風呂場を見る。

 すると更に母が、

「どうせ、光熱費ケチらんとアカンようになってるんちゃうん?」

 と畳み掛けた。

 どうやら我が母の親子という千里眼は騙せぬようで。

 私は「とりあえず」母の言う通りに「一時的に」田舎に帰ることにした。

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