小竜と薬師の物語

陶守 美幸

1. 出会い

 僕の御主人様は人間である。それはそれは可愛いらしくて、まるで天使のように優しい心の持ち主なんだ。いや、他の奴らからすれば何てことはない、普通のちょっと変わり者なだけの女の子かもしれない――僕は恋で盲目になってしまっているだけかもしれない。でも本当に素敵なんだ。


 声は鳥のさえずりみたいだし、自然なウェーブがかかった髪は栗色。目は透き通った赤色で、いつも花のいい香りがする。抱きしめてくれたらすごく柔らかいし、彼女のスカートの中をのぞくと何だかドキドキする――あ、いや、いまのは独り言だからなっ。とにかく僕は彼女に惚れてしまい、心を奪われてしまった。


 そんな僕は、人間じゃない。じゃあ一体何なのかって? 僕は人間たちに魔物と呼ばれている生き物。小さな竜だ。




 僕と彼女が出会ったのは、五年前。獲物を探して人里に迷いこんだ僕は、人間の子供たちに虐められて傷ついていた。


 『魔物』という言葉は、人間を喰らう、または傷付けようとする生き物を指す。だから僕たち小竜は、正確には魔物じゃない。獲物は野の小動物たちだもの。僕らは知能が高く、誇り高い種族だ。でも、火を吐くという、愚かで悪辣あくらつな竜たちと共通する特技を持っているがために、人間たちには誤解されている。確かに爪や牙はある。けれど大きさはせいぜい中型の犬くらい、鱗の色だって竜たちみたいな緑やら黒じゃなくて黄色や赤で、全然違うのに。人間たちは僕らを傷付けても、悪いことをしているとは思っていない。


 僕は人間の子供たちを傷付けまいとして、抵抗しなかった。でも、うまく逃げられず、散々に怪我させられてしまった。血は流れ、体は重くぐったりしていた。助けを呼ばないと、このまま死んでしまうのは確実だった。僕の心には無知な人間への恨みが増していった――だが僕は、ただ殺すために殺す、本当の魔物になってしまいたくなかった。それに、もし僕がこのまま死ねば、仲間は人間に復讐するかもしれない。それだけは嫌だった。だから、ちゃんと生きて帰らなきゃ。


 必死で喉を震わせた僕のもとに駆け寄ってきたのが、そう、僕の御主人様になる彼女だったんだ。たまたま植物を採りに来ていた彼女は、僕に気付いて、すぐさま応急手当てをしてくれた。僕の目を覗き込んで、大丈夫? ごめんね。すぐ手当てしてあげるからね、と言って。僕のことを怖がらず、落ち着いて手慣れた様子で手当てしてくれたから、教養のある子だと思った。


 僕の目には、彼女が天使に見えた。十代半ばくらいだろうか。小柄で、栗色のウェーブがかった髪、少し日焼けした肌。そして瞳は人間離れした、燃えるような赤だった。それで僕は彼女の境遇を察した。薬師だ。生まれつき強い魔力を持つせいで、異端として人里から少し離れて生きることを強いられた人間が就く仕事だ。




 彼女は僕を抱えて森の中にある小屋のような、ちいさな家に連れ帰ってくれた。たった一人で暮らしているのか、薬草や瓶や壺、難しそうな本がたくさん溢れている家には、ほかに誰もいなかった。後で聞いた話では、祖母が同じく薬師をしていたけれども、一年前に亡くなってしまったのだという。


 彼女の優しい手と柔らかい香り、暖かい居心地のよい家に安心した僕は、すぐにぐっすり眠り込んでしまった。すごく不思議な気持ちだった。ずっと会いたかった人に、やっと会えたみたいな、そんな気がしたんだ。

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