キミと、最後のゲーム実況

東北本線

『はじまりとおわり』

「これで最後かぁ……」


 パソコンにゲーム機のケーブルを繋いだ瞬間、自然と口からこぼれていた。

 巨人きよとは慌てて口元に手をもっていく。

 しかし静かな部屋に、言葉は名残惜しそうに漂ってしまった。


 窓の外。

 茜空に、ひぐらしの声が響いている。


「……しんみり言わないで下さい。配信中に泣き出さないで下さいよ?そんなの、めっちゃ笑いますからね?」


 巨人の背中に向かって猛虎たけとが寂しく笑った。


「ばっ……、ばっかじゃないの!?そんなわけないじゃん。冗談きついわ、ホントにー」


 冗談で済めばいいけどね、と思ったことは、猛虎には絶対に伝えないことにした。


 察してか、猛虎が話題を変えようと、


「覚えてます?最初にゲーム実況に誘ってくれた日のこと……」


 なんて、無理に作ったような笑顔を隠さずに話しかけてくる。

 そんな表情を背中に感じつつ、巨人はケーブルが刺さらないフリをしながら、けして背後の猛虎を振り返らなかった。


「何年前だっけ?忘れちゃったよ、そんな昔の話はさぁ……」


 嘘だ。

 巨人はあの夏を、しっかりと覚えている。





 あれは、失われた10年、と呼ばれた日々が、あっさりと10年を越えてしまった頃。ついでに言えばアメリカの金融危機が、しっかりと日本経済に大ダメージを与えていた頃のこと。


「つまり今から俺たちが、日本を元気にしていかなきゃいけないわけさ」


 伊達猛虎だてたけとから見た富沢巨人とみざわきよとは、この言葉を彼がその口から放つ前までは、幼馴染の貧乏友達、という印象の人間だった。


 土曜の朝にメールが急に届き、蝉時雨の中を彼のアパートに向かって走ってこれである。


 正直、ついに彼の思考回路がショートしてしまったのではないか、と疑いたくなる。

 もしくは苦学生の辛さに耐えられなくなって現実逃避を決め込んだ、とか。


 額と顎の汗をぬぐってから、


「………ああ、ごめんなさい、キヨトさん。もう一回説明してもらえます?」


 と、猛虎は巨人に尋ねた。

 巨人が横柄な態度を隠さずに口を開く。


「いやいやいや、タケト。いま絶対、聞こえてたっしょ?なんで長ったらしい説明を二回もしなきゃいけないんだよ。ちゃんと聞いててよ」


 窘められている最中だが、猛虎は我慢ができなかった。


「んふふふ、す、すみません……」


 巨人の言葉はいつもなぜか笑えてしまう。一緒にいて楽しい、とは少し違う。巨人の挙動、表情、声が、猛虎の笑いのツボをいつもくすぐる。


「なんで笑ってんの?こっちは真剣なんだからね。マジ!……なんだからねっ!?」


 畳に座って腕組みをした巨人が、面と向かって猛虎に喰ってかかった。


「はいはいはい。ふふっ、分かりましたって……」


「おまっ、お前ぇ……、ハイは一回でいいって小学校で一緒に怒られたべ!?」


 巨人が人さし指を立てて小刻みにそれを震わせながら、その指を猛虎に向けた。


「んふふふ……っ。うんうん、日野先生ね。キヨトさん、分かったから説明して下さいよ」


「……なんか納得いかないんだよなぁ。まあ、説明するけどさぁ」


「はいはい」


「だぁかぁらぁーー!」


 そんな小さい頃から変わらないやり取りを、それこそ小さい頃からずっと繰り返している二人だった。


 巨人が猛虎に説明した内容は、要約すると、


 ひとつ、今から二人で昔のテレビゲームをする。


 ふたつ、ゲームをプレイしている映像と二人の音声を録る。


 みっつ、編集した動画を、スマイル動画にアップロードする。


 というものだった。


 スマイル動画。

 略してスマ動とは、日本で初めての動画投稿サイトのことである。海外の動画投稿サイトに倣って作成されたそれは、スマ動独自の、コメント欄に打った文字が右から左へと流れる機能を有しており、視聴者の反応が動画内にダイレクトに反映、共有される。


 そのコメントによって、投稿者と不特定多数の視聴者を繋ぐ、画期的なサービス。


 ネットに接続されたパソコンを持っている者にとっては、スマイル動画は知る人ぞ知るコンテンツだった。


「えっと、キヨトさん。それ、なんの目的でやるんです?」


「日本を元気にするんだって、さっき言ったべや。なに聞いてたの、ホントにー。しっかりしてほしいわー」


「あー、それは……、ふふっ、壮大ですね。お金を稼ぎたいとか有名になりたいとか、そういうことじゃないんですね」


 お金、と言った瞬間に巨人が目を逸らしたのを猛虎は見逃さなかった。眼差しから逃れるように、巨人が口を開く。


「そりゃ……、そりゃあ、日本を元気にすることで?俺たちが有名になれば?結果的に?お金が入ってくる結果になるかもしれない、って考えないこともないけどねー」


 嘘が吐けない人だな、と猛虎は逆に感心する。彼の悪いところでもあり、チャームポイントでもある。

 そしてそれは、猛虎が巨人と親友である理由のひとつでもあった。思わず笑みがこぼれてしまう。

 まあ、ずっとこぼれてはいるのだけれど。


「笑ってる場合じゃないって。お金のことなんかどうでもいいじゃんか。はやくゲームしようぜ、タケト!」


「まあ、いいでしょう。じゃあ、やってみますか」


「じゃあ、ゲーム実況するにあたって、俺は新撰組の近藤勇を演じるから。……お前は虎鉄な?」


「…………は?」





 動画共有サイトyoutubeeの生配信。ゲーム実況コンビ『新撰組』は、昔から顔は出さずに活動している。

 現在、視聴画面は二人の視線の先にあるパソコン画面だけになっているはずだ。

 巨人と猛虎の雑談だけが、視聴画面からは聞こえているだろう。


「懐かしいですね。あの頃は正直な話、友達同士の会話が入ってるだけのゲームプレイ動画なんて誰が見るんだよ、と思ってましたけどね」


 二人の最後の生配信は、開始予定時刻の15分前だというのに、すでに視聴者は2万人を超えていた。そんなことはお構いなしに、二人は配信テストとかこつけて雑談を続けている。


「若かった、の一言だよねー。勢いとテンションでなんとかしてた部分がほとんどだったもん。面白ければそれでいいだろ、みたいなさ。スマ動も無法地帯でさ。アニメの違法アップロードから、プロミュージシャンのDTM動画までさぁ。ホント、なんでもありだったよね。ゲーム実況だって、いまほどの地位は確立されてなくてさぁ。みんな、かなりグレーゾーンなことしてたよねー」


 あの日に始まった時からずっと、巨人は同じアパートで暮らしている。東京へ出て、youtubeerだけの芸能事務所に所属しないか、と誘われたこともあった。しかし、巨人も猛虎もそれを断った。


 このアパートには、初心を忘れないために住み続けている。長い長いモラトリアムの象徴、なんて周囲には吹聴しながら。


「私たち新撰組が活動を開始したあたりから、本格的にゲーム実況動画が流行しましたけど、ちゃんとゲーム制作会社に電話して許可とってたのって、あの当時は近藤さんぐらいだったんじゃないですか?そういうところだけマメですよね」


「いやいや、虎鉄。そういうとこだけってどういうこと?しっかり者といえば俺でしょ。失礼しちゃうわー」


「でも、最初にアップした動画がすごい再生数になって、びっくりしませんでした?」


「しなかったね。ぜんぶ想定内だったよ。…………ちょっと、なんで笑ってんのさ?」


「くくく……。いや、す、すみません。虎鉄ぅ、こんなことになっちゃって、次の動画どうしよぉー……って、近藤さん真っ青になってたじゃないですか」


「…………まあ、正直ビビるよね。あんなに再生数が増えたらね」


「日本中を元気にする、とか言いながら、自分は泣きそうな顔で台本書いてゲームしてましたっけね?撮影の合間に、虎鉄ぅ、お前の頭の上にライフゲージが見えてきたぁ……、とか言って……」


「うっさいなぁ、ホントにー!……キミだってさぁ、動画の撮影前になるといつも、胃が痛いよぅ、とか言ってしんどそうにしてたじゃんか!」


「いや、昨今の動画配信サイトやらアプリならまだしも、あの当時のスマイル動画で1000万再生ですよ?プレッシャー以外のなにものでもないですよ、そんなの……」


「でもさぁ、楽しかったよね?いまみたいに動画が再生されるだけで、お金がもらえる仕組みなんてなくってさ。それこそ再生数だけで、みんな欲求を満たしてたっていうか、自己実現してたわけじゃん?……もう異常な熱量だったよね?」


「社会……、って言っていいんですかね。見てもらっている人と私たちだけの、狭い世界ではありましたけど、その人たちに存在を認めてもらってるな、っていう感覚はありましたね」


 嬉々とした猛虎の声から一転。巨人の明らかに暗い声が配信に乗る。


「……逆にyoutubeeに移ってからは、それがちょっと変わってきたよね。再生数にお金がからむようになってさ。チャンネル登録おねがいしまーす、とか、イイネ押してくださーい、とか、投げ銭ありがとうございまーす、とかさ。俺たちって、お金が欲しくてゲーム実況してたんだっけ?なーんて考えるようになったよね」


 つられて、猛虎が俯いた声を出した。


「だから…………、だから、これで終わるのが一番なんです。この時代に、僕らはもうついていけない。知ってます?小学生がなりたい職業第一位ですって、youtubeer……」


「時代は変わったってことなんだろうね。犯罪者予備軍みたいに扱われてた時期もあったのにさ。まあ、夢がある職業だとは思うし、それが悪いとは俺は思わないけどねー」


 巨人の空気より軽い言葉が、また部屋を漂った。


「……………………」


「……………………」


 二人の青春が、この夏とともに終わる。それを、噛み締める。


 六畳一間のアパートは、荷造りも終わって、閑散と二人を包んでいた。


「ゲーム実況者が配信中に黙っちゃダメです、土方さん」


  パソコンの画面を見ていたはずの、二人の目が合う。真っ赤な夕焼けが、二人を照らしていた。


「いや、近藤ですけど?……さあ、いつもの挨拶も決まったところで、俺たち新撰組の最後のゲーム実況、はじめるとしますかぁ!」

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