2022年3月
1日目 つゆだく
彼曰く、つゆだくの戦士。
***
牛丼屋の話。
会社の上司で料理をよくする人がいるのです。たぶんちゃんと美味いもの作ってる。
「いや、大したものは作んないよ俺は。食べる分だけ、作れるものを作るだけだから。たくさん作っても意味ないし」
「といいつつ、味付けには割とこだわりあるんじゃないですか?美味しいお店結構知ってるし」
「それは自分の好きな味付けだからっていうだけで、全部が全部君にも当てはまるわけじゃないからね?」
「まあ、確かにそうですね。基本的に家でのご飯は好きなものしか食べませんし。ちなみに家でよく食べるものと言ったら納豆卵かけご飯ですね。ときどき食べるラー油とかふりかけがさらに乗ったりしますけど」
「あ~、納豆はね、ご飯にかけない主義なんだよね」
「あ、そういえば部長はそうでしたね。まあいいじゃないですか、流し込むように食べられるから楽ですよ」
「あれやると洗い物が大変なんだよ、べたべたするし。食べてる気分にならない、べっこにしたいのよ」
「確かに、私あんまりきにしないですけどね。部長が昨日言ってた不味い野菜炒め、あれもたれ多めでご飯にかけて食べれば流し込めたんじゃないですか?」
「何でもかんでもご飯に乗せるスタイル?あれダメなんだよね、抵抗がある」
「え~そうですか?なんで?」
「別に乗せる必要ないじゃん。早さ重視しました、みたいなあのノリを自分の中に入れたくないのよ」
「え、じゃあ牛丼とかもダメなんですか?吉野家とか、すき家とか」
「牛丼チェーンは嫌いじゃないよ、食べるときはあるし。でもあの~、つゆだくとか、ネギだく?あれは嫌い」
「そうなんですか?やってそうなイメージあるのに・・・つゆだく時々やりますけどね」
「いや、それを頼むのは別にいいのよ。つゆ多めとか、タマネギ多めとか。正直やる必要は感じないけど・・・でも”つゆだく”っていう単語が嫌いなの」
「あ、単語に対して?つゆだくって普通に使われてるからそんなに違和感ないですけど、そんなにダメですか?」
「わざわざ”つゆだく”っていう単語を客に使わせようとする魂胆がもう嫌いなんだよね。『つゆ多めで』って言えばいいだけの話じゃん。何のルーツで言われるようになったのか知らないけど、それを使うことにある種のステータスを感じている人がいるわけじゃん?『牛丼並み、つゆだくで』って、そのセリフを言うことに生きがいを感じているやつらがいるわけだよ。自分が作った単語でもないくせに、さも自慢げに注文するところを見ると悪寒が走るよ」
「あ~そこまで感じたことはないですけど、確かにお店特有の頼み方とかありますよね。二郎とか」
「そう!二郎なんてまさにそうで、注文の時に必ず詠唱しないとラーメンを食べられないわけじゃない。別にこっちはそれを求めてないのに!あの世界観を自分の中に入れるのが気持ち悪いんだよ」
「じゃあ二郎は食べたことないんですか?」
「一回だけね、興味があって行ったことはあるよ。で、店入った瞬間に他の客が全員同じように『メンカタヤサイマシアブラカラメ』って言うの。も~~~うざかったね!」
「二郎は、そのセリフを言うために行く、みたいなところありますから・・・。で注文できたんですか?」
「全部普通で、って言ってやったよ。おかげで地獄を見たわけだけど」
「あ~~~」
「だからもう私は店側が用意した意味わからん単語を使わないと決めてる。たとえ最後の一人になっても、私は絶対に言わない」
「頑として言わないと」
「そうそう。『つゆだくの戦士』だからね」
「言ってるじゃないですか」
つゆだくの戦士の戦いはまだまだ続きそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます