9日目 ニットのカーディガン
彼曰く、今年一番の流行りもの。
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ニットのカーディガンをよく着る人がいた。
大学時代の友人だ、背が高く、ひょろりとした体躯の上に、もじゃらもじゃらとした天パの髪を揺らしていた。
失礼のつもりで言っているわけではないが、彼の顔は日本人離れしている。
ふと見たときには、インド人かスペイン人か、とにかく外国人かと思ったのだ。
初対面であいさつしたとき、日本語でしゃべっていたことには驚かされたし、名前がすべて小学4年生までに習える漢字で構成されていた。
自分のいる場所を疑ってしまったものだ。
再三言うが、まったく失礼のつもりで言っているわけではない。
彼は基本的に服装が変わらない人だった。
ジョブズスタイルを一貫しているわけではないが、黒のジーパン、いつもと同じ革靴、質素なTシャツと裾の特別長いカーディガンを着ていることが多かった。
高い身長だからこそ着れるのだろうロングカーディガン。
夏は薄め、冬は少し厚みがあるけれど、長い布地がその後背から消えることはなかった。
ニットのカーディガンを着るというのはそれだけでステータスに感じる。
なんというか、かっこいい。
中学生のような感想だが、そう見えるのだからしょうがない。
ただ歩いているだけなのに、後ろで緩やかな風を受けてひらひらとなびく服は、その場面だけで絵になるほど颯爽としている。
足の速い人はかっこよく見えるというのは、小学生の時期に多くの人が体験することだと思うけれど、十分成長してからもそう見えるのだから、私たちの目はいつまでたっても小学生レベルなのだ。
横断歩道を歩いているだけでもかっこいい。
ビートルズのアルバムジャケットレベル。
一方で、低身長でもカーディガンをうまく使うことは出来る。
女性は特に低身長の多い日本人でも、厚めでボリュームのある大きめのものを選べば、何となくかわいらしく見える。
一歩間違えば子供っぽいが、キュートな印象を持たせるには効果的。
髪型や化粧も利用すれば、十分モテ要素を引き出すことができるだろう。
これがファッションの暴力というものか。
ファッション業界は自転車操業だと聞くけれど、それらを享受する側は大変に楽しい想いをできているらしい。
資本主義さまさまだ。
そろそろ冬服が欲しいとずっと言っていた私も、実はカーディガンに注目していた。
トップメーカーはこぞってニットのセットアップを作り、バリエーションとしてカーディガンをジャケット代わりに展開している会社も少なくない、と聞く。
カーディガンの懸念点としては洗い物が大変になるところか。
セーターも同じだけど、同じ衣服というジャンルで面倒なものが入るだけで食指が伸びなくなってしまう。
食べず嫌いというよりも、進んで食べたくないというか。
出来るなら食べてみたいがずっと味わっていたくはない、みたいな中途半端な意見が生まれてしまう。
実は前回の健康診断よりも身長が少し伸びていた。
この年だから2桁伸びるわけもなく、1cmくらいであったが、私にとっては十分。
ついに大台にまで伸びあがることができたのだから。
だからこそ、今年はカーディガンを買ってもいいかもしれない。
かの友人のように颯爽と歩いて、風を感じてみたい。
バカみたいな欲が生まれてしまった。
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