7日目 鷹

彼曰く、夕闇迫る雲の上、そこには何があるのだろうか。


 ***


夕方に来ると言っていた友人が、思ったよりも早く合流してきた。

今の時間は午後1時を5分過ぎたところ。

私の時間間隔が世間一般のそれと同じなのであれば、間違いなく今は昼。


 さて、夕方というものの定義から語り合おうじゃないか


そんな挑戦的な目を向けるだけ向けておいて、今日も今日とていつも通りカフェでの休日を満喫しようと思う。


めっきり寒くなってきたこの頃。

さすがに日が高いうちは、温暖化傾向にある天気らしく季節外れな陽気に体がほてってしまうが、それも沈むと肌にはらむ空気がしっかりと冷たくなる。

寒暖差を均せば、確かに季節は秋と言えるかもしれない。

私たちが求めている秋はもっと穏やかで、もっと自然体でいられる時間が長い季節のはずなのだけど。


でも秋と言えばもう一つある。

空気がおいしい。

味覚が異常発達していて、原子レベルで味覚が反応するとかいうわけではなく。

外にいて、深く息を吸ったり吐いたりしても嫌な気分にならないのだ。

何となくだけれど、冬場は冷たい空気に肺が痛くなるし、夏は空気が熱すぎてむせ返るようなときもある。

春は言わずもがな花粉の季節、天敵を前にしたら哺乳類でも死を覚悟する。

(とはいえこの1,2年はマスク常態になったためそれほど害を被っていないのも事実)

一方で秋は、少し花粉の主張が強いタイミングもあるとはいえ、空気がさえわたっている。

見渡す限りの青い空が広がっている日は、ちょうどいい温度の空気に包まれる確率が高い。

腕を天に突き上げて伸びをすると、何となく気分が高まってくる。

仕事で曲がった背筋がピンと張る気がする。

その場にいるだけでいい雰囲気になる場所、というのはパワースポットだとか景勝地とかいろいろあるけれど、秋になるといつもの通勤路でさえパワースポットになる。

気分がよくなると視点も気持ち高くなって、世界が広がって見える。

背が高くなったわけでもないのに、また一つ大人になったような。

心が広くなったような錯覚に陥るのだ。

視点が高くなれば視界が広くなり、いつもよりも鮮明に、深度深く景色が視界に飛び込んでくる。


解像度が高くなる、というのだろうか。

緑は陽光を受けたように明るく、青は水に溶いたスカイブルーよりも透明に、黒は艶やかさを増して、白はより白く輝いて見える。

視力0.3の両目に彩りが戻ってくる、いやもともと見えているのだけど。

でも単色の万華鏡の中に新しい色が増えれば、よりきれいな世界になる、それと同じ。

秋晴れの日は、世界がクリアに、美しく見える”おいしい”季節なのだ。

惜しむらくは昼の時間が短いこと、気づけば空は茜色に染まり、東から闇が迫ってくる。


ジブリ『ゲド戦記』にて、テルーは風吹き抜ける草原で、空高く舞う鷹の気持ちを歌い上げている。

♪~夕闇迫る雲の上 いつも一羽で飛んでいる

♪~鷹はきっと悲しかろう 音も途絶えた風の中

孤独な心の物哀しさ、寂莫とした境遇を慰めるような歌だけれど、私は空を舞うなら鷹のようになりたいと思う。


大空を一人占めして、見下ろす様々に色づく秋の地球は、きっとこの世の何よりも美しいものに違いないから。

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