18日目 和栗

彼曰く、和以外の栗を知らない。


 ***


コンビニに寄って帰る毎日。

そろそろ財布に優しい生活をしていかないといけないと思っているのに、こればっかりは抜け出せない。


上京したてのころ、たくさん持ってきた荷物を整理しながら手伝いで来てくれた叔母に「ちゃんと自分でお金の管理しないとね、大人なんだから」と言われてから、財布の中身を気にする生活を意識している。

昔使っていた長財布をやめてコンパクトな二つ折り財布に、ポイントカードの数も絞って、現金を入れる上限も決めた。

これで余計な出費はしないと自慢げに言っていたのに一向に私の口座の数字は増えない。

なんでだろうと思いながら今日もコンビニに行く。


「お支払いは?」

「カードでお願いします」


スマート支払いが是とされる世界になってからこれまで、現金を出す必要のない買い物の手軽さを身をもって知るようになった。

これは普段の買い物がはかどってしまうなぁ。

でもお金がないからなかなかほしいものまで手が出せないなぁ。

うーん、なんでお金がたまらないんだろう。


カードを使う利口さは備えても、口座残高が増えていかない理由にはとんと目を向けない私には、やはり一人暮らしはまだ早かったのかもしれないと、一人暮らし歴7年目になって改めて思う。

私に限らずかもしれないけれど、欲深い人間の生活には必要なものと切り捨てなければならない欲が多すぎる。

何事も等価交換と教わったのに、労働時間に対して支払われる対価が低い。


そも、私の業界から生み出される商品に対して消費者が支払う対価が低い上に、一向に改善されないのがよくない。

何かを生み出すのに血と涙と汗を流して、精神を削って作っている者に対して、上限の決まった対価というのはとても大量消費社会らしいけれど、そこにある資本主義はまやかしでしかない。

元より地位の低いものに対する扱いが、ある日突然一変して大量の投げ銭が贈られるのは一時の賛美でしかない。

もてはやされた芸術家がその後も安定した生活を送ることができるなんて誰が保障してくれようか。

もう少し世間の目が変われば、この業界にもいい風が吹くような気がするのだけど。

期待したところで変わる世間でもないので、せめてこういう場で吐露しておく。


何かを犠牲にして働くって、楽しいけど嫌気がさすんだなぁ。


胸にチクリと刺さる嫌気を取るには何をするか。

私の行動は決まっている。

雨のそぼ降る駅前のロータリーに停まったバスに乗り、しばらく揺られて最寄りのバス停で降りる。

家への道を少し外れて向かう先は家から一番近いコンビニ。

結局日々の私の癒しはここから生み出されるコンビニスイーツなのだ。

コンプリートした瞬間に新しい商品が陳列される。

侮れないラインナップ、カードを出す手が止まらない。

事ここに来ても、口座の中身が増えない理由に目を留めない。

なんで貯まらないんだろうなぁ。


今日は和栗蒸しケーキを買った。

秋らしい装いの中には何の変哲もない黄色い蒸しパン。

商品名がなければチーズ蒸しパンと同じだけど、袋を開けて中身を引きずり出すと、ふくよかな秋の甘みが鼻に踊りこんでくる。

地元の広い公園に落ちた毬栗いがぐりの、殻を突き破って垣間見える茶色い実が視界をよぎる。

目を閉じて想像する、触ると痛いとわかっていてもその美味しさに浸りたくてついつい拾ってしまう秋の落としもの。

自分で剝いて食べたことはないけど、危険の中に隠した美味しさは知っている。

今、口の中に広がる想像の中の味と同じ味。


「和だな~」


商品名からまんま”和”を思い浮かべただけで、”和”が何かなんて今はどうでもいい。

感じることができる”和”。

食の楽しみばかりは、等価交換以上の価値があると、ちょっとだけ優越感に浸ってみる。

これが大人になるということ、かもしれない。

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