29日目 『追憶の烏』

彼曰く、だから、駄目だと言ったのに。


 ***


『追憶の烏』


八咫烏シリーズ、第二部の二巻目にあたる今巻。

前巻の『楽園の烏』の前日譚とあり、これまでの山内での真実を補完する内容だ。


金烏となった奈月彦、側近であり猿との戦いにおいて英雄となった雪哉。

『楽園』では姿を見ることのなかった金烏はどうなったのか。

博陸候かつ黄烏として山内の政治の一切を取り仕切るようになった雪哉に起きた変化とは何だったのか。


気になってしょうがなかった過去。

それはあまりにばかばかしく、無残で、それなのに滑稽な顛末だった。



六章に渡り語られる今回の山内での出来事、その結びに明らかとなった事実。


顔を打ち付ける雨にされるがまま、招陽宮から離れた紫陽花に囲まれて独り立つ雪哉の胸中を思うと、無念さと空虚さが迫ってきてたまらない。


自分の信じていた者に裏切られたときほど感情を奪っていくものはないだろうなと、次々に現れた予想外の出来事に頭が真っ白になりそうだった。

感情が消えるとはきっとこういう状態のことだと改めて感じた。


シリーズ愛読者で雪哉を嫌う人は少ないと思う。

やっかみを言うことも多いけれど、真に信じ奉じると決めた主君に対しての忠誠は間違いない。

猿との大戦以来、それまでひた隠しにしていた頭の良さと機転の働かせ方は冴えを増し、山内のため、味方の少ない金烏のために捧げられた想いは確かで、奈月彦にとって欠かせない右腕だったに違いない。

雪哉と奈月彦の間にある絆は疑いようもないもので、読者の目にも明らかなものだ。

私も、二人の間に芽生え、紡がれてきた絆に憧れさえあった。


瑞々しく、互いに支えあう二人の関係をほほえましく思っていた私たち読者にとって、奈月彦の遺言はまるで奈月彦が力なく落ちる姿のように信じられないものだったに違いない。


奈月彦に従い、奈月彦の思想に沿う形で様々な尽力をしてきた雪哉が、外界遊学中に取った携帯電話の白々しさは想像しがたい。

生きていて当然と思っている人間の訃報ほど、くだらない、ふざけた言葉はないのだから。

しかしその時点で、雪哉の感情を奪う最悪の展開が始まっていた。


『楽園』での雪哉は、第一部とは全く逆だった。

優しさも、生意気さも、何もかも失われてしまった。

非情と冷徹、平穏のためなら犠牲もやむなしとする絶対的実力主義。

ここにいたる顛末がこれでは納得もいく。


もうあの頃の雪哉の姿を見ることができないと思うと、胸を締め付けられる。

亡き主君を、二人過ごした輝かしいあの頃を、雪哉はどう思っているのか。

あるいは、あの頃の情景は、まだ彼の心に残っているのか。



尊い金烏の呆気ない崩御。

ともに描かれるのは山内の未来をどす黒く染めるような登場人物たち。

新たな東家当主、可愛さの残る姫宮、私利私欲に染まった前皇后、そして過去の過ちを箸にもかけないかの女たち…。

まさか、登場人物だけでなく、読者の心もぐちゃぐちゃに引っ掻き回したあの姫が現れるとは…。

そして続く山内の今後、いったいどうなってしまうのか。

滅びゆく世界の終わりまで、見届けなければならない。


山内に起きた残酷な過去は、シリーズ第二章を理解するのに必要不可欠な愛読者必読の内容だった。



だからみんな、早く読んで!

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