26日目 日本橋

彼曰く、ここは日本のすべての道の出発点。


 ***


日本橋に来た。

久しぶり、多分大学時代に遊びに来た時以来だと思う。


ずっと疑問に思っていることがある。

東京に住んでいます、といって西東京の方に住んでいることを想像する人、どれだけいるのか問題。

こっちに来てからずっと考えているけど、たぶん親戚がいる人じゃないとわからない気がする。

 タワマンに住んで、冷房に床暖房、浴室乾燥もあって

 キッチンスペースも食洗器や大容量冷蔵庫が置ける

 ビップな生活が待っているんだろうな~

そんな夢がたやすく崩れ去ったのは言うまでもない。


「東京っていったってこんな程度なんだな」と思うようになったのは、たいして経済力のない自分が汗水たらして稼いだお金を家賃に食費に費やして、狭い部屋でスーパーの半額総菜をレンチンしていた時のこと。

案外早くその機会が訪れたから、現実に夢を見なくなったともいう。

多分あのころから世の中を冷めた目で見るようになった。

冷めた総菜を温めるたびに、自分の魂の温度が下がっていった。

懐かしい、でも当時現実を見れない生き方をしていた自分にはちょうどいい事件だったのかもしれない。

挫折っていうのは誰しもに必要なものなんだ。


日本橋と言えば、加賀恭一郎が思い浮かぶ。

『新参者』『麒麟の翼』でシリーズ主人公として登場する男性刑事。

阿部寛にぴったりの役柄で、「阿部寛」という名前よりも先に「加賀恭一郎」が浮かぶほどだった。

『麒麟の翼』は日本橋が舞台で、事件の発端も結末も日本橋にある麒麟像が重要なファクターとなっている。

家族旅行で日本橋を訪れた時もこの像を撮りに来たのを思い出す。


黒光りした体が太陽の光を反射して、虹色の光芒を瞳に焼き付かせた。

風に流れる髭、勇壮さを描いたように立ち上がった尾、いまにも飛び立ちそうに広げられた翼。

まっすぐに前を見据えた両目は、未来に向けて走り出す力にあふれ、鱗一つ一つから湯気が立ちそうな熱を感じる。

高校生ながら、総毛立つのを感じたものだ。

たんに聖地巡礼ができたことを喜んだのか、それとも私の芯に熱が伝わってきたからか。

今となってはどちらなのかわからない。

でもまさか、私自身が東京に出てくることになるとは想像もできなかった。

きっとあのときから、何か新しいことをしたいときに麒麟像を思い浮かべるようになったんだろう。

私の人生の起点に、麒麟像はいつもいてくれた。


 これからは、この麒麟像が私のスタート地点にいつも立ってくれている


今はというと日本橋からほど遠い、東京の反対側でつましく暮らしている。

自分のやりたい仕事もしているし、不満はない。

今の私に麒麟像は必要ない、今までも物理的に近くにいることはなく、ちょっと想像すれば支えになってくれたのだ。


でも実際に生で見るとやはり違う。

画面越しに熱は伝わりづらい。

目で、鼻で、耳で、肌で、麒麟像の周りすべての環境を感じないと。


初めて見た時よりもほんの少し高い視線から像を見上げる。

あの時と変わらず、雄々しい姿が前を見据えて座っていた。

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